新しいiPhoneが発表された
多くのリーク情報が氾濫したため、目新しさが半減したが、とにかく新しいiPhone(Xと8)が発表された。フラグシップモデルのiPhone XでAppleはついにホームボタンをなくした。それはJobsの長年の指令だった。Jobsの遺志を継いだTim CookはJobsが目指したことを忠実に実行し、達成したことになる。それは正しいことだったのか?Jobsは何故ホームボタンをなくしたかったのだろう?
Jobsは典型的なミニマリストだ。だから、何事もシンプルな設計を好む。だから、ボタンは一つでも減らしたかった。その象徴がホームボタンだった。
おそらく、ボタンが減るのなら、それがホームボタンでなくてもよかったはずだ。でも、堂々と一番目立つところに大きく鎮座していつも目につくのがホームボタンなので、ホームボタンを好んで攻撃したのだと思う。真面目なCookは、それを真に受けたのだろう。あるいは、Jobsの遺志(Wish)を実現することが、今のApple社員たちの社是なのだろう。それはすでに故人崇拝の域に達している気がする。
iPhoneはボタンが多い
iPhoneはスマートフォンの元祖なので、レガシーを引きずっている。その結果、現行のスマートフォンの中では、もっともボタンが多い機種となっている。僕の使っているAndroidのボタンは3つだ。前の機種から、ボタンは3つしかない。それに比べて、新しく発表されたiPhone 8はボタンがなんと5つもある。iPhone Xではボタンがひとつ減って、4つになったわけだが、それでもまだ1個多い。ホームボタンが減って大騒ぎしているのは、iPhoneユーザーだけで、Androidユーザーは何年も前にそれを経験している。僕は、今のAppleは迷走状態にあるのだと思う。
Appleの迷走ぶりは、2013年のiPhone 5sで顕著になった。Jobsが亡くなって2年経っており、Jobs抜きで開発した製品を発表しなければならなかった。その時、搭載された機能が、件のホームボタンに指紋認証を付与したTouch IDだった。Jobsの遺志を尊重して開発チームはホームボタンの廃止を検討していたに違いない。にもかかわらず、目玉機能をホームボタンに追加してしまった。それから4年、Touch IDはiPhoneの重要な機能の一つになってしまった。いくつかの重要な機能がTouch IDと強く結びついてしまった。それはつまり、ホームボタンを簡単には廃止できないということだ。iPhone Xに関する驚きの多くは、Touch IDがなくなって不安だ、というものだ。Touch IDをホームボタンに搭載したことで生じた混乱だと言える。
Touch IDをホームボタンに搭載した時点で、このような混乱は予想できた。
どうすればよかったのか
Appleは破壊的なイノベーションによって成長を続けてきた会社だ。既存の自社製品を陳腐化してしまうような新製品を次々と投入してきた。だから、Touch IDを捨て去るという判断も、Appleらしいと言えるかもしれない。でも、Touch IDは結構筋の良い技術だ。生体認証を様々な場面で気軽に利用できるということは、セキュリティー確保において極めて大きなアドバンテージとなっている。しかも、それをホームボタンに搭載すると、スマートフォンを使い始める操作=認証のための操作となるので、今までの使い方を変えずに、強力な認証機能を追加できる。こっそりハイテク型の非常に筋が良い技術だ。僕は廃止すべきはホームボタンとTouch IDではなかったと思っている。廃止すべきだったのは、消音ボタンと電源(サイド)ボタンだ。それで、Android端末とようやく肩を並べ、Touch IDの分だけ有利になったろう。
迷走
Jobsはこっそりハイテク型の技術をとても大事にした。AppleのOSはとても人気があるが、その理由の一つに独特の質感がある。指に張り付くような滑らかなスクロールはiPhoneの代名詞だが、そのような質感を実現するには極めて複雑で面倒くさい調整(プログラミング)が必要だ。それには時間とコストがかかるが、Jobsはあえてそのような細部にこだわった。目につきにくい部分の細かな技術の積み重ねによって、「気持ちよさ」が伝わるということを熟知していたに違いない。Jobsが本当にやりたかったのは、iPhoneの特徴とみなされるホームボタンすら例外とせずに改良の対象とすることだったと僕は思う。そういう聖域なき改革でしか、より完成度の高い道具を目指すことはできないからだ。
生前のJobsなら、ホームボタンを廃止するなんて、簡単だったはずだ。でもしなかった。それには理由があったはずだ。おそらく、その一つは、「サイドのボタンは押しにくい」といったシンプルな理由だと僕は思う。電源ボタンあるいは、ホーム画面呼び出しボタンとして頻繁に押すことになるホームボタンが押しにくいなんて、Jobsには考えられなかったはずだ。ホーム画面の呼び出しは別のボタンでもよかったと思う。我慢ならないのは、使い始める動作がスムーズでないことだったろう。だから、あえてホームボタンを廃止できなかった。
頻繁に押すボタンだからこそ、ホームボタンは目立つところに押しやすいように配置されねばならなかった。見た目のデザインを損なったとしても、シンプルに機能を追及するというのは、典型的なミニマリストの哲学だ。
そういう意味で、Touch IDはJobsのアイデアだったかもしれない。僕なら、ホームボタンは廃止でもTouch IDは廃止しないだろう。Touch IDのような認証機能はスマートフォンを握ってから画面を指で触る前に完了することが理想だ。スマートフォンを握るとき、人差し指はスマートフォンの裏面の特定の場所に自然に張り付く。僕ならその位置にTouch ID機能を搭載する。それで、緊急時の電源操作を行う小さなボタンを残して、ほかのボタンを廃止する。Touch IDはボタンとしてのメカを廃止するけど、電源ボタンとしては機能するようにするだろう。
Tim Cook率いるAppleの開発者たちは、JobsのWishを忠実に実現した。でも、それはJobsのSpiritに反すると僕は思う。そういう最終手段に訴えたということは、Jobsの遺産は今回で完全に枯渇したと僕は見ている。その証拠に、新しいiPhoneにはびっくりするような革新が全くなかった。顔認証はすでにありふれている。Face IDの精度は高いかもしれないが、僕たちが求めているのはそういうものではない。僕たちの日常が変わってしまうような、使わずにはいられない気の利いた技術革新だ。
Face IDの最悪な点は、真黒なスマートフォンの画面を一瞬見つめないといけないことだ。僕らがスマートフォンを使い始めるとき、スマートフォンを握るや否や、電源ボタンあるいはホームボタンを指で探って操作するものだ。そういう何気ない動作によって、僕たちは無意識のうちに画面を正面い捉える前からスマートフォンを使い始めている。顔認証では原理的にそういうことは無理だ。Jobsなら即却下するだろう。