2018年3月10日土曜日

西川式微分方程式4章


レオロジーと線形応答

この章では微分方程式が現れる物理現象を紹介します。一つはレオロジーという力学、もう一つは線形応答という信号処理の分野です。そして最後に両者が同じものだということを指摘します。

物体の運動や量子力学は微分方程式で表わされることが知られています。このように物理の世界では多くの現象が微分方程式を通じて説明されます。僕の専門というほどではないのですが、得意分野にレオロジーというのがあります。レオロジーとは「固体」と「液体」の区別なく材料の力学応答を論じる学問分野です。僕の本当の専門であるプラスチックは固体の性質と液体の性質を併せ持っています。プラスチックに特有のしなやかさや金属とは違うソフトな肌触りは液体の性質を反映したものです。
通常、固体の力学は弾性理論、液体の力学は流体力学で議論されます。しかし、プラスチックは固体と液体のそれぞれの性質を「良い具合」にミックスしているため、弾性理論や流体力学にはそぐいません。そのため、材料を固体と液体のミックスとみなすレオロジーという力学分野が発達しました。
プラスチックほどではありませんが、厳密にいえばすべての物質は多かれ少なかれ固体的な性質と液体的な性質を併せ持っています。だから、レオロジーはより広い範囲に適用できる優れた力学なのです。しかし、レオロジーの世界は微妙に複雑です。例えば、固体の重要な物性値である「弾性率」ですが、レオロジーの世界では複素数になります。さらに運動の速さによって、値が大きく変化します。

フォークトモデル

レオロジーは固体的な性質を表す弾性と液体的な性質を表す粘性をミックスした力学です。弾性というのは決まったひずみに対して決まった応力が発生する性質を言います。模式的にはバネをイメージすると良いでしょう。一方、粘性というのはひずみ速度に対して応力が決まるような力学挙動を指します。そのような性質を模式的に表す場合には、ダッシュポッドという少し聞きなれない力学要素を用います。
ダッシュポッドというのは自動車等のサスペンションではダンパーと呼ばれている部分です。ダッシュポッドはピストンの先端が液漏れするようになっている注射器のような構造をしています。シリンダーの中には液体(多くの場合はとろとろのオイル)が充填されており、ピストンを動かすとピストン先端の穴を液体が通ります。液体がとろとろなので大きな力を与えないとピストンがうまく動きません。ただ移動するのが液体なので、ゆっくりピストンを押せば少ない力でもピストンが動きます。結局、液体のもつ性質を利用する力学要素になっています。
レオロジーでは、弾性と粘性をミックスするために、バネとダッシュポッドを組み合わせるとどうなるか、ということを考えます。バネとダッシュポッドというのは、電気回路における抵抗とコンデンサ(Capacitor)に似ています。というか、対応します。抵抗とコンデンサのつなぎ方をイメージすれば、バネとダッシュポッドのつなぎ方のヒントになります。電気回路での基本的なつなぎ方には、直列と並列がありますが、同じようにバネとダッシュポッドのつなぎ方にも直列と並列が考えられます。前者をマックスウェル(Maxwell)モデル、後者をフォークト(Voigt)モデルと言います。バネとダッシュポッドを並列に並べるフォークトモデルの方が簡単なので、先にフォークトモデルを調べてみます。

フォークトモデルでは、次のようにバネとダッシュポッドを並列につないだ力学モデルを考えます。ひずみはバネとダッシュポッドの両方に均等に適用され、観測される応力はバネとダッシュポッドの両方の和になります。


図4-1 フォークトモデルの模式図

バネが発する力は、ひずみ$\gamma$に比例します。比例係数は$G$とします。一方、ダッシュポッドが発する力は、ひずみ速度に比例し、比例係数は$\eta$とします。このとき、の応力$\sigma$は次のように表されるでしょう。
\begin{equation}
\sigma=G\gamma+\eta\dot{\gamma}
\end{equation}
ただし、$\sigma$と$\gamma$は時間$t$の関数で、$\dot{\gamma}$は$\gamma$の時間微分です。僕たちに馴染みの形式で書くと次のようになります。
\begin{equation}
\sigma\left(t\right)=G\gamma\left(t\right)+\eta\frac{d}{dt}\gamma\left(t\right)
\label{4-2}
\end{equation}
この微分方程式を解くには、両者をフーリエ変換すればよいということを第3章で議論しました。$\mathcal{F}\left[\sigma\left(t\right)\right]=\Sigma\left(\omega\right)$、$\mathcal{F}\left[\gamma\left(t\right)\right]=\Gamma\left(\omega\right)$とすると、($\ref{4-2}$)式のフーリエ変換は、次のようになります。
\begin{equation}
\Sigma\left(\omega\right)=G\Gamma\left(\omega\right)+\eta i\omega\Gamma\left(\omega\right)=\left(G+i\omega\eta\right)\Gamma\left(\omega\right)=G_V^\ast\left(\omega\right)\Gamma\left(\omega\right)
\end{equation}
$G_V^\ast\left(\omega\right)$は複素数で$\omega$の関数なのですが、バネ定数の拡張版だとわかります。また、虚数部部分はダッシュポッドすなわち液体としての性質に関係するということもわかります。
さらに逆フーリエ変換すれば、微分方程式を解くことになるでしょう。あんまり意味はないのですが、念のために実際に逆フーリエ変換までやっておきましょう。
\begin{equation}
\sigma\left(t\right)=\mathcal{F}^{-1}\left[G_V^\ast\left(\omega\right)\right]\otimes\gamma\left(t\right)
\end{equation}
形式的には解けましたが、あんまり意味がよくわかりません。ここで用いたフォークトモデルが現実の材料を反映しているのかどうかも定かではありません。そこで、もう一つのモデルであるマックスウェルモデルでも検討してみましょう。

マックスウェルモデル

マックスウェルモデルはバネとダッシュポッドを直列につないだ力学モデルです。電気回路の例だと直列の方が計算が簡単だという印象がありますが、力学モデルでは直列の方が少し難しくなります。


図4-2 マックスウェルモデルの模式図

マックスウェルモデルでは、力はバネとダッシュポッドに均等に作用します。必然的にバネとダッシュポッドのそれぞれのひずみは違ってきます。バネのひずみを$\gamma_1\left(t\right)$、ダッシュポッドのひずみを$\gamma_2\left(t\right)$とすると、応力$\sigma\left(t\right)$は次のようになります。
\begin{equation}
\sigma\left(t\right)=G\gamma_1\left(t\right),\ \ \ \ \
\sigma\left(t\right)=\eta\frac{d}{dt}\gamma_2\left(t\right)
\label{4-5}
\end{equation}
僕たちが観測するひずみ$\gamma\left(t\right)$はバネとダッシュポッドのひずみの和ですから、次の条件が付与されます。
\begin{equation}
\gamma\left(t\right)=\gamma_1\left(t\right)+\gamma_2\left(t\right)
\label{4-6}
\end{equation}
これらの式をまとめて一つの微分方程式にしたいところですが、なかなかうまくいきません。邪魔者は、$\gamma_1\left(t\right)$と$\gamma_2\left(t\right)$です。とくに、($\ref{4-5}$)式で$\gamma_2\left(t\right)$は微分になっていて厄介です。そこで、発想を転換して、($\ref{4-6}$)式の両辺を微分します。
($\ref{4-5}$)式を変形して、次のようにします。
\begin{equation}
\frac{d}{dt}\gamma\left(t\right)=\frac{d}{dt}\gamma_1\left(t\right)+\frac{d}{dt}\gamma_2\left(t\right)
\end{equation}
こうすると、$\gamma_1\left(t\right)$だけが仲間外れ(微分ではない)になります。でも微分であれば気楽に行えます。すなわち、
\begin{equation}
\frac{d}{dt}\sigma\left(t\right)=G{\frac{d}{dt}\gamma}_1\left(t\right)
\end{equation}
これらを用いて、一つの微分方程式が次のように得られます。
\begin{equation}
\frac{d}{dt}\gamma\left(t\right)=\frac{1}{G}\frac{d}{dt}\sigma\left(t\right)+\frac{1}{\eta}\sigma\left(t\right)
\end{equation}
フォークトモデルの場合とずいぶん違う微分方程式が得られました。でも微分方程式を解く方法は同じです。フーリエ変換すればよいのです。
\begin{equation}
i\omega\Gamma\left(\omega\right)=\frac{i\omega}{G}\Sigma\left(\omega\right)+\frac{1}{\eta}\Sigma\left(\omega\right)
\end{equation}
すこしの計算で次式が得られます。
\begin{equation}
\Sigma\left(\omega\right)=\frac{G\eta i\omega}{i\omega\eta+G}\Gamma\left(\omega\right)
\end{equation}
$\tau=\eta/G$と置いて、有理化すると、次式を得ます。
\begin{equation}
\Sigma\left(\omega\right)=G\frac{\left(\omega\tau\right)^2+i\omega\tau}{1+\left(\omega\tau\right)^2}\Gamma\left(\omega\right)=G_M^\ast\left(\omega\right)\Gamma\left(\omega\right)
\label{4-12}
\end{equation}
フォークトモデルの場合と類似の複素数のバネ定数相当係数$G_M^\ast\left(\omega\right)$が得られました。このような複素数の係数を複素弾性率と呼びます。$G_M^\ast\left(\omega\right)$の中身はフォークトモデルとはかなり異なりますが、それを除けば、全く同じとも言えます。
実際、式の性質を決めるのは、複素弾性率の中身であり、その形式はモデル依存ということです。逆に、マックスウェルモデルやフォークトモデル以外の力学モデルも考えられますし、実際の材料は非常に複雑な複素弾性率を持っています。

レオメーター

さて、フォークトモデルやマックスウェルモデルで得られた複素弾性率はバネ定数のような現実の物性値なのでしょうか。微分方程式を解く過程で得られた単なる数学上のパラメータかもしれません。先に議論したように、材料の力学挙動を特徴づける重要なパラメータであることは示唆されていますが、物性値として測定できなければ利用のしようがありません。そこで、複素弾性率を測定する方法を考えてみましょう。

フォークトモデルとマックスウェルモデルの議論で見たように、どのような力学モデルを使うかにかかわらず、応力とひずみは複素弾性率とフーリエ変換を通じて結びつけることができるというのが出発点になります。
\begin{equation}
\Sigma\left(\omega\right)=G^\ast\left(\omega\right)\Gamma\left(\omega
\right)\label{4-13}
\end{equation}
力学測定の基本は、あるひずみを与えたときの応力を測定するというものです。例えば引張試験をイメージすると良いでしょう。引っ張り量(ひずみ)に対して、必要な力(応力)を計測するという具合です。ひずみに対して応力をプロットすると、傾きが弾性率になります。その原理は($\ref{4-13}$)式にも基本的には当てはまります。ただし、($\ref{4-13}$)式はフーリエ空間で示されているので、単純ではありません。しかしながら、単純な刺激に対して応答を観測するという原理は同じです。
$\Gamma\left(\omega\right)$の最も単純な形式はどのようなものでしょう。例えば、ある特定の$\omega$でだけ値を持ち、その他が0であるようなものを考えると良いかもしれません。そのような性質を持つ関数をすでに学んでいます。$\delta$関数です。そこで、$\Gamma\left(\omega\right)$を次のように考えます。
\begin{equation}
\Gamma\left(\omega\right)=\delta\left(\omega-\omega_0\right)
\end{equation}
すると、$\Sigma\left(\omega\right)$は次のようになるはずです。
\begin{equation}
\Sigma\left(\omega\right)=\ G^\ast\left(\omega_0\right)\delta\left(\omega-\omega_0\right)
\label{4-15}
\end{equation}
これは、$G^\ast\left(\omega\right)$から$G^\ast\left(\omega_0\right)$を抜き出して観測する方法を提供します。残念ながら、$\Gamma\left(\omega\right)$はフーリエ空間で定義されているので、僕たちが取り扱うことができる通常の世界とは少し違っています。そこで、$\Gamma\left(\omega\right)=\delta\left(\omega-\omega_0\right)$を逆フーリエ変換して、僕たちが実験で用意できる$\gamma\left(t\right)$の形にしてみましょう。
\begin{equation}
\gamma\left(t\right)=\int_{-\infty}^{\infty}{\delta\left(\omega-\omega_0\right)e^{i\omega t}d\omega}\\
=e^{i\omega_0t}\int_{-\infty}^{\infty}\delta\left(\omega-\omega_0\right)d\omega\\
=e^{i\omega_0t}=\cos{\omega_0t}+i\sin{\omega_0t}
\label{4-16}
\end{equation}
同様に、$\gamma\left(t\right)$に対して観測されるであろう$\sigma\left(t\right)$も計算しましょう。
\begin{equation}
\sigma\left(t\right)=\int_{-\infty}^{\infty}{G^\ast\left(\omega\right)\delta\left(\omega-\omega_0\right)e^{i\omega t}d\omega}\\
=G^\ast\left(\omega_0\right)e^{i\omega_0t}\int_{-\infty}^{\infty}\delta\left(\omega-\omega_0\right)d\omega\\
=G^\ast\left(\omega_0\right)\cos{\omega_0t}+iG^\ast\left(\omega_0\right)\sin{\omega_0t}
\label{4-17}
\end{equation}
さて、($\ref{4-16}$)式や($\ref{4-17}$)式は見通しが悪い上に複素数です。複素数のひずみなんてわけがわかりません。多くの教科書では実部だけに意味を見出すとして、実部を取り出す関数$\mathcal{Re}\left[\cdots\right]$を適用し、ひずみ、応力ともに$\mathcal{Re}\left[\gamma\left(t\right)\right]$、$\mathcal{Re}\left[\sigma\left(t\right)\right]$が観測されるとして片付けています。僕はそういうのが嫌いなので、もう少しちゃんとやります。
\begin{equation}
\mathcal{Re}\left[a+bi\right]=\frac{1}{2}\left(a+bi+a-bi\right)=\frac{1}{2}\left\{\left(a+bi\right)+\left(a+bi\right)^\ast\right\}
\end{equation}
というように、実部を取り出すには、共役複素数を足して2で割ればよいということがすぐにわかります。なので、多くの教科書でつかうひずみとは次ようなものになるでしょう。
\begin{equation}
\mathcal{Re}\left[\gamma\left(t\right)\right]=\frac{1}{2}\left\{\gamma\left(t\right)+{\gamma\left(t\right)}^\ast\right\}\\
=\frac{1}{2}e^{i\omega_0t}\int_{-\infty}^{\infty}\delta\left(\omega-\omega_0\right)d\omega+\frac{1}{2}e^{-i\omega_0t}\int_{-\infty}^{\infty}\delta\left(\omega-\omega_0\right)d\omega\\
=\frac{1}{2}\left\{\cos{\omega_0t}+i\sin{\omega_0t}\right\}+\frac{1}{2}\left\{\cos{\omega_0t}-i\sin{\omega_0t}\right\}=\cos{\omega_0t}
\end{equation}
確かに、このようなひずみなら現実に取り扱うことができるでしょう。我々に必要なのはそのフーリエ変換なので、次の計算をすればよいと思うかもしれません。
\begin{equation}
\Gamma\left(\omega\right)=\int_{-\infty}^{\infty}{\cos{\omega_0t}e^{-i\omega t}dt}
\end{equation}
でも、この積分は難しいんです。逆に、次のようなことを考えてみましょう。
\begin{equation}
\int_{-\infty}^{\infty}{\frac{1}{2}\left\{\delta\left(\omega-\omega_0\right)+\delta\left(\omega+\omega_0\right)\right\}e^{i\omega t}}dt=\frac{1}{2}\left\{e^{i\omega_0t}+e^{-i\omega_0t}\right\}=\cos{\omega_0t}
\end{equation}
ということから、
\begin{equation}
\Gamma\left(\omega\right)=\frac{1}{2}\left\{\delta\left(\omega-\omega_0\right)+\delta\left(\omega+\omega_0\right)\right\}
\end{equation}
ということがわかります。
さて、これを($\ref{4-15}$)式に叩き込んで、逆フーリエ変換しましょう。
\begin{equation}
\sigma\left(t\right)=\int_{-\infty}^{\infty}{\frac{1}{2}\left\{G^\ast\left(\omega\right)\delta\left(\omega-\omega_0\right)+G^\ast\left(\omega\right)\delta\left(\omega+\omega_0\right)\right\}e^{i\omega t}d\omega}
=\frac{1}{2}\left\{G^\ast\left(\omega_0\right)e^{i\omega_0t}+G^\ast\left({-\omega}_0\right)e^{-i\omega_0t}\right\}
\label{4-23}
\end{equation}
さて、$G^\ast\left({-\omega}_0\right)$というのはおかしい気がします。今、$\gamma\left(t\right)$は周期関数で、ωは周期変形の「向き」と「速さ」を意味します。ωの符号が変形の向きだと思うと、負のωは反対方向の変形を意味するでしょう。通常材料においては変形の方向が逆であっても同じ物性が出ないとおかしいですよね。だから、$G^\ast\left({-\omega}_0\right)$の実部は$G^\ast\left(\omega_0\right)$と同じでしょう。しかし、虚部は粘度すなわちひずみの速度からもたらされるので、ひずみの方向が変わると応力の向きも変わるでしょう。だから、$G^\ast\left({-\omega}_0\right)$は$G^\ast\left(\omega_0\right)$の複素共役だと考えられます。このままでは計算がややこしいので、
\begin{equation}
G^\ast \left(\omega\right)=G^\prime \left(\omega\right)+iG^{\prime\prime}\left(\omega\right)
\end{equation}
として、実部と虚部を分けます。
\begin{equation}
G^\ast\left(-\omega\right)=G^\prime \left(\omega\right)-iG^{\prime\prime}\left(\omega\right)
\end{equation}
です。これを($\ref{4-23}$)に叩き込んでみます。
\begin{equation}
\frac{1}{2}\left\{G^\ast\left(\omega_0\right)e^{i\omega_0t}+G^\ast\left({-\omega}_0\right)e^{-i\omega_0t}\right\}\\
=\frac{1}{2}\left(G^\prime\left(\omega_0\right)+\ iG^{\prime\prime}\left(\omega_0\right)\right)\left(\cos{\omega_0t}+i\sin{\omega_0t}\right)+\frac{1}{2}\left(G^\prime\left(\omega_0\right)-\ iG^{\prime\prime}\left(\omega_0\right)\right)\left(\cos{\omega_0t}-i\sin{\omega_0t}\right)\\
=G^\prime\left(\omega_0\right)\cos{\omega_0t}-G^{\prime\prime}\left(\omega_0\right)\sin{\omega_0t}
\label{4-26}
\end{equation}
うまく虚部が相殺されました。ここから、実数のひずみの入力に対して、実数の応力応答があるという当たり前の物理現象がきちんと再現されることが確認できます。
さらに、($\ref{4-26}$)式は$G^\ast\left(\omega\right)$を計測する方法を提供します。材料に対して$\gamma\left(t\right)=\gamma_0\cos{\omega_0t}$のひずみを与えると、応力は$\sigma\left(t\right) =G^\prime\left(\omega_0\right)\gamma_0\cos{\omega_0t}-G^{\prime\prime}\left(\omega_0\right) \gamma_0 \sin{\omega_0t}$という応答をするはずです。その応答を調べてあげれば、$G^\prime\left(\omega_0\right)$と$G^{\prime\prime}\left(\omega_0\right)$を決定することができます。さらに$\omega_0$を変更して同じ実験を繰り返せば、$G^\ast \left(\omega\right)$を実験値として得ることができます。


このような原理で$G^\ast \left(\omega\right)$を測定することを粘弾性測定と呼び、これを実施する測定装置のことをレオメーターと呼びます。かくして、$G^\ast \left(\omega\right)$は理論上のパラメータではなく、実在する物性値ということであることがわかりました。そして、固体と液体の中間的なあらゆる力学を一般化した基本的なパラメータとして$G^\ast \left(\omega\right)$を議論することが可能になりました。

粘弾性スペクトル

バネとダッシュポットの組み合わせに代表されるような弾性と粘性が渾然一体となった力学を粘弾性と呼びます。そして、$G^\ast\left(\omega\right)$あるいは、$G^\prime\left(\omega\right)$と$G^{\prime\prime}\left(\omega\right)$は粘弾性スペクトルと言います。スペクトルというのは分光学の用語で、力学には似つかわしくありませんが、$G^\prime\left(\omega\right)$と$G^{\prime\prime}\left(\omega\right)$はωの関数であり、ωは周波数です。周波数(あるいはそれと等価なパラメータ)を横軸にとるような物性値のことを一般にスペクトルと呼ぶので、$G^\prime\left(\omega\right)$と$G^{\prime\prime}\left(\omega\right)$は立派なスペクトルです。
粘弾性スペクトルの形状は様々なのですが、一般的にはマックスウェルモデルで現れた($\ref{4-12}$)式のような形が多く観測されています。そのため、($\ref{4-12}$)式のような粘弾性スペクトルにはデバイ緩和という特別な名前がついています。そこで、($\ref{4-12}$)式のデバイ緩和の特徴をもう少し詳しく見ていきましょう。
($\ref{4-12}$)式は複素数で見づらいので、実部と虚部に分けて考えます。
\begin{equation}
G^\prime\left(\omega\right)=G\frac{\left(\omega\tau\right)^2}{1+\left(\omega\tau\right)^2}
\label{4-27}
\end{equation}
\begin{equation}
G^{\prime\prime}\left(\omega\right)=G\frac{\omega\tau}{1+\left(\omega\tau\right)^2}
\label{4-28}
\end{equation}
ここで、τは時間の単位を持ち、粘弾性スペクトルの形を決める重要なパラメータであることがわかります。そのためτには緩和時間という特別な名前がついています。まず$G^\prime\left(\omega\right)$に注目します。$\omega\tau$が1よりずっと小さい場合、分母はほとんど1とみなせるでしょう。すると
\begin{equation}
G^\prime\left(\omega\right)\sim G\left(\omega\tau\right)^2\propto\omega^2

\end{equation}
となり、$\omega$が極端に小さくなると、$G^\prime\left(\omega\right)$は$\omega^2$に比例するようになります。逆に$\omega\tau$が1よりずっと大きい場合、分母はほとんど$\omega\tau^2$とみなせます。すなわち、
\begin{equation}
G^\prime\left(\omega\right)\sim G\frac{\left(\omega\tau\right)^2}{\left(\omega\tau\right)^2}\sim const.
\end{equation}
つまり、$\omega$が極端に大きい領域では、$G^\prime\left(\omega\right)$は一定値$G$のことを平衡弾性率と呼びます。同様の方法で$G^{\prime\prime}\left(\omega\right)$の特徴を見ると、
\begin{equation}
G^{\prime\prime}\left(\omega\right)\sim \left\{\begin{matrix}\omega\tau&for\ \omega\tau\ll1\\\left(\omega\tau\right)^{-1}&for\ \omega\tau\gg1\\\end{matrix}\right.
\end{equation}
そして、両者とも$\omega\tau\sim 1$で勾配が変化することがわかります。
また、$\omega\tau\gg 1$では$G^\prime\left(\omega\right)>G^{\prime\prime}\left(\omega\right)$となるため、系は固体の特徴が顕著です。一方、$\omega\tau\ll 1$では、$G^\prime\left(\omega\right)$。
一般に、ひずみと応力の積はエネルギーになります。前節では$\gamma\left(t\right)=\gamma_0\cos{\omega_0t}$のひずみに対し、$\sigma\left(t\right)=G^\prime\left(\omega_0\right)\gamma_0\cos{\omega_0t}-G^{\prime\prime}\left(\omega_0\right)\gamma_0\sin{\omega_0t}$の応力が得られることを示しましたが、ひずみの1周期に要するエネルギーは次式で計算できます。
\begin{equation}
W=\int_{0}^{1\ period}\sigma\left(\gamma\right)d\gamma=\int_{0}^{2\pi/\omega_0}{\sigma\left(t\right)\frac{d\gamma\left(t\right)}{dt}dt}
\label{4-32}
\end{equation}
さらに、具体的な計算をつづけます。
\begin{equation}
W=\int_{0}^{2\pi/\omega_0}{G^\prime\left(\omega_0\right)\gamma_0^2\omega_0\cos{\omega_0t}\sin{\omega_0t}dt}-\int_{0}^{2\pi/\omega_0}{G^{\prime\prime}\left(\omega_0\right)\gamma_0^2\omega_0\sin^2{\omega_0t}dt}\\
=G^\prime\left(\omega_0\right)\omega_0\gamma_0^2\int_{0}^{2\pi/\omega_0}{\frac{\sin{2\omega_0t}}{2}dt}-G^{\prime\prime}\left(\omega_0\right)\omega_0\gamma_0^2\int_{0}^{2\pi/\omega_0}{\frac{1-\cos{2\omega_0t}}{2}dt}\\
=G^\prime\left(\omega_0\right)\omega_0\gamma_0^2\left[-\frac{\cos{2\omega_0t}}{4\omega_0}\right]_0^{2\pi/\omega_0}{-G^{\prime\prime}\left(\omega_0\right){\omega_0\gamma}_0^2\left[\frac{t}{2}-\frac{\sin{2\omega_0t}}{4\omega_0}\right]}_0^{2\pi/\omega_0}\\
=-G^{\prime\prime}\left(\omega_0\right)\omega_0\gamma_0^2\frac{2\pi}{2\omega_0}=-\pi G^{\prime\prime}\left(\omega_0\right)\gamma_0^2
\end{equation}
エネルギーは負の値となり、1周期の変形でエネルギーを失うことがわかります。しかも係数には、$G^{\prime\prime}\left(\omega_0\right)$だけで$G^\prime\left(\omega_0\right)$が消えています。こうした性質から、$G^{\prime\prime}\left(\omega_0\right)$のことを損失弾性率と呼びます。一方、$G^\prime\left(\omega_0\right)$は貯蔵弾性率と呼びます。

緩和

粘弾性スペクトルは別名を緩和スペクトルと言います。緩和時間という語は出てきましたが、緩和というイメージは今のところ一切ありません。あるいは、エネルギーの損失という部分でピンと来る人もいるかもしれません。でもそれは少数派だと思います。
僕たちが緩和という現象に対して抱くイメージというのは、何かが徐々に変化する、というものだと思います。例えば、病気の症状が緩和するというのは、病気の症状が徐々に改善することを指します。病気の症状が緩和する要因は、おおむね治療・投薬・放置でしょう。治療によって緩和すると言う場合、治療後に症状の緩和がみられるので、治療と緩和に因果関係が認められるでしょう。しかし、その時系列が治療時なのか治療後なのかという違いに注意しましょう。もし、治療時に症状の改善があった場合には、単に治る、あるいは良くなる、という表現になるはずです。緩和と言う場合には治療後に継続して改善が見られたということを示唆します。
この違いがもっとはっきり分かるのは、継続的な投薬あるいは放置による緩和の場合です。継続的な投薬では、投薬開始後の状態が維持されます。放置では現状維持です。ある時点を基準にして状態を維持している時に、症状などが改善した場合に緩和という言葉を使います。つまり、基準となるイベント後に、状態を維持しているにもかかわらず、何かが変化した場合のことを僕たちは「緩和」と呼ぶ傾向があるということです。
レオロジーにおいて、僕たちは応力とひずみしか取り扱っていません。ですので、どちらかに変化を加え(イベント)、それを維持した時に、もう一つの方が何らかの変化を示すような現象を見れば、「ああ、確かに緩和だ」と納得できるでしょう。すなわち、あるひずみを加えて、そのひずみを保持し、応力の変化を観察する、というパターンが一つ。もう一つは、応力を加えて、その応力を保持し、ひずみの変化を観察する、というパターンです。前者は応力緩和、後者はクリープという名前がついています。ほかにも様々な実験方法が考えられますが、まずは、名前にも「緩和」とある応力緩和について調べてみましょう。

応力緩和の実験では、最初に瞬間的に所定のひずみを与え、応力を時々刻々測定します。すなわち、
\begin{equation}
\gamma\left(t\right)=\left\{\begin{matrix}0 & t\lt 0\\ \gamma_0&t\ge 0\end{matrix}\right.
\label{4-34}
\end{equation}
です。これをマックスウェルモデル式に叩き込んでみます。
\begin{equation}
\frac{1}{G}\frac{d}{dt}\sigma\left(t\right)+\frac{1}{\eta}\sigma\left(t\right)=\frac{d}{dt}\gamma\left(t\right)=0\ \ for\ t\geq 0
\end{equation}
また$\tau=\eta/G$であることを踏まえると、
\begin{equation}
\sigma\left(t\right)=-\tau\frac{d}{dt}\sigma\left(t\right)
\end{equation}
両辺をフーリエ変換すると
\begin{equation}
\Sigma\left(\omega\right)=-\tau i\omega\Sigma\left(\omega\right)
\label{4-37}
\end{equation}
から、$-i\tau\omega=1$。すなわち、$\omega=-1/i\tau$となります。すなわち、
\begin{equation}
\Sigma\left(\omega\right)=\delta\left(\omega+1/i\tau\right)
\end{equation}
になります。これを逆フーリエ変換して、
\begin{equation}
\sigma\left(t\right)=C_1e^{-it/it\tau}+C_2=C_1e^{-t/\tau}+C_2
\end{equation}
境界条件として、$t=0$ではバネだけが伸びた状態だと考え、$\sigma\left(0\right)=G\gamma_0$。そして、$t=\infty$ではバネの伸びがなくなると考えて、$\sigma\left(\infty\right)=0$とすると、
\begin{equation}
\sigma\left(t\right)=G\gamma_0e^{-t/\tau}
\end{equation}
となります。この式は単調に減少する指数関数で、典型的な「緩和」となっています。この緩和は挙動は明らかに$\tau$が支配的な因子ですが、$\tau=\eta/G$だったことを考慮すると、システム中に弾性と粘性が共存するという設定が究極的な緩和の理由となっています。弾性と粘性の共存の様子は、粘弾性スペクトルで特徴づけられることから、粘弾性スペクトルの存在≒力学応答が周波数依存性を持つことを以って、「緩和」と考えるのです。それがゆえに、($\ref{4-27}, \ref{4-28}$)式で特徴づけられる典型的な粘弾性スペクトルの形状がデバイ緩和と呼ばれています。
さて、応力緩和をフォークトモデルで考えてみましょう。とはいうものの、フーリエ変換するとマックスウェルモデルと同じ形になるというのは前節で議論しました。したがって、($\ref{4-37}$)式は基本的に同じです。ただし、$\tau$の意味は少し違うかもしれません。そこで、一応($\ref{4-2}$)式に戻り、両辺を$G$で割ります。
\begin{equation}
\frac{1}{G}\sigma\left(t\right)=\gamma\left(t\right)+\frac{\eta}{G}\frac{d}{dt}\gamma\left(t\right)=\ \gamma\left(t\right)+\tau\frac{d}{dt}\gamma\left(t\right)
\label{4-41}
\end{equation}
ここで、($\ref{4-34}$)式を見ると、$t\gt 0$では$\gamma\left(t\right)$は一定であり、$\frac{d}{dt}\gamma\left(t\right)$は0です。すると$\sigma\left(t\right)$は一定になりそうな雰囲気があります。しかし、よく考えると$t=0$で$\frac{d}{dt}\gamma\left(t\right)$が$\infty$になるので、やはり緩和挙動を示すだろうことがうかがえます。そして、最終的に($\ref{4-37}$)式に従い、マックスウェルモデルと同じような挙動になるでしょう。ただし、時刻0で応力が$\infty$になるというのは受け入れがたいので、一般的にはフォークトモデルで応力緩和を考えることはしません。

もう一つの別のタイプの実験であるクリープを考えてみましょう。クリープでは応力が入力であり、次のようになります。
\begin{equation}
\sigma\left(t\right)=\left\{\begin{matrix}0&t\lt 0\\ \sigma_0&t\ge 0\end{matrix}\right.
\end{equation}
さて、マックスウェルモデルとフォークトモデルのどちらを採用するかですが、応力緩和におけるフォークトモデルの問題を参考にすると、微分値が∞になることを避けた方がよさそうです。マックスウェルモデルには、$\frac{d}{dt}\sigma\left(t\right)$の項があるので、それがないフォークトモデルの方が適しているかもしれません。$t\geq 0$で($\ref{4-41}$)式を考えると
\begin{equation}
\gamma\left(t\right)+\tau\frac{d}{dt}\gamma\left(t\right)=\frac{\sigma_0}{G}
\label{4-43}
\end{equation}
この微分方程式は右辺が0でないので、非同次形です。この場合は、まず特殊解を無理やし探すのでした。多項式が無難で、微分は1階のみなので、$\gamma\left(t\right)=at+b$の一次式で調べます。
\begin{equation}
at+b+\tau a=\frac{\sigma_0}{G}
\end{equation}
これが恒等的に成立するには、$a=0$、$b=\sigma_0/G$となります。残る同次形部分は、
\begin{equation}
\gamma\left(t\right)+\tau\frac{d}{dt}\gamma\left(t\right)=0
\end{equation}
となるので、一般解を$\gamma\left(t\right)={Ce}^{\alpha t}$とおいて
\begin{equation}
{Ce}^{-\alpha t}+\tau C\alpha e^{\alpha t}=0
\end{equation}
ここから、$\tau\alpha=-1$が得られ、$\gamma t=Ce^{-t/\tau}$が得られます。よって、($\ref{4-43}$)式の解は、
\begin{equation}
\gamma\left(t\right)={Ce}^{-t/\tau}+\frac{\sigma_0}{G}
\end{equation}
ただし、$t=0$で$\gamma\left(t\right)=0$であるような場合、$C=-\frac{\sigma_0}{G}$となるので、
\begin{equation}
\gamma\left(t\right)=\frac{\sigma_0}{G}\left(1-e^{-t/\tau}\right)
\end{equation}
これもある種の緩和曲線を描き、その時間スケールは、またしても$\tau$になります。現実の応力緩和やクリープはこれらとはちょっと違います。というのも、現実の緩和挙動はもっと複雑な力学モデルに対応するからです。

線形応答

実際の力学挙動はもっと複雑なのですが、ある範囲においては、ひずみを半分にしたら応力は半分になるはずだと僕たちは直観します。また、緩和挙動についても、イベントの時刻を1時間遅らせれば、緩和挙動も1時間遅れて生じるはずです。でないと因果関係が破たんしてしまいます。そのような対応関係をもつ現象一般は線形応答と呼ばれ、微小変化の極限では数学的に完全に記述できるということがわかっています。それは線形応答理論として知られています。
線形応答理論では、入力と出力を持つ信号処理装置を考えます。信号処理装置の中身はブラックボックスになっており、正確な仕組みはわからないとします。しかし、信号処理装置である以上、入力がなければ出力もないでしょう。ですので、信号処理装置の定義としてそのような性質を前提条件として受け入れても一般性は失わないでしょう。
また、2倍の入力に対して2倍の出力があると考えてもよいでしょう。出力のレスポンスには何ら制約を設けていませんので、値として信号の遅れなども採用することができます。ですので、このような制約はかなり緩いと思います。入力と出力にこのような基本的な因果関係が認められるとき、この正体不明の信号処理装置の特性は、インパルス応答関数で完全に記述されます。
インパルス応答関数というのは、入力としてインパルスすなわちδ関数のような信号を用いた場合の出力のことを言います。すなわち、入力信号がδ関数の時、出力信号$g(t)$はインパルス応答関数$h(t)$と次式で結びつくということです。

\begin{equation}
g\left(t\right)=h\left(t\right)\otimes\delta\left(t\right)
\label{4-49}
\end{equation}
通常の入力信号は連続的ですが、3章で見たように、短冊に切ってδ関数の列だと考えることができます。すなわち、入力信号$f(t)$は次のようになるということです。
\begin{equation}
f\left(t\right)=\sum_{n=0}^{\infty}f_n\delta\left(t-n\Delta t\right)
\end{equation}
時刻0までは入力信号を考えないとして式を構築しています。これを($\ref{4-49}$)式と合わせて考えると、入力信号$f(t)$に対する出力信号は、次式になるでしょう。
\begin{equation}
g\left(t\right)=h\left(t\right)\otimes f\left(x\right)=\sum_{n=0}^{\infty}f_n h\left(t\right)\otimes\delta\left(t-n\mathrm{\Delta t}\right)=\sum_{n=0}^{\infty}f_nh\left(t-n\mathrm{\Delta tn}\right)
\label{4-51}
\end{equation}
つまり、入力信号の瞬間的な刺激に対して出力信号が持続的で決まった応答をすることがわかっているなら、連続的な瞬間の刺激に対しては、刺激のタイミングに応じた応答が重なり合って出力される、というものです。よく考えると、これはかなり自然な現象です。ほとんどの物理現象は微小な変化に対しては、近似として線形の応答をするものです。それはほとんどの数式でテーラー展開が可能であり、微小な変化に対しては低次の項だけでよい近似が得られるという数学を反映しています。ですので、($\ref{4-51}$)式のような刺激・応答関係はほとんどの現象に適用することができます。
さて、$g\left(t\right)=h\left(t\right)\otimes f\left(x\right)$という式はフーリエ変換すると
\begin{equation}
G\left(\omega\right)=H\left(\omega\right)F\left(\omega\right)
\end{equation}
になります。$G\left(\omega\right)$を$\Sigma\left(\omega\right)$、$F\left(\omega\right)$を$\Gamma\left(\omega\right)$と読み替えれば、$H\left(\omega\right)$は$G^\ast\left(\omega\right)$に相当することがわかります。すなわち、我々が議論してきた一風変わった力学であるレオロジーは、線形応答理論でカバーされるものである、ということです。

さて、前節で応力緩和やクリープを議論しました。それは入力が階段状の刺激であるというもので、取り扱いに工夫が必要で、すこし歯切れが悪い説明にならざるを得ませんでした。別の方法として入力信号の微分を考えます。すると、単純なδ関数になることがわかります。応力緩和であるなら、
\begin{equation}
\frac{d}{dt}\gamma\left(t\right)=\gamma_0\delta\left(t\right)
\end{equation}
フーリエ変換すると、
\begin{equation}
i\omega\Gamma\left(\omega\right)=\gamma_0
\end{equation}
従って、
\begin{equation}
\Sigma\left(\omega\right)=G^\ast\left(\omega\right)\Gamma\left(\omega\right)=\frac{\gamma_0}{i\omega}G^\ast\left(\omega\right)
\end{equation}
これは、$\frac{1}{i\omega}G^\ast\left(\omega\right)$の逆フーリエ変換はある種のインパルス応答関数であり、それを僕たちは応力緩和実験の結果$h\left(t\right)$として観測することになります。、もとは$\frac{1}{i\omega}G^\ast\left(\omega\right)$なので、$G^\ast\left(\omega\right)$は$h\left(t\right)$の微分のフーリエ変換だとわかります。つまり、$h\left(t\right)$の測定は本質的に$G^\ast\left(\omega\right)$の測定と同じであるということです。$G^\ast\left(\omega\right)$が複素数なのに対し、$h\left(t\right)$が実数となっていて、情報量が釣り合っていないという疑問がありますが、それは後ほど説明するKramers-Kronigの関係によって解決されます。
同様にクリープも考えることができます。クリープでは、
\begin{equation}
\frac{\sigma_0}{i\omega}=G^\ast\left(\omega\right)\Gamma\left(\omega\right)
\end{equation}
であり、僕たちは、$\sigma_0/i\omega G^\ast\left(\omega\right)$の逆フーリエ変換を観測します。それはコンプライアンス$J\left(t\right)$と呼ばれる量です。コンプライアンスのフーリエ変換は$G^\ast\left(\omega\right)$の微分の逆数であり、クリープにおいても、本質的に$G^\ast\left(\omega\right)$を測定していることがわかります。

Cole-Coleプロット

線形応答理論が適用できるような典型的な物性の一つに誘電緩和があります。線形応答理論ではインパルス応答関数が中心的な役割を果しますが、物性研究においては緩和スペクトルの方が重視されます。粘弾性でいうところの複素弾性率スペクトル$G^\ast\left(\omega\right)$に相当する複素誘電率スペクトル$\epsilon^\ast\left(\omega\right)$というものが実際に測定されます。それはレオロジーとちょうど同じような測定原理によります。レオロジーと同様にデバイ型の緩和がしばしば観測されます。レオロジーのスペクトルはかなりブロードで測定範囲も広くないのですが、誘電緩和スペクトルは起源が比較的シンプルで、測定範囲も広いという特徴があります。そのため、誘電緩和スペクトルの研究はむしろ進んでいます。
誘電緩和スペクトルの解析においてしばしば行われるプロットにCole-Coleプロットというものがあります。誘電緩和スペクトルも実部と虚部があり、次式のように定義しましょう。
\begin{equation}
\epsilon^\ast\left(\omega\right)=\epsilon^\prime\left(\omega\right)-i\epsilon^{\prime\prime}\left(\omega\right)
\end{equation}
このとき$\epsilon^\prime$に対して$\epsilon^{\prime\prime}$をプロットすると、見事な半円を描くことが知られています。これをCole-Coleプロットと呼びます。
なぜ半円を描くのでしょうか?詳細は省きますが、単一のデバイ緩和における誘電緩和スペクトルは次式で表されます。
\begin{equation}
\epsilon^\ast\left(\omega\right)=\left(\epsilon_\infty-\epsilon_s\right)\frac{1+i\tau\omega}{1+\left(\tau\omega\right)^2}+\epsilon_\infty
\end{equation}
これはレオロジーの粘弾性スペクトルとほとんど一緒だとわかります。誘電緩和は透過率を測定するので、レオロジーと符号にかかわる部分が逆です。ちなみに、レオロジーは(エネルギーの)吸収を測定しています。ここから$\tau\omega$を消去するようにしばらく計算すると、次式を得ます。
\begin{equation}
\left\{\epsilon^\prime-\frac{1}{2}\left(\epsilon_\infty-\epsilon_s\right)\right\}^2+\left\{\epsilon^{\prime\prime}\right\}^2
=\left\{\frac{1}{2}\left(\epsilon_\infty-\epsilon_s\right)\right\}^2
\end{equation}
この式の導出はちょっと難しいのですが、この式が成立することを確かめるのは簡単です。この式は原点を通り$\epsilon_\infty-\epsilon_s$を直径とする半円になることがすぐにわかります。実は、粘弾性スペクトルも$G^\prime$に対して$G^{\prime\prime}$をプロットすると半円のような形になります。ただし、多く場合、つぶれた饅頭みたいにひしゃげます。その理由を説明することはこのテキストの本論から外れます。
さて、粘弾性スペクトルと誘電緩和スペクトルの類似性からわかるように、Cole-Coleプロットのような性質は、線形応答理論の帰結です。逆に線形応答理論に従うようなシステムはすべてCole-Coleプロットのような解析法を試す価値があると結論できます。実際、複素抵抗値インピーダンスの測定においても、Cole-Coleプロットが用いられます。


Kramers-Kronigの関係

さて、応力緩和やクリープの測定では、実数のデータが得られましたが、粘弾性スペクトルは複素数でした。両者の本質は同じもののはずですが、実数と複素数という違いがあり、情報量が合致していません。
実は、線形応答理論に現れる複素数のスペクトルは実部と虚部が独立しているのではなく、相互に強く関連しているということが数学的に証明されています。別の言い方をすれば、実部だけを測定すれば、虚部がわかり、その逆も可能ということです。だから、レオメーターによる粘弾性スペクトルの測定はちょっと「やりすぎ」ということになります。とはいうものの、$G^\primeとG^{\prime\prime}$を相互変換するのは実験的にはすごく難しく、レオロジーの場合には実質的に不可能です。だから、やっぱり僕たちは$G^\prime$と$G^{\prime\prime}$のどちらも測定する必要があります。
さて、$G^\prime$と$G^{\prime\prime}$が相互に結び付いているという数学的な帰結はKramers-Kronigの関係と呼ばれています。かなり難しいのですが、忘備録として書いておきたいと思います。必要が無ければ読み飛ばしてください。

インパルス応答関数$h\left(t\right)$はイベントの前に何かが生じるということを禁止します。イベントの時刻を0にとると、
\begin{equation}
h\left(t\right)=0\ for\ t\lt 0
\label{4-60}
\end{equation}
ということです。$G^\ast(\omega)$と$h(t)$が同じだと述べましたが、$h(t)$にはこのような制約があって、それは$G^\ast(\omega)$に本質的な特徴を与えます。それが、Kramers-Kronigの関係式です。では、($\ref{4-60}$)式をフーリエ変換してみましょう。
\begin{equation}
\mathcal{F}\left[h\left(t\right)\right]=\int_{-\infty}^{\infty}{h\left(t\right)e^{-i\omega t}dt}=\int_{0}^{\infty}{h\left(t\right)e^{-i\omega t}dt}
\end{equation}
です。この方向の計算はいろいろ問題があるので、すこし工夫をします。そのために、
次のような関数を考えます。
\begin{equation}
u\left(t\right)=\left\{
\begin{matrix}0&t\lt 0\\1&t\geq 0 \end{matrix}
\right.
\end{equation}
この$u\left(x\right)$はヘビサイド関数と呼ばれています。これを用いると
\begin{equation}
\mathcal{F}\left[h\left(t\right)\right]=\int_{-\infty}^{\infty}{h\left(t\right)u(t)e^{-i\omega t}dt}
\end{equation}
となります。これは、コンボリューションを使って、
\begin{equation}
\mathcal{F}\left[h\left(t\right)\right]=H\left(\omega\right)\otimes\ U\left(\omega\right)
\label{4-64}
\end{equation}
となります。ここで、ヘビサイド関数のフーリエ変換が必要になるのですが、ちょっとむずかしいので、$u\left(t\right)$を次のように考えます。
\begin{equation}
\frac{d}{dt}u\left(t\right)=\delta\left(t\right)
\end{equation}
こうすると比較的簡単にフーリエ変換できます、
\begin{equation}
\mathcal{F}\left[\frac{d}{dt}u\left(t\right)\right]=i\omega U\left(t\right)=1
\end{equation}
ここから、
\begin{equation}
U\left(\omega\right)=\frac{1}{i\omega}
\end{equation}
となります。ただし、$u\left(t\right)$はδ関数を積分したものなので、積分定数があります。つまり、
\begin{equation}
u\left(t\right)=\int\delta\left(t\right)dt+C
\label{4-68}
\end{equation}
です。$U\left(\omega\right)$においては、$C\delta\left(\omega\right)$の付加項となるはずなので、
\begin{equation}
U\left(\omega\right)=\frac{1}{i\omega}+C\delta\left(\omega\right)
\end{equation}
です。そして、いろんな事情があって、$C=1/2$ということが示されています。というのも、$1/i\omega$だけだと、$U\left(\omega\right)$は原点対称になるので、全空間で積分すると0にりますが、$u\left(t\right)$はそうなりません。専門用語でいうと、invariantが違っていてパーシバルの関係が成立しないということで、まずいわけです。そこで、補正項を付与した次第です。

さて、($\ref{4-64}$)式の計算が可能になったわけですが、この式は実はちょっと奇妙です。つまり、
\begin{equation}
H\left(\omega\right)=H\left(\omega\right)\otimes\ U\left(\omega\right)
\label{4-71}
\end{equation}
になっているのです。ここから、$H\left(\omega\right)$は$U\left(\omega\right)$のコンボリューションに対して不変であることが要請されていると考えられます。とりあえず、($\ref{4-71}$)式の右辺を計算してみましょう。
\begin{equation}
H\left(\omega\right)\otimes\ \left(\frac{1}{i\omega}+\frac{1}{2}\delta\left(\omega\right)\right)=\int_{-\infty}^{\infty}{\frac{H\left(\omega^\prime\right)}{i\left(\omega-\omega^\prime\right)}d\omega^\prime}+\frac{1}{2}H\left(\omega\right)
\end{equation}
これを($\ref{4-71}$)式に代入し、両辺を整理すると、
\begin{equation}
H\left(\omega\right)=2\int_{-\infty}^{\infty}{\frac{H\left(\omega^\prime\right)}{i\left(\omega-\omega^\prime\right)}d\omega^\prime}
\label{4-74}
\end{equation}
が得られます。
$G^*\left(\omega\right)$の時にも論じましたが、$\omega$は周波数を想定したので、負の値は物理的には定義されません。しかしながら、($\ref{4-74}$)式は負の$\omega$に対して$H\left(\omega\right)$が必要になります。そこで、($\ref{4-74}$式において、$\omega$が正の部分と負の部分に分けてあげます。
\begin{equation}
H\left(\omega\right)=2\int_{0}^{\infty}{\frac{H\left(\omega^\prime\right)}{i\left(\omega-\omega^\prime\right)}d\omega^\prime}+2\int_{-\infty}^{0}{\frac{H\left(\omega^\prime\right)}{i\left(\omega-\omega^\prime\right)}d\omega^\prime}
=2\int_{0}^{\infty}{\frac{H\left(\omega^\prime\right)}{i\left(\omega-\omega^\prime\right)}d\omega^\prime}+2\int_{0}^{\infty}{\frac{H\left({-\omega}^\prime\right)}{i\left(\omega+\omega^\prime\right)}d\omega^\prime}
\label{4-75}
\end{equation}
ここで、
\begin{equation}
H\left(-\omega\right)=\int_{-\infty}^{\infty}{h\left(t\right)e^{i\omega t}dt}
\end{equation}
なので、
\begin{equation}
H\left(-\omega\right)=H^*\left(\omega\right)
\end{equation}
であることがわかります。これを用いると、($\ref{4-75}$)式は、
\begin{equation}
H\left(\omega\right)=2\int_{0}^{\infty}{\left\{\frac{H\left(\omega^\prime\right)}{i\left(\omega-\omega^\prime\right)}+\frac{H^*\left(\omega^\prime\right)}{i\left(\omega+\omega^\prime\right)}\right\}d\omega^\prime}\\
=2\int_{0}^{\infty}{\frac{H\left(\omega^\prime\right)\left(\omega+\omega^\prime\right)+H^\ast\left(\omega^\prime\right)\left(\omega-\omega^\prime\right)}{i\left(\omega^2-\omega^{\prime 2}\right)}d\omega^\prime}
\label{4-78}
\end{equation}
さて、$H\left(\omega\right)$は複素数なので、実部と虚部に分けて
\begin{equation}
H\left(\omega\right)=H_{Re}\left(\omega\right)+iH_{Im}\left(\omega\right)
\end{equation}
としましょう。これを($\ref{4-78}$)に代入します。
\begin{equation}
H\left(\omega\right)=2\int_{0}^{\infty}{\frac{-i2H_{Re}\left(\omega^\prime\right)\omega+2H_{Im}\left(\omega^\prime\right)\omega^\prime}{\left(\omega^2-\omega^{\prime 2}\right)}d\omega^\prime}\\
=4\int_{0}^{\infty}{\frac{H_{Im}\left(\omega^\prime\right)\omega^\prime}{\left(\omega^2-\omega^{\prime2}\right)}d\omega^\prime}-4i\int_{0}^{\infty}{\frac{H_{Re}\left(\omega^\prime\right)\omega}{\left(\omega^2-\omega^{\prime2}\right)}d\omega^\prime}
\end{equation}
ここから、
\begin{equation}
H_{Re}\left(\omega\right)=4\int_{0}^{\infty}{\frac{H_{Im}\left(\omega^\prime\right)\omega^\prime}{\left(\omega^2-\omega^{\prime2}\right)}d\omega^\prime}\\
H_{Im}\left(\omega\right)=-4\int_{0}^{\infty}{\frac{H_{Re}\left(\omega^\prime\right)\omega}{\left(\omega^2-\omega^{\prime2}\right)}d\omega^\prime}
\end{equation}
という関係が得られます。この関係式はすべての周波数領域での情報があれば、実部と虚部の相互変換が可能であるということを意味しています。この関係式の存在は、実部と虚部が独立していないことを表すので、本節冒頭で指摘した情報量の不一致を解決します。

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