「この世界について永久に理解しがたいこと(永遠の謎)は、それが理解可能だということである。」(アインシュタイン「物理学と実在」)
ポエムの冒頭部分を解説するよ!
物理学ポエムの冒頭では宇宙を数学的に記述できる条件を議論しています。ちょっと哲学的かつ詩的なセクションなんで、一番ポエミーで、まともな議論に見えにくいかもしれません。なので、解説が必要だと思うのです。
宇宙が理解可能な条件を探すことの意味
大統一理論は、人類の悲願の一つと言えます。多くの試みが現在も続いています。ただ、大統一理論が存在するかどうかすら、わかりません。大統一理論を探す試みはすべて失敗するかもしれません。でも人はめげずに努力を続けるでしょう。でも、ゴールの存在が不明な状況で努力するのと、ゴールの存在が確定している場合と、モチベーションはずいぶん違うと思うのです。だから、ゴール=大統一理論、が存在する条件を、宇宙が満たしているかどうかを調べることは、意味があると思うのです。
大統一理論がどんなものかはわからないのですが、そもそも宇宙が理解可能な存在でないなら、大統一理論は決して存在できません。だから、大統一理論が存在する前提条件として、宇宙が理解可能な存在であるための条件を調べようと思うわけです。宇宙が理解可能な存在であっても、大統一理論が見つからないかもしれません。でも宇宙が理解可能な存在でなければ、大統一理論を探すのはあきらめた方が良い、と早々に見切りをつけることができます。
宇宙が理解可能な存在かどうかを検討することには、別の意味もあります。ポエムの中では、時間も空間も導出対象になっています。その場合、時間や空間にまつわる概念を使って、宇宙を説明することができません。トートロジー(循環論法)は避けねばならないのです。
ネーターの定理により、時間並進対称性とエネルギー保存則が対応していることが知られています。時間の概念を使用禁止にするということは、エネルギー保存を使った議論が出来なくなります。
僕たちは「因果関係」を当たり前のように考えていますが、原因と結果の区別は時間的な順序によるものなのです。時間の概念が使えないと、因果関係を使った説明ができなくなります。
要するに、物理学がものすごい縛りプレイになるわけです。因果関係は、「客観性」の一部になっていますから、客観性も著しく制限を受けます。そうすると、科学と言う概念が成立するかどうかギリギリのところを議論しないといけなくなるわけです。
このレベルの極端な縛りプレイでは、人類に残されたツールは数学のみになります。だから、宇宙は、少なくとも数学に対応させることができないと、理解可能ではないよね?となるわけです。
実際の理論構築はこのような順序で行われたのですが、説明にあたっては別の方法を使っています。すなわち、公理系によるボトムアップです。 このやり方は抽象数学では一般的で、まあ、そういうフォーマットに従った方が、高度な理論っぽく見えます。見えてるよね?
状態=数、という概念
ここからは公理を1つ1つ見ていこうと思います。
まず1番目。宇宙の状態は数に対応させることができる=記述可能性、という部分は、ほとんどの人が面食らうと思います。ふつうの人にとっては、数というのは1,2,3,4のような数値です。実数だったり、有理数だったりするかもしれせんが、実数が有理数になったところで大差ありません。こうした数が宇宙の状態に対応する、というわけではありません。ポエムで語られる「数」は、一般化された「数の概念」という意味になっています。
理系の皆さんは、ベクトルとか行列とかを学んでいると思います。ベクトルというのは数値が組みになったものです。例えば、座標なんかはベクトルに対応させることができます。数学ではベクトルはある種の「数」とみなされてます。あるいは、色とか形とかそういう概念も数学では「数」に分類される概念です。そういう一般化された「数」の概念を使えば、宇宙の様々な状態も「数」に対応させることができるでしょ?という仮定(公理)を1番目に据えています。この公理は、明示しなくてもよいくらい、当たり前、なものかもしれません。でももし、宇宙の状態が何らかの「数」で表せないなら、状態を特定することができず、あらゆる法則に意味がなくなります。そういうことを防ぐために最初の公理が存在します。
代数≒再現性・決定論
2番目の公理は、宇宙の状態を表す「数」には代数があるっていう要請=予測可能性です。これは一旦捨ててしまってる客観性や因果関係の代わりに導入されていると思えば良いかもしれなません。客観性や因果関係や時間の概念を排除してしまうとほとんど何も残りません。残るのは代数と幾何学くらい。幾何学をベースに考えてもう大丈夫なんだけど、幾何学も最終的には代数で語った方が厳密になるので、そういうことなら最初から代数をベースで考えようとしています。まあ、将棋で言うなら手抜きってやつ?取って取られて合駒を入れるのであれば、最初から合駒を入れといてもいいよね。みたいな感じ?
ここでいう代数は四則演算のことではありません。「数」は通常の数値ではないかもしれません。と言うか、通常の数値ではないと考えた方が合理的です。数値ではないのに、掛け算とか足し算とかそういうのはできるとは限りません。まあ、こういう論理構成は抽象数学では一般的なので、そういうフォーマットを採用しているだけです。一般の人にとっては、状態の変化がきちんと定まっている、ということの要請と考えてください。 客観性を一旦保留してるのでその代わりに導入しているという解釈もできます。
代数には演算が通常は1つ以上、定義されています。通常は乗法、つまり掛け算を想定するのが基本になります。実際の演算は掛け算と限りません。へんてこな演算かもしれないし、普通の掛け算かもしれません。あるいは掛け算という名の足し算かもしれません。数式で書く時には掛け算と同じ書き方をするというだけです。こういう考え方はスタンダードな群論です。演算は基本的に1種類です。僕らが慣れ親しんでいるような、足し算と掛け算が両方使えるような代数は贅沢品で特別なのです。よちよち歩きの宇宙にはそんな贅沢は許されないのです。
書き方はちょっと回りくどいですが、演算というのは同じ入力に対して同じ出力が得られることが前提になっているので、演算結果の予測ができるようになります。その予測可能性が客観性や再現性の代わりになり、形なりにもかろうじて科学が成立するようになります。
実際問題、宇宙はそんなに不安定には見えない
3番目の公理は、宇宙を記述する代数は可除代数であるというものです。これは宇宙が勝手に消えたりしないという要請です。実際のところ、物質は安定して存在してて、エネルギーとかが勝手に消えたりしません。質量保存則とかエネルギー保存則とか使えたらいいんですけど、そういうのも前提としないところからスタートしてるので、使えません。その代わりというわけです。
可除代数というのは、0が演算に関わらない限り、演算結果が0にならないという性質のことを言います。そのおかげで割り算が必ず存在するとか、そういう特別な性質も出てきますけど、ここでは演算結果が0になって、宇宙が消滅するのを防ぎたいという意味で用いています。なので、この公理は、宇宙の永続性という別名をつけています。実はこの可除性というのがかなりキツい制約になります。
真打登場!フルヴィッツさん、どうぞ!
数学者というのは、何に関しても徹底的に調べ上げる能力に長けています。可除性を持つ代数というのは、驚くほど少なくて、おなじみの実数、複素数の他に、4元数と8元数しかない!ってことをフルヴィッツという人が証明しています。
要するに宇宙が理解可能な存在だとすると、候補は4つのモデルしかないということになります。この辺りから、他の物理理論とは全く違う様相を呈します。
宇宙を記述するのに、実数や複素数は明らかに複雑さが足りません。だから候補は実質的に2つに絞られます。残った2つは一般の人たちにはあんまり馴染みがないかもしれません。
4元数は1つの実数軸と3つの虚数軸を持つ4次元の数です。物理の世界では結構みんな大好きなんですが、うまく使いこなせていません。例えば、特殊相対論で用いるミンコフスキー空間は、4元数とほぼ同じです。4元数には右手系と左手系の区別が最初から組み込まれてるので、単純なミンコフスキー空間より現実の世界に近いかもしれません。実際、スピンと言った概念を説明するのに4元数が用いられます。
そんな4元数なんですが、物理学において全面採用には至っておりません。僕にはよくわからないんですけど、4次元を4元数に置き換えようとすると、微妙に色々書き変わってしまうので、理論の構築難易度が上がっちゃうんだと思います。
そして最後の8元数なんですが、1つの実数軸と7つの虚数軸を持つ数になります。4元数からの自然な拡張で得られるので、とっつきは悪くないんですけど、掛け算のシステムが非常に複雑になってしまい、そのままでは暗算とか絶対できません。そのため8元数を積極的に使って物理学を書き直そうという試みはほとんどありません。
素粒子を例外にしてはいけない
僕らの宇宙には素粒子という奇妙な性質を持つ存在があります。 素粒子は普段は目立たないのですが、普段目にする物質の基礎を構成する存在です。素粒子の性質を説明するにはSU(3)✕SU(2)✕U(1)という複雑な対称性が必要だと言われています。この記号は群論で用いられる対称性の記号で、一応ちゃんとした意味はあるのですが、単なる記号と考えて問題がありません。それでも少しは説明しておいた方がいいと思います。U(1)は複素数的な性質を指します。電荷なんかを議論するのに必要な対称性です。SU(2)は4元数的な性質に対応します。 スピンとか電場磁場なんかを議論するのに必要になります。そしてSU(3)は素粒子が持つ奇妙な性質、ゲージ対称性を議論するのに必要になります。厄介なことにSU(3)は僕らが普段使っている数値ではうまく記述できません。素粒子が持つ奇妙な性質がSU(3)という対称性にきっちり収まり、特定の条件下で計算が可能になるということを示したのがヤンミルズ理論で、ヤンとミルズはノーベル賞をスピード受賞しました。8元数はSU(3)の対称性を持ちます。
SU(3)はSU(2)とU(1)を内包します。そのため、宇宙を記述するには最低でもSU(3)が表現できる代数が必要と結論されます。これが4つ目の公理です。使用される代数が宇宙を記述できるキャパシティーを持たねば、どうあがいても宇宙の真理に到達できないので、諦めた方がいいよという要請です。
公理1〜3で、実質的に4元数と8元数が候補に残り、公理4で8元数以上に複雑さが選ばれます。ということで、公理1〜4で、宇宙が理解可能な存在であるならば、宇宙は8元数の代数で記述されるだろうという予想が成り立つわけです。
S7が最有力候補
8元数だけでは、あまりに平坦で宇宙を記述できるかもしれないけど、宇宙の法則はさっぱりわかりません。そこで、ちょっとした制約を考えます。それはノルムが1というものです。特殊相対論で見たように、物体の時空速度は光速に固定されています。つまり、時空速度のノルムが一定ということです。光速を1となるような単位系を導入すれば、現実の物体の時空速度のノルムは1ということになります。同じように、8元数においてもノルムが1に固定されている可能性を考えるわけです。そのような数体系には、純虚数の8元数、S7というものがあります。S7は7次元の「数」になります。
純虚数の複素数には、「回転」の操作という性質が自動的に付随します。特殊相対論の話の中で、ローレンツ対称性に言及しましたが、これは4元数のノルム1の数体系S3に見られる特徴です。このような性質はノルム1の特殊な数体系の特徴の一つなのです。なので、宇宙はノルム1の8元数で記述されている可能性がかなり高いのです。そのため、物理学ポエムでは宇宙がS7で説明できる可能性を探っていくことになります。




