2017年11月12日日曜日

西川式微分方程式0章

西川式:微分方程式と線形応答

ずいぶん昔に、学生向けにテキストを書いていました。大学院でも似た内容の講義をするので、Web版を作ったら、みんな読めるかな?ちょっと長いので、連載形式にして、章ごとに公開します。今回はプレビューというか、予告編というか、そんな程度です。


はじめに

大学で学ぶ数学・物理において、微分方程式は極めて重要です。しかしながら、なかなか理解するのが大変で、微分方程式が解けるかどうかというのが、学生にとって一つの関門になっています。僕自身も長年納得がいかず、大変苦労しました。ただ、その苦労の大半は、ちゃんとした説明があれば、必要ないものでした。だから、テキストにまとめることによって、多くの人が僕のような苦労をせずに済むようにしたいと思っています。

このテキストは、大学で学ぶ微分方程式の講義についていけなかった人、疑問だらけで納得がいかない人、そういった落ちこぼれチックな人のためのものです。微分方程式なんて、チャラいよ~、という人は読む必要はありません。きっと頭がすごく良いのでしょう。微分方程式の解法は数学者たちが1000年かかって作り上げてきた人類の至宝です。その極意をたった1年かそこらで理解できる超天才に僕が教えることなどないでしょう。
それから、一旦、他の教科書や講義で微分方程式を学んでおいてください。僕のテキストは微分方程式を学ぶ中で生じる違和感を共有しているという前提で書かれています。その違和感を持っていないと、面白さがわからないかもしれません。

できない子の論理

微分方程式を解く場合、天下り式に一般解というのを代入してみて、一般解に付随している係数を決める、ということを行います。このとき、いくつかの疑問が発生します。
(疑問1)一般解というのはどういう理由で導入されるのか?
(疑問2)一般解以外の解は存在しないのか?
あとでも詳しく例示しますが、
\begin{equation}
\frac{d^2}{dx^2} y = -a^2 y
\end{equation}
のとき、$y=\sin{⁡bx}$とおいて、$a$と$b$の関係を求めます。(疑問1)はなぜ$y=\sin{⁡bx}$とおくという発想に至るのか?という疑問です。そして(疑問2)は$y=\sin{⁡bx}$ではなくて、$y=\cos{⁡bx}$とか、$y=\log{⁡bx}$ではだめなのか?という疑問です。
こうした疑問はまず間違いなく講義では説明されません。確かに、一般解を用いて求められた解は与えられた条件を満たすため、元の微分方程式の解であるわけで、結果オーライなのだから、最初に与えた一般解というのは成功だった、と因果律をさかのぼって、天下りの一般解が正当化されます。
また、いくつかの微分方程式のパターンを学ぶにつれ、微分方程式に応じて適切な一般解を選択せねばならないということがわかってきます。そうすると、次の疑問が浮かびます。
(疑問3)一般解をどのように選択すればよいのか?
先に述べたように、微分方程式の解法では、結果(解)が仮定(一般解)を正当化するので、(疑問3:一般解をどのように選択すればよいのか?)は説明する必要がない、という立場をとります。しかしながら、それは乱暴であるように思います。結果が仮定を正当化するということは、言い換えると、一般解は必要条件(解が求まる)を満たすということは納得できるが、十分条件(他の可能性が排除される)は満たしていない気がします。十分条件を満たしているよ、という説明がない限り、納得できません。

落ちこぼれ脱出作戦

僕はこれらの疑問はまっとうだと思っています。そういう疑問を置き去りにして、形式だけを学ぶという、通常の講義スタイルこそダメだと思っています。同じことは多かれ少なかれ量子力学にも言えます。量子力学の出発式は微分方程式であり、微分方程式こそが自然の本質であるというのが量子力学の真骨頂です。ですから、微分方程式の理解と量子力学の理解のレベルは直結しており、どちらも今一つ得心がいかないという状況が似ているのは当然かもしれません。
そういうことなので、微分方程式や量子力学が理解できない、というのは決して恥ではなく、むしろ、現在の講義スタイルで理解できたと思っている人の大半は、理解できていないことすら理解できていないという救い難い状況だと思っています。だから、このテキストをここまで読んできた人には、ご褒美をあげたいと思いますが、そのご褒美は、テキストを進むうちにもらえます。

2017年11月4日土曜日

糖尿病患者をなめるなよ!

糖尿病歴10年

僕は糖尿病と診断されて、10年以上経ちます。インスリンも10年以上ってことです。筋金入りの糖尿病患者です。あんまり優秀な糖尿病患者ではありません。でも、それは仕方がないのです。糖尿病患者の苦しみは実はすさまじいものです。

血糖値と空腹感

動物は、血糖値が下がると、空腹を感じ、血糖値が上がると満腹を感じます。ふつうの人は、超絶におなかがすいた状態で血糖値が70mg/dlくらい。食後は、140mg/dlくらいまで上昇します。通常は100mg/dlくらいです。だから、マイナス30mg/dlは、たまらなく空腹を感じるってわけです。僕は血糖値のコントロールが悪いと、通常の血糖値が180mg/dlくらいです。その状態だと、空腹時には120mg/dlくらいまで下がります。マイナス60mg/dlです。数値的には常人の倍くらい空腹を感じることになります。もっとひどい時もあります。それこそ、気が狂うくらいの空腹です。それを我慢しろなんて、無理です。

このような議論は、医療関係者にも知られています。糖分は麻薬のようだ、とも言われています。実際、麻薬と同じような効果があるという説まであります。麻薬中毒者には、支援団体がありますが、糖尿病患者には生活支援団体がありません。糖分はどこでも入手できます。麻薬より多くの誘惑があります。それを根性論でなんとかするなんて、不可能に近いと思います。ふつうの人の腹ペコの状態が四六時中続いていて、それでも空腹を我慢しないといけないなんて、想像つきますか?

糖尿病の治療では、75歳を一つの基準にします。その理由の一つに、統計的に糖尿病患者は100歳までに死亡することがわかっていることが挙げられます。糖尿病患者は早死にするのです。だから、75歳以降は無理せず、安楽な生活を送る方が幸せだ、ということです。もう一つの理由があります。75歳くらいから認知症が深刻になります。認知症になると我慢が効かなくなり、食事療法や運動療法が満足にできません。すなわち、いくら医者が努力しても、患者が言うことを聞かないので、すべての努力が報われないのです。だから、患者と医者の合意の下で、75歳になったら、もういいよね、という取り決めを行うのです。
だから、僕の寿命は75歳です。もしかしたら、80歳まで生きるかもしれませんし、70歳くらいでダメかもしれません。少なくとも、健常者よりはかなり短いでしょう。余命宣告というほど短くはありませんが、はっきりと100まで生きることはないと宣言されるのは、それはそれでショックなことです。

ダイエット

糖尿病の治療の基本は食事療法と運動療法です。食事療法とは、平たく言うとダイエットです。糖尿病患者は、ダイエットのプロです。命がけでダイエットしている人たちが、糖尿病患者です。

僕は糖尿病歴10年以上なので、10年以上ダイエットを続けています。糖尿病では、最初に入院を勧められます。糖尿病の入院は治療が目的ではなく、糖尿病に関する知識を勉強するのが主たる目的で、教育入院と呼ばれます。その中で最も時間を割くのが、食事療法=ダイエットです。

ダイエットは商業的にも重要なので、医学的な研究がたくさんあります。その重要な結論として、ダイエットで結局重要なのは、カロリーの抑制だ、ということです。食べ方とか、食べ物の種類とか、いろいろなダイエット法が巷に溢れていますが、そんなことは些細な事。摂取カロリーが少なければ痩せるし、多ければ太るという単純で冷酷な関係があるということです。

医学的には、20歳時の体重を基準として、そこからの体重の増加はすべて余分な脂肪であると推定されます。そして、脂肪1Kgにつき、7000kcalの熱量があります。もし、40歳で、20Kg太っているなら、20Kgの脂肪が蓄積されており、その脂肪は140メガカロリーに相当します。ビール腹のおじさんは、大体このくらいの太り方をしています。この場合、1年あたり1Kg = 7000 kcalだけ余分に摂取してきたということになります。
これを365日で割ると、一日当たり20 kcalだけ余分だった、ということがわかります。成人男性の1日の標準摂取カロリーは2400 kcalなので、0.8%だけ余分だったということです。たったの0.8%です。これは逆にものすごい精度で2400 kcalを守っているとも言えます。
例えば、定規なしで1mの線を描くことを考えてみてください。ぴったり1mなんてなりません。10cmくらいずれてもおかしくないでしょう。その精度は10%です。0.8%の精度というのは見た目が1mぴったりなのはもちろん、線がまっすぐかどうかでもくるってきます。線がまっすぐでない場合、線の太さによっては、線の曲がりの外側と内側でもくるってきます。そういうことまで考慮しないとダメなレベルで、僕たちは無意識にカロリーコントロールしているということです。
例えば、20 kcalというのはコンビニおにぎりの10分の1くらいです。すなわち、おにぎりを一口食べると、20kcalを軽くオーバーするってことです。毎日の食事量がその精度で制御されているということです。もちろん、毎日の食事量は変動します。多い時もあれば少ない時もあるでしょう。でも平均すると、+20 Kcalということです。それを「無意識」におこなっているのです。我々は摂取カロリーを労なく誤差1%以下に制御しているのです。この医学的事実から、この無意識の制御は非常に正確で強力だと考えられています。

ダイエットはその正確で強力な無意識の制御を上書きしようという行為です。無意識による食事量の制御は非常に強力なので、一時的に食事量を減らしても、無意識のうちに減らした分を取り戻してしまいます。この制御は、生物が何億年もの進化の末に獲得してきたものですから、当然です。
逆に考えると、減らさねばならないのは一日当たりたったの20 Kcalです。大幅に減らす必要はないのです。たったの20Kcalなら、概ねひと口に相当します。なので、すべての食事において、一口残す、ということを習慣にするだけでOKです。
重要なのは習慣です。生物には、強力な食事量制御が無意識のうちに働きます。意識的な制御は、一時的には無意識の制御を上書きしますが、気を許した瞬間に無意識の制御が復活します。
例えば、のどが渇いて、自動販売機でジュースを買うとします。その時、何を飲みますか?カロリーに気を付けていれば、コーラゼロを飲むかもしれません。コーラゼロのカロリーの表示は0Kcalですが、実はちょっとだけカロリーがあります。100mlあたり5kcal未満の場合は、0 Kcalの表示になります。ペットボトルは500 mlなので、最大25 Kcalあるかもしれません。我々の脳はそれを抜け目なく知っていて、カロリーが完全にゼロのお茶ではなく、20 Kcalのコーラゼロをあなたに選択させるのです。そして、せっかく控えた20 Kcalをこっそり取り戻しているのです。無意識の制御はこのように狡猾に抜け目なく、ダイエットに抵抗します。

多くのダイエット法では1か月に10 Kg痩せた!なんてのを売り文句にします。でも糖尿病患者のダイエットは、1年間に1Kgでよいのです。いや、体重なんて減らなくてもよいくらいです。そのかわり、糖尿病患者のダイエットは一生続きます。そのような継続的なダイエットでは、狡猾な無意識の食事量制御が本当の敵になります。無意識の制御を欺く方法の一つが「習慣」です。

例えば、自動販売機では、お茶とブラックコーヒーしか買わないと誓いを立てるのです。最初は我慢が必要ですが、だんだんと当たり前になり、習慣となります。習慣になったらコーラゼロを避けるのに、苦労がなくなります。糖尿病患者は10年、20年の単位で戦うのです。我慢なんて秒単位の戦いではないのです。
毎食事の際に、かならず一口残すと簡単に20 Kcal程度の削減になります。外食ではご飯を一口残します。家ではおかずを半分残します。職場のカフェテリアでは、おかずを一品減らします。食事を残さず食べることを小さいころからしつけられてきたので、食事を残すことに強い抵抗感が今でもあります。毎日おいしい食事を用意してくれる家内には、申し訳なく思っています。でも、食事を残すことを習慣づけることで、ほんのちょっとだけ減らすのです。これを1か月続けると少しだけ、体重が減るかもしれません。

運動療法

食事療法と並んで重要なのが運動療法です。20歳以降に増加した体重はすべて脂肪というのは、言い過ぎで、一部は筋肉なんじゃないか?と思うかもしれません。でも、ほとんど確実に、脂肪です。いや、筋トレしてるから、筋肉だよ、と思うかもしれません。でもその筋肉は、ダイエットでは脂肪扱いなんです。

食事療法主体のダイエットでは、脂肪はほとんど減らないという実験事実があります。人間の場合、最初に糖類がエネルギーとして使われます。糖類が減ってくると、次は筋肉を分解して、糖に変えて用います。脂肪は最後まで使われず、飢餓状態に備えるのです。糖類は一時的なエネルギー源なので体重の減少にはほとんど寄与しません。なので、正しい運動療法を組み合わせないダイエットでは、脂肪が減らず、筋肉が分解されます。女性が大好きな食事制限ダイエットで減る体重は筋肉なので、ダイエットを繰り返す女性は筋肉量が減り、痩せにくい体質になるという悪循環は、隠れ肥満として有名です。

筋トレでは、脂肪は燃焼しませんので、筋トレ+食事療法だと筋トレで作った筋肉を筋トレで分解するという、わけがわからないマッチポンプ状態になります。なので、筋トレで作った筋肉はダイエットでは脂肪と同等の扱いになるのです。
脂肪の燃焼は、基礎代謝の一部と、有酸素運動が主なものになります。筋トレで筋肉を増やせば基礎代謝は増えますが、それは一日当たり10 Kcalのオーダーでの話です。1Kgの脂肪を燃やすには、7000 Kcal必要なので、基礎代謝の改善で1 Kg痩せるには、2年くらいかかる計算になります。

ダイエットの本来の目的は体重を減らすことではなくて、脂肪を減らすことです。そのためには、有酸素運動しかありません。有酸素運動というのは、かなり面倒くさい性質を持っています。

まず、有酸素運動で脂肪を燃焼させるには15分程度のウォーミングアップが必要です。ウォーミングアップ中は脂肪の燃焼はほとんどありません。ダイエット目的での有酸素運動では、15分経ってから、どのくらい運動したかが重要になります。例えば、20分のジョギングは、40分のウォーキングと同じくらいのカロリー消費量ですが、脂肪燃焼時間は、ジョギングが5分、ウォーキングが25分になり、ウォーキングの方が3倍くらい効率が高くなります。

次の面倒くさい性質は、有酸素運動で脂肪が燃焼しだしても、脂肪だけが燃焼するわけではないことです。脂肪はかならず糖とセットで燃焼することが知られています。糖のストックは多くありませんので、糖がなくなると筋肉が分解されます。つまり、長時間の有酸素運動は、筋肉量の低下を招くのでよくない、ということです。これはオーバートレーニングとして知られており、マラソン選手の上半身が痩せている理由です。かれらは、足以外の筋肉をトレーニングで文字通り食いつぶしてしまっています。

さらに面倒なのは、燃焼の際の脂肪の割合は50%が最大で、運動強度が増すにつれ、効率が落ちます。つまり、頑張って激しい運動をするほど、脂肪の比率が減り、筋肉が減るリスクが高まるのです。ウォーキングなら脂肪燃焼が50%ですが、ジョギングだと25%になったりするわけです。その場合、同じ時間のウォーキングとジョギングでは、脂肪燃焼量はほとんど変わらないことになります。

ここから結論されるのは、脂肪燃焼を目的とした運動療法では、なるべく低負荷の運動を無理しない程度に長時間行うのが効率的ということです。

運動の種類ですが、筋トレは最悪です。筋トレは、実際の運動時間が秒単位なので、トータルの消費カロリーは多くないのです。無酸素運動とよばれ、ダイエット効果には不向きです。しかし、有酸素運動は筋肉を食いつぶす傾向があるので、ダイエットでは、少しの筋トレを併用する方が良いとされています。
単位時間当たりの消費カロリーが最も高いのは水泳です(1000 Kcal/hour)。でも水泳は1日1時間、週1回ぐらいが適切なところなので、水泳選手でない限り、長い目で見たときの消費カロリーは多くありません。
1日あたりで見ると、登山の消費カロリーがダントツ(最大8000 Kcal/day)です。どんな登山好きでも、1か月に2日くらいしかできませんが、長い目で見ると、水泳よりも多くのカロリー消費になります。
一般に、ダイエット目的なら、自転車が最も効果的です。自転車はウォーキングより少し高めの運動強度ですが、運動時間を長くとることができます。自転車は1時間乗ってもそれほど長く感じませんが、1時間のウォーキングは結構退屈するのです。1か月くらいの平均で消費カロリーを比較すると、あらゆる運動の中で自転車が最も多くなります。

脂肪の燃焼比率は最大で50%なので、1 Kg = 7000 Kcalの脂肪を燃焼させるには、14000 Kcalの運動が必要です。ウォーキングでは1時間あたり280 Kcal程度なので、50時間の有酸素運動が必要になります。ただし、15分のウォーミングアップを考慮すると、1時間のウォーキングなら62回行うことになります。概ね、1日2回のウォーキングで1か月1Kgの脂肪を減らすことができます。うまくすると、2Kgくらい減るかもしれませんが、無理をしていると1Kgの筋肉が分解される可能性も残ります。これ以上に効果的な運動療法はありません。

過激なダイエットでは、1か月に5Kgとかの減量効果を謳うことがあります。5 Kgの脂肪は、35000 Kcalに相当し、一日当たり、1000 Kcal以上の運動が必要になります。ジョギングだと、毎日2時間に相当しますが、そんな運動はできないはずです。ということは、脂肪以外の何かが体重減少に寄与したと考えるべきです。脂肪のほかに、水分・便・筋肉が体重減少に寄与します。女性の場合、宿便が取れるだけで、2~3キロ減ります。また、水分は簡単に1~2キロ減ります。なので、1か月に5Kgというのは、脂肪も少し減ったかもしれませんが、内訳の多くは、宿便と水分と推察されます。なので、すぐに戻るし、実際のところはダイエットでも何でもないと思われます。

手軽な運動療法としては、ウォーキングが最も高効率なので、糖尿病患者はウォーキングを運動療法の基本に据えます。健常者の場合、中年以降は運動量が減り、体力が衰えるものですが、頑張っている糖尿病患者は毎日の運動によって、体力が維持され、健常者より健康なくらいです。僕は自転車通勤を運動療法として取り入れていますが、散歩と合わせて一日の運動時間が2時間を軽く超えます。ちょっとしたアスリートです。血糖値以外はすこぶる健康というのが、理想的な糖尿病患者です。

食事

食事療法の基本はカロリーですが、食べ物に関する知識がないと、カロリーを計算することができません。なので、食事を見てカロリーが計算できなければなりません。それには、栄養士並みの知識が必要になります。
栄養士は食材と重量からカロリーを計算するわけですが、糖尿病患者は見た目からカロリーを概算しなければなりません。なので、食材の量の目分量や調理法にも通じておかなければなりません。
カロリーを計算する方法として、80 Kcalを1単位とした計算法が一般的です。というのも、お惣菜の小鉢1皿が概ね80 Kcalくらいで、見た目にわかりやすいのです。白米はもっとも計算しやすい食材です。外食にでてくるごはんだと、お茶碗1杯で4単位くらいです。家庭では3単位くらい。女性や子供用の小さなお茶碗だと2.5単位です。2.5単位というのは、コンビニのおにぎり1個に相当します。僕は糖質を少し控えるようにしていて、1回の食事では2.5単位のごはんにしています。
お肉は20~30gで1単位です。肉料理一人前だと、3~4単位のお肉が使われることになります。野菜は1回の食事でせいぜい1単位です。調味料や炒め油で1単位上乗せします。揚げ物はさらに1単位。食材は無数にあって、それぞれにカロリーがあるので、ある程度詳しく理解しておかないといけません。エビ・カニ類は、案外低カロリーだったりして、勉強するとおもしろい発見があります。
1回の食事では800 Kcalが基本です。でも、ライフスタイルにも依存します。僕は朝が500 Kcalくらい、昼が600 Kcalくらい、夜が1000 Kcalくらいになっています。

毎日の積み重ねを10年の単位で続ける

糖尿病患者の苦しみは、以上のことを毎日、10年単位で続けることです。何とかダイエットなんて、1か月か2か月の話です。次元が違います。また、糖尿病患者のダイエットは体重減少が目的ではないというところもポイントです。1か月に1Kg減量すると、1年で12Kg、10年で120Kgも減ってしまって、僕の体は跡形もなくなるでしょう。ある時、体重減少がうまく止まらなくて、困ったことすらありました。良好な体重を維持するというのが糖尿病患者のダイエットの目的なのです。

糖尿病患者はダイエットのプロです。普通の人が知っているようなダイエット法はすべて知っていると考えて間違いありません。最初にサラダを食べるとか、10年前から実践していますが、あんまり効果はありません。でも効果がわからないだけかもしれません。医学的には、サラダを最初に食べることで血糖値の上昇が緩やかになることは証明されています。糖尿病患者はダイエットのプロなので、医学的に証明されたことはちゃんと実践するのです。そして、巷にあふれる怪しいダイエット法は無視します。

医学的に効果が完全に証明されたらくちんなダイエット法というのは、世の中に存在しません。というのも、肥満は万病のもとと考えられており、肥満を解消するための研究は世界中で続けられています。にもかかわらず、肥満の治療が本格化しないのは、それが存在しないからです。
生物は長いな進化の歴史を持ちますが、現在の人類のように食料に困らず、肥満を解消する必要に迫られたことは一度もありません。生物の歴史は、むしろ飢餓との戦いの歴史なのです。なのですべての生物は飢餓状態に適応するように進化してきました。糖尿病は、極端な飢餓状態の中では特に優れた形質だったと考えられ、むしろ生存に有利だったのです。人間社会の進歩が、生物としての人間の進化をはるかに超えて進行した結果、食料が有り余る現代への適応不良として顕在化した病気が糖尿病です。がんや認知症も、人間の寿命が急激に伸びた結果、顕在化した病気と言えるので、同じようなものです。

教育入院

僕は、こういった知識を糖尿病発覚直後に行った教育入院で勉強しました。授業料(入院費)はそこそこしますが、保険適用なのでお得です。午前中は勉強をして、午後は、検査と問診をします。その間に運動療法をします。
ご飯は結構しっかりしたものを食べます。そこも重要です。基本的に、糖尿病患者が食べられないものはありません。食事を抜くのもよくありません。決められた量の食事を、決められた時間にきちんと食べることがよいとされています。
外食などの場合には、食事の量がお店のお任せになってしまいます。その場合、ちゃんと量を計算して食べねばなりません。教育入院では、食事の量を覚えるということも重要な勉強なのです。「腹八分目」を体に覚えこませるのです。いや、「腹五分目」くらいかな。
僕の上の娘は、高校生の時にダイエット検定なるものを受けましたが、その内容は僕が教育入院で勉強したものの「サブセット」でした。糖尿病患者は命がけでダイエットするのです。ちゃらちゃらしたダイエット検定なんて、目じゃないのです。

糖尿病であることを公言する

糖尿病はどっちかというと恥ずかしい病気だと考えられています。努力が足りないから糖尿病になったという印象があるからです。でも、病的な肥満でない限り、カロリーオーバーなのは1日当たりたったの20Kcalです。それは無意識の制御がちょっとミスっているだけです。食べる量だけではなく、運動量にも無意識の制御が働いているのです。20Kcalというのは、曲がり角を曲がるとき、内側を歩くか、外側を歩くかの違いくらいで生まれてしまいます。信号が赤になりそうなとき、少し早歩きするか、あきらめるかの違いで、20Kcal/dayくらい変わります。20分朝寝坊するだけで20Kcalくらい違います。普段の生活の中のちょっとした省エネが何十年も積み重なると10Kgくらい太るのです。ちょっと早歩きを心掛けたとしましょう。でも体はその分、朝寝坊になったり、一口多くおかずを食べたりして、無意識のうちにそのカロリーを取り戻します。1年に1Kgくらいの体重増加はむしろ自然なことです。それを恥ずかしいと思う方がおかしいよね。

肥満の定義は、あまりはっきりしません。肥満の判定基準として、身長と体重から計算されるBMIがよく知られています。日本では肥満の基準は25以上ですが、WHOの基準では、30以上が肥満とされています。身長170cmだと、BMI=25は72.5Kgですが、BMI=30は86.7Kgです。日本では、BMI=30の人は、ほとんどいません。日本では、そのような人は病的肥満と呼ばれていますが、海外で病的肥満と言えば、マツコ・デラックスみたいな体形です。病的肥満は何か別の理由から肥満になっている病態を指します。多くは、脳の病気です。そういう人はそんなに見かけませんよね。だから、世界標準では、日本にはほとんど肥満はないのです。
そういうことなので、肥満気味の状態は、糖尿病の遠因ではありますが、別の要素も多いと考えられています。ただ、別の要素というのは、遺伝的な要因だったりして、本人の努力ではいかんともしがたいので、治療改善を目指す医学的立場からは、肥満気味ということを目の敵にせざるを得ないわけです。でも考え方を変えて、がんや認知症のようにほとんど運・不運が原因と思われているような病気と同じ扱いにした方が良いと思います

糖尿病の教育入院で議論されることですが、多くの糖尿病患者は自分が糖尿病であることを隠す傾向にあります。でも、糖尿病であることを公言する人もいて、比べると、糖尿病であることを公言する人の方が血糖値のコントロールが良いと言われています。理由は、隠し事をする、恥ずかしいと思うとことに伴うストレス説が有力です。公言していると周りが気を使ってくれて、気持ち良いので、逆にストレスがたまりにくいという説もあります。

僕は糖尿病であることを公言しています。僕はサイエンティストなので、血糖値測定結果などの実験事実を認めることを信条としているのです。実験事実は包み隠すべからず、です。その時、なるべくあっけらからんな印象を与えるようにしています。僕は36歳で糖尿病と診断されましたが、すでにかなり深刻な状態で、その2年前くらいから深刻な糖尿病の状態だったと考えられます。診断が下ったときはショックでした。だって不治の病なんですよ!健常者とは違っていろいろ無理が利かなくなるわけです。
落ち込んだのですが、よく考えると、50歳を超えると誰でも1つくらい病気を抱えるものです。僕は15年ほど早いですが、そういう人たちの仲間入りをしたわけです。ま、人生の段階をちょっと飛び級した、という風に考えました。病気があることを悲観しても、何も始まりません。いずれ誰でも病気になるもので、それが僕の場合は若くして糖尿病だっただけの話です。

僕は、糖尿病が恥ずかしい病気でなくなると良いな、と思っています。というか、糖尿病患者はたゆまないダイエットに取り組んでいるアスリートなんだって、思ってもらいたいのです。

P.S. 糖尿病でよかったことの一つが、ちょっとした薬や治療が保険適用になる場合があることです。一度、軽い水虫になったのですが、その時、水虫の軟膏を6か月処方してもらいました。糖尿病が深刻だと、水虫を端緒として傷口から雑菌が侵入し、足先とかが壊疽して切断に至る場合があります。だから、水虫は糖尿病合併症としてちゃんとした治療対象なんです。効き目抜群の処方薬をタダ同然で使えて、すっかり治りました。またある時、ちょっと足首が捻挫して痛い時がありました。足首を痛めてウォーキングできないと、血糖値のコントロールが悪くなるので、これも治療対象になるのです。使えきれないほどの湿布をもらいました。全部保険適用です。
ちょっと下痢気味だというと、整腸剤(漢方薬とかビオフェルミン)を処方してくれます。糖尿病治療薬のいくつかは下痢の副作用があるのです。定期検診は、今のところ6週間に一度なんで、風邪とかを診てもらうわけにはいかないんですけど、コンビニ医療の大義名分になってて、ちょっと気が引けるくらいのときもあります。

おまけ:御堂筋暴走事件

糖尿病では低血糖が最も怖い症状です。普段は高血糖なので、経口薬やインスリンで血糖値を無理やり下げています。しかし、いろんな事情で食事がとれなかったり、遅くなったり、量が少なかったりすることがあります。その場合は注意が必要になります。
血糖値を下げる薬剤は即効性のもありますが、通常は2時間から6時間のタイムラグがあります。なので、朝の投薬では昼と夜の食事量を計算に入れて量を調整することになります。もし、昼食が満足に取れないと、血糖値を下げる薬の効果が、血糖値を上げる食事の影響をはるかに超えてしまい、低血糖を起こします。低血糖は最悪の場合、気絶(昏倒)を引き起こし、死に至ります。
低血糖が引き起こしたとみられる痛ましい事故が、2014年6月30日に御堂筋で起きました。運転手が低血糖で気絶し、自動車がそのまま暴走し、3人の歩行者が重軽傷を負いました。運転手は糖尿病で、経口薬とインスリンを常用していました。仕事が忙しく、昼食を満足にとれなかったということです。自己血糖値測定で低血糖を認識したので、どら焼き1個とオレンジジュースを食べたと証言しています。

一般に、インスリンを使用している糖尿病患者がどら焼きを食べることはありません。オレンジジュースも飲みません。食事がとれない場合の非常食としてどら焼きとオレンジジュースを食べたのはきわめて合理的です。
血糖値というのは血液中のグルコース量のことです。グルコースというのは単糖と呼ばれます。食品ではグラニュー糖あるいはブドウ糖のことです。ふつうの砂糖はショ糖と呼ばれ、グルコースが2つくっついた化合物です。インスリンを使っている糖尿病患者の多くはグルコースを10g程度常時携帯していて、低血糖の症状が出たらグルコースを食べます。5分~10分で血糖値が急上昇し、低血糖の症状はなくなります。でもそれは、低血糖の症状を感じた場合の応急処置です。
さて、食事がとれなくて低血糖が「懸念される」糖尿病患者は、グルコースを食べるべきかどうか?答えはNOです。携行しているグルコースはせいぜい10gです。一時的に低血糖を改善する役には立ちますが、すぐにまた低血糖になる可能性があります。なので、別の手段を使います。
この場合の低血糖の根本原因は食事として摂取する糖分が足りないということです。なので、糖分の多い食品を食べることが根本対策になります。とりあえず何でもよいかというとそうではありません。カロリーがそこそこで、糖分が多いものが良いとされています。簡単に言うと、腹持ちのする脂質の少ない食品、です。この観点からすると、チョコレートは低血糖対策としてはよくありません。ミルクとかヨーグルトとかもよくありません。ハンバーガーとかフライドポテトは、カロリーの大半が脂質です。良いとされるのは、アンパンとかです。どら焼きは成分がほとんどアンパンと同じですから、予備的な低血糖対策として理想的な食品です。でもそれは、血糖値を上げてしまうので、普段は決して食べません。オレンジジュースも同じです。なので、運転手が低血糖対策として食べた食品は、医学的には正解です。そして、それ以上の対策は無理です。にもかかわらず、有罪の判決が出ました。これは納得がいきません。

そもそも罪というのは、故意であること、が要件です。その中には、予見できたけど対策しなかった、というものも含まれます。予見して対策したけど不十分だったというのは、グレーゾーンです。予見して可能な限り対策したけど防げなかった、は完全にセーフとされています。御堂筋の事件では、運転手は予見し、可能な限り対策したけど、防げませんでした。これで有罪はダメです。運転手は事故の2時間ほど前に臨時の血糖値検査をして、どら焼きとオレンジジュースを食べました。血糖値の検査には手間とコストがかかります。保険適用でも1回50円くらいになります。所要時間は3分です。車を止めて手間とコストをかけて血糖値測定をしたのち、低血糖対策に適したどら焼きとオレンジジュースを購入し、食べたはずです。これ以上の対策は思いつきません。

一審では有罪判決でしたが、その後控訴し、2017年3月16日に、一審判決を破棄、差戻しになっています。普段食べることがないどら焼きを食べていることを指摘し、低血糖に対する対処を行っており、過失ではないとの判決文になっているようです。

低血糖の症状というのは自覚がとても難しいものです。健常者でも日常的に低血糖になっています。例えば、空腹。低血糖と診断されるギリギリの血糖値まで下がります。低血糖の初期症状の一つが空腹感です。例えば、二日酔い。二日酔いはアルコールの分解に糖が使われて糖が不足することに伴う低血糖が原因です。頭痛、吐き気、むかつきは、ほとんどが低血糖の症状です。例えば、めまい。軽い低血糖の場合、バランス感覚が少し狂います。でもそれは、脳こうそくの症状かもしれません。問題は、空腹を感じても低血糖とは限らない、ということです。低血糖になると空腹を感じますが、タイムラグがあります。生物の体にはホメオスタシス(恒常性)があるので、低血糖の対策が自動的に取られます。低血糖から空腹感に至るタイムラグの間に、普通であれば血糖値を上げる対策が奏功し、危機的な低血糖状態は避けられます。しかしながら、糖尿病患者の場合は、頻繁な低血糖が知らないうちに進行し、万策が尽きて、重大な低血糖症状を引き起こす場合があるのです。低血糖対策はたくさん用意されているのですが、今どのレベルの低血糖対策がなされているのかを知る術はありません。なので、今の低血糖がどのくらい深刻な状態なのかがわからないのです。
地震に似ています。小さな地震が続いていても、大地震が起こるとは限りません。大地震が怖いので、小さな地震を見逃さないようにしていて、地震対策をしていたとしても、思っていたより大きな地震がやってきて、地震対策が十分でなかったとわかる。同じ構図です。さて、大地震を予見できなかった地震学者に罪はあるやなしや。ちなみに、イタリアでは一度有罪判決が出ています。

イタリアの地震裁判は素人目にもやりすぎ感がありますが、糖尿病患者の発作に関しては予断を許しません。糖尿病患者は病気をカミングアウトして、周囲の理解を得るための努力をすべきなんじゃないかな、と僕は思います。