2018年2月20日火曜日

ミュータント

誰だって一つや二つのミュータントを持っている

ミュータントというと、遺伝子異常の怪物というイメージがハリウッド映画のおかげて定着してしまっていますが、本来は単に普通とは違う遺伝子の変化で、生物学的には普通のことです。
遺伝子の変化は極めてありふれた現象です。通常はミュータントとは考えませんが、細胞分裂時には染色体末端にあるテロメアと呼ばれる部分が短くなってゆくので、細胞分裂のたびに遺伝子改変が行われています。ガンは遺伝子改変を伴う異常だと考えられていますが、大半のガンは増殖前に免疫システムによって退治されてます。
おそらく、遺伝子の変異は日常的に発生していると思いますが、ある遺伝子の変異が我々が認知するような形質として現れるという確率は極めて低いはずです。というのも、まず変異した遺伝子が増殖し生き延びることという関門があり、それが比較的若い時に生じないといけないという関門があり、さらにその変異が目に見える影響を与えないといけないという関門があります。それらの関門をすべてくぐりぬけて、世代間を伝搬する本物の変異となるのは奇跡だと思います。

連続くしゃみ

僕にはその奇跡が一つ起こっています。僕はくしゃみが連続するという謎の形質があります。平均すると7~8回連続します。物心ついた時には、連続くしゃみが当たり前でした。「1回は風邪、2回は悪い噂・・・」なんていうジンクスがありますが、僕には意味が分かりませんでした。僕は少なくとも5回以上のくしゃみが連続するので、くしゃみが連続することが珍しいこととは思えなかったのです。
僕は連続くしゃみがとても嫌で、可能なら治したいと思っていました。というのも、授業中にくしゃみが始まると、必ず特定されて、くしゃみが止まるまでみんなの注目を浴びるからです。今では、僕がくしゃみを開始すると回数を数えるのが家族の遊びになっています。7回未満だと、風邪の疑いがあるということになっています。
さて、その連続くしゃみですが、どうやら娘にも遺伝しているようです。僕の両親や親類にくしゃみが連続する人はいませんから、僕の特異体質だと思っていました。それが娘にも表れたということは、遺伝形質であって、僕の世代か僕の親の世代の遺伝子変異が原因である可能性があります。

連続くしゃみは犬によくみられます。もしかしたら僕の鼻の内部の何かの性質が犬に似ているのかもしれません。僕は鼻が利きますし、犬にちょっと近いのかも。

他愛無いミュータント

僕の連続くしゃみのような害のないミュータントというのはとてもたくさんあります。眉毛が濃いとか、くせ毛とか。少し大きな影響があるところでは、耳の中が湿っているか、乾燥しているか、という変異が有名です。耳の中が湿っていると、耳そうじに綿棒が必須なので、面倒そうです。ちなみに僕の耳の中は極端に乾燥していますが、娘の耳の中は湿っています。だから、連続くしゃみと耳の乾燥は異なる染色体に起因していると推定されます。耳の乾燥はDNAの塩基1個のみの変異(SNP, Single Nucleotide Polymorphism)とされており、耳の中が乾燥している人はある種の皮膚病にかかりにくいという話があります。

有益かもしれないミュータント

一方、普段は気づかないミュータントもあります。不治の病として有名なAIDSですが、ある種の人々はAIDSにかかりにくいことがわかっています。その人々は中世のペストの大流行を生き延びた人々の子孫であることが知られています。ここから、ペストへの耐性とAIDSへの耐性の両方に共通する遺伝子変異の可能性が推定されます。この変異は、病気にさらされないと顕在化しない形質であるため、普段の生活にはほとんど影響を与えないと考えられています。
逆に、普段は迷惑なミュータントもあります。鎌状赤血球は日本人には少ない遺伝子異常で、血中への酸素取り込み能力が低いために、普段の生活では不利な形質です。症状が重いと治療の対象になるくらいです。しかしながら、鎌状赤血球を持つ人はマラリアへの耐性が高いことが知られています。普段の生活が不利になっても、いざというときの生き残り戦略として生き延びた形質もあるのでしょう。

不利益しか生まないミュータント

僕は糖尿病ですが、僕の糖尿病は普通とはちょっと違っています。僕の父方の祖母は戦争中の物資欠乏時に30代で糖尿病でした。僕の父は40歳のころに糖尿病で倒れました。父の妹(僕の伯母)は30代で糖尿病でした。僕は35歳で糖尿病と診断されました。最初の父方の祖母の直系で糖尿病でないのは、父の姉、伯母の娘、僕の弟です。ここから、およそ50%で糖尿病が30代で発症する家系だと推定されます。50%というのは常染色体遺伝子異常によって発症する遺伝病のMAXの発生確率です。そこから、ある染色体を持っていると確実に糖尿病になるということが推定されます。
20代で糖尿病を発症するのは極めて稀なことから、それに家族性がみられる場合の症例研究が進んでおり、家族性若年性糖尿病(MODY, Maturity onset diabetes of the young)として知られています。複数のタイプが知られており、どの遺伝子に異常があるかが特定されているタイプもあります。僕のケースはMODYに極めて近いのですが、発症が30代なので厳密にはMODYではありません。

糖尿病は今では怖い病気ではありませんが、インスリン療法が一般化する前は致命的な恐ろしい病気でした。MODYのような遺伝子異常が生き残るためには、糖尿病発症前に繁殖しておかないいけません。なので、繁殖期に発症してしまうMODYは生き残りに不利です。なので、MODYは極めて稀です。一方、僕の家系のように30代での発症だと繁殖期がひと段落ついたころに発症となるので、遺伝子異常の伝搬はより容易です。
30代での糖尿病発症だと、世代交代が強制的に進むことになります。つまり、肉体的にピークを過ぎた人を間引くことは、食料の効率分配に対して有利かもしれません。つまり、食料が少ない時代においては集団としての生き残りに有利なのです。また、糖尿病というのはエネルギーである糖分の利用を最適化しすぎた結果、発症する病気だと考えられており、これも食料の窮乏下にあっては極めて生存に有利だと考えられます。僕の出身地はどちらかというと貧農の集落なので、さもありなんという感じです。
昔は有利だった糖尿病の遺伝子ですが、食糧問題が解決した現代においては無用の長物でしかありません。困ったものです。

どこからどこまでがミュータントか

目覚ましい科学の進歩のおかげで、人類はDNAの特定の部分を自由に改変できる技術を手に入れています。Crispr-CAS9と呼ばれている技術を使えば、遺伝子異常を治療することができます。体細胞に対してこれを適用するのにはまだ無理があるようですが、いずれ、それも可能になると思われます。とすれば、我々は我々自身にどの程度までの遺伝子改変を許すべきか、という問題を真剣に議論すべきです。
糖尿病遺伝子ですが、QOL(Quality of Life)に直結するので、治療したいところです。しかしながら、人類全体の生存戦略の一環でそのような遺伝形質が保存されてきた側面があります。個人的には治療対象でしょうが、人類全体としては治療対象とすべきかどうかわかりません。というのも、将来恐ろしい病気が発生し、その病気を生き延びられるのは糖尿病遺伝子を持った人だけ、ということがあり得ます。致命的な遺伝病は排除の対象でしょうが、僕の持つ糖尿病遺伝子は何もしなければ40歳前後で死亡するというものであり、子孫を残すのに十分に可能な形質です。もしかすると、生存競争にはやや不利かもしれませんが、不利であっても生き残っている遺伝形質というのには何らかの深い意味がある可能性があります。今の人類の知識では特定の遺伝形質についてすべての事象を調べることは不可能なので、将来に対する保険として、多少不利な遺伝形質であっても自然に伝搬してゆくことをゆがめるべきではないという考え方もできます。

現状のCrispr-CAS9は人への臨床応用できるほどの安全性は確保されていませんが、近い将来、派生技術がかならず臨床適用されるでしょう。その時、僕たちはどこまで自分たちの遺伝子に関する自由度を得ます。むちゃくちゃ頭が良くなるような遺伝子改変はとっても人気になるんじゃないかな、と思います。あるいは、スポーツ万能になる遺伝子とか、容姿端麗の遺伝子とか、いろいろ考えられます。
スポーツ万能遺伝子を持っていたとしても、オリンピック選手になれるかどうかは別です。持って生まれた有利な形質をたゆまぬ努力で研鑽しないとオリンピック選手にはなかなかなれません。努力することを苦にしないという資質も遺伝子で決まっているかもしれません。努力を惜しまないという資質はほとんどの場合、プラスに働く良い性質です。しかしながら、与えられた環境で最善を尽くすという資質かもしれません。その場合、環境を自ら改善し、さらに上のレベルを目指すというイノベーター気質とは相いれないかもしれません。
ある場合に良いと思われた形質も、別の観点からは好ましくないということがあり得ます。実際の人生で特定の形質について有利不利を事前に知ることはほとんど不可能です。だからこそ、生物は有性生殖による遺伝子形質のたゆまぬ混合という生存戦略を採用しています。個体として優れた形質を極めるのではなく、多様性を担保してあらゆる事態に対応しようとしているのです。
人類の歴史を紐解くと、頭の良い人たちはたくさんいました。でも頭が良すぎると人づきあいが不得手だったりします。そのため、天才たちの多くは孤独な人生を送っています。頭が良すぎるとなかなか幸福になれないというのは事実です。それでも頭がよくなりたいでしょうか。
頭の良さもいろいろなタイプがあります。記憶力が良い、計算が速い、機転が利くなど、それぞれで必要とされる形質が少しずつ違います。ある形質どうしは両立しないかもしれません。遺伝子操作によってつくられる「天才」は同じ技術によって複製が可能です。「天才」の尺度の一つであるレア度は下がるでしょう。それはもはや「天才」とは言えないかもしれません。

自然発生的なミュータント

SNPと呼ばれる塩基対1個の変異は発生確率が低いことがわかっています。一方で、変異確率がずっと高いタイプも知られています。その一つはマイクロサテライト多型というものです。
DNAにはタンパク質の情報をコードした部分(エクソン)とそれ以外の部分(イントロン)に分類されます。イントロンには、3~数十塩基対の基本パターンをかなりの数繰り返すものが多く存在します。そして、その繰り返し数の多い少ないの違いで、病気になる場合があることがわかっています。そのような繰り返しのことをマイクロサテライトと呼びます。マイクロサテライトでは遺伝子のコピーミスが多く発生することがわかっています。その原因は繰り返しが多くなるとコピー時に飛ばしたり重複したりしやすくなるのだと理解されています。そのようにして導入される遺伝子変異のことをマイクロサテライト多型と呼びます。
マイクロサテライト多型の多くは遺伝子の発現量に少しの影響与えるだけだけなので、あからさまな形質の変化はもたらしません。でも、そのような変異は一卵性双生児においてすら存在すると言われています。
ガン細胞は遺伝子変異によって発生するという説があります。普段は免疫システムによって問題になることはないですが、我々の体の中では毎日のようにがん細胞が発生していると考えられています。遺伝子変異というのは日常的なのです。そして、我々は日常的に遺伝子の変異を試しながら生活をしているのです。だから、ミュータントというのは怖いものではないと考える人たちも多くいます。その主張を認めれば、遺伝子を直接変異させるような技術は、どんどん使って構わないということになります。

僕自身はとても保守的な考えの持ち主なので、人工的に遺伝子を改変するということには否定的です。でも、ある時点において、僕たちはその選択を迫られると思っています。
僕たちは形而上学的な人格である以前に、生物学的にヒトです。ご飯を食べて、うんこをする生き物です。効率的でないからと言って、ご飯を禁止する、衛生的でないからうんこを禁止する、なんて法律は無理に決まっていますが、無理なのは僕たちがどうしようもなく生物だからです。
「死」はかわいそうだし、恐ろしいものだから、「生存権」を基本的人権の中に含めています。しかし、医学の進歩によって、心停止は「死」ではなくなりました。心臓が停止しても、人工心肺によって生命を維持できます。今はまだギリギリ「生」と「死」を医学的に定義出来ていますが、人工心肺のような技術を突き詰めると、僕たちは死ねなくなるでしょう。その時僕たちは、生物としてのヒトをベースにした哲学から脱却し、永続的な人格の集合体こそ人類だと考えるようになるかもしれません。であれば、肉体に関するあらゆる改変は許されるでしょう。
もし人類がさらに進歩し、外宇宙に進出するようになるなら、地上での生活に適用したヒトとしての肉体は、邪魔になるかもしれません。あるいは、長期の宇宙空間での生活に耐えることができるように様々な肉体的改造が施されるでしょう。例えば、代謝を極端に遅くして、ゆっくりとしか動けないけど、寿命が1万年とか。おそらく、恒星間旅行には必須の特性です。宇宙での生活に適用してゆけば、長い時間の果てにそのような形質を獲得するでしょう。であれば、それを人工的にはやめても問題はないだろう、と考えるようになるかもしれません。そんな世界はずっと先だと思いますが、もしかすると案外早いかもしれません。






2018年2月11日日曜日

西川式微分方程式3章

フーリエ変換

フーリエ変換を勉強すると、懐かしの例題1を一般解の導入なしに、決定論的に解くことができます。ようやく、とりあえずの目標を達することができます。

フーリエ級数の複素数への拡張

フーリエ級数展開をもう一度書くと、
\begin{equation}
f\left(x\right)=a_0+\sum_{n=1}^{\infty}\left\{a_n\cos{nx}+b_n\sin{nx}\right\}\label{fourierseries}
\end{equation}
でした。オイラーの公式、$e^{in\theta}=\cos{n\theta}+i\sin{n\theta}$を使うと、
\begin{equation}
\cos{n\theta}=\frac{e^{in\theta}+e^{-in\theta}}{2},\ \ \ \sin{n\theta}=-i\frac{e^{in\theta}-e^{-in\theta}}{2}
\end{equation}
なので、これを ($\ref{fourierseries}$)式に代入すると、
\begin{equation}
f\left(x\right)=a_0+\sum_{n=1}^{\infty}\left\{\frac{a_n-ib_n}{2}e^{inx}+\frac{a_n+ib_n}{2}e^{-inx}\right\}
\end{equation}
さらに、$n$を$\pm \infty$で考えて
\begin{equation}
f\left(x\right)=\sum_{n=-\infty}^{\infty}{c_ne^{inx}}\label{complexfourier}
\end{equation}
と、簡単になりました。$c_n$は一般的には複素数です。$f\left(x\right)$が実数関数の場合には、$c_n=c_{-n}^\ast$という条件が付きます。($\ref{complexfourier}$)式は($\ref{fourierseries}$)式の単純な拡張なので、$c_n$の求め方の基本は、($\ref{fourierseries}$)の$a_n$と$b_n$とほとんど同じですが、複素共役を使います。すなわち、
\begin{equation}
c_n=\frac{1}{2\pi}\int_{-\pi}^{\pi}{f\left(x\right)e^{-in\theta}dx}
\end{equation}
ただし、$n=0$の場合は例外になります。これによって、フーリエ級数が複素数にまで自然に拡張されました。こういうのを「解析接続」と言います。複素数への拡張方法は、議論のやり方で変化し得ます。なので、ほかの方法で複素数に拡張できるかもしれません。でも、このやり方が最も広く受け入れられていますし、使い勝手もよいのです。

周期Lの導入

($\ref{complexfourier}$)式では、基本周期が$2\pi$で固定でした。基本周期を$L$にしましょう。そのためには、$x\gets\frac{2\pi}{L}x$の変換をします。もちろん積分素も同様の変換を受けます、$dx\gets\frac{2\pi}{L}dx$。したがって、($\ref{complexfourier}$)式は、
\begin{equation}
c_n=\frac{1}{L}\int_{-L/2}^{L/2}{f\left(x\right)e^{-i\frac{2\pi nx}{L}}dx}
\end{equation}
となります。注意点は、指数の部分が負になっていることです。係数を求める際には、直交関数系を使うわけですが、複素数に関して「内積」の拡張する際に、ちょっとした理由で共役複素数との積を使う、というルールが追加されます。これを説明するには、複素数と内積についての考察が一揃い必要で、それはそれでちょっとしたストーリーになります。以上より、($\ref{complexfourier}$)式は、
\begin{equation}
f\left(x\right)=\sum_{n=-\infty}^{\infty}{c_n e^{i\frac{2\pi nx}{L}}}\label{generalfourier}
\end{equation}
となって、どのような周期関数にも対応できるようになりました。

級数から積分へ

さて、$q_n=\frac{2\pi n}{L}$を定義すると、$q_n$は、$\Delta q=2\pi L$の間隔でとびとびの値になっていることがわかります。いま、周期Lをどんどん大きくすることを考えてみましょう。すると、$\Delta q$はどんどん小さくなって、そのうち、連続にみなせます。ただ、($\ref{generalfourier}$)式のsummationはたくさんの項が関与することになるので、発散するかもしれません。それを防ぐために、$\Delta q$を掛けて、「面積」みたいなもので、代用しましょう。すなわち、形式的に
\begin{equation}
f\left(x\right)=\sum_{n=-\infty}^{\infty}c_n e^{iqnx} \Delta q \label{7}
\end{equation}
さらに、$L$を大きくして、$\infty$を考えると、いよいよ$q_n$は連続な値になって、$q$としましょう。Summationは積分となり、$\Delta q$は積分素$dq$なります。すると($\ref{7}$)式は、
\begin{equation}
f\left(x\right)=\int_{-\infty}^{\infty}F\left(q\right)e^{iqx}dq\label{8}
\end{equation}
さて、($\ref{8}$)式は逆フーリエ変換の式であり、$F\left(q\right)$ は$f\left(x\right)$のフーリエ変換と呼ばれます。ちなにみ($\ref{8}$)式には、比例係数の違いを考慮したいろいろな流儀があるのですが、僕は、簡単のために比例係数なしを使います。先に逆フーリエ変換が出てきました。フーリエ級数の係数の求め方と同じように考えると、フーリエ変換が次のように導かれます。
\begin{equation}
F\left(q\right)=\int_{-\infty}^{\infty}f\left(x\right)e^{-iqx}dx
\end{equation}
実際に計算する際は、オイラーの公式で展開することが多いです。すなわち、
\begin{equation}
F\left(q\right)=\int_{-\infty}^{\infty}f\left(x\right)\cos{qx}dx+i\int_{-\infty}^{\infty}f\left(x\right)\sin{qx}dx
\end{equation}
フーリエ変換ではしばしば次のような変換を表す記号を使うことがあります。
\begin{equation}
F\left(q\right)=\mathcal{F}\left[f\left(x\right)\right]
\end{equation}

フーリエ変換の性質

フーリエ変換は単なる積分変換です。言い換えると、足し算でできています。なので、足し算に関するすべての性質を継承します。平たく言うと、僕たちに馴染みの演算規則の多くが使えて便利ということです。例えば、
\begin{equation}
k\mathcal{F}\left[f\left(x\right)\right]=\mathcal{F}\left[kf\left(x\right)\right]\\
\mathcal{F}\left[f\left(x\right)\right]+\mathcal{F}\left[G\left(x\right)\right]=\mathcal{F}\left[f\left(x\right)+g\left(x\right)\right]
\end{equation}
さらに、フーリエ変換と逆フーリエ変換は、1対1の対応を保証します。
\begin{equation}
f\left(x\right)=\mathcal{F}^{-1}\left[\mathcal{F}\left[f\left(x\right)\right]\right]
\end{equation}
この性質は1対1写像として知られていますが、このような性質を持つ場合、とても便利なことがあります。すなわち、フーリエ変換後に行った操作と、フーリエ変換しない場合の操作と対応付けることができます。別の言い方をすると、ある演算はフーリエ変換した状態だととても簡単になるので、その演算を実行するためにわざわざフーリエ変換して、演算実行後に逆フーリエ変換した方が楽、という場合があって、そういうことが自在にできる、ということです。具体的には、コンボリューションと微分が、フーリエ変換によって簡単になります。今は説明しませんがコンボリューションという演算は関数同士の積と強く結びつきます。コンボリューションを$\otimes$で書き表すと、以下の関係があります。
\begin{equation}
\mathcal{F}\left[f\left(x\right)\right]\otimes\mathcal{F}\left[G\left(x\right)\right]=\mathcal{F}\left[f\left(x\right)g\left(x\right)\right]\\
f\left(x\right)\otimes g\left(x\right)=\mathcal{F}^{-1}\left[\mathcal{F}\left[f\left(x\right)\right]\mathcal{F}\left[G\left(x\right)\right]\right]
\end{equation}
ちなみに、逆フーリエ変換は、
\begin{equation}
f\left(x\right)=\mathcal{F}^{-1}\left[F\left(q\right)\right]=\frac{1}{2\pi}\int_{-\infty}^{\infty}{F\left(q\right)e^{iqx}dx}\label{invft}
\end{equation}
となります。係数$\frac{1}{2\pi}$はちょっと邪魔な気がしますが、そういうのがちょっとつくということだけ覚えておきましょう。

微分方程式のフーリエ変換による解法

フーリエ変換を利用すると、微分がとても簡単になります。$f\left(x\right)$の微分を考えてみましょう。$f\left(x\right)$の数式がわからないと普通は手も足も出ません。しかし、$f\left(x\right)$が($\ref{invft}$)式のように逆フーリエ変換の形で与えられるということを利用し、$f\left(x\right)$を直接微分する代わりに($\ref{invft}$)式を微分します。
\begin{equation}
\frac{d}{dx}f\left(x\right)=\frac{1}{2\pi}\frac{d}{dx}\int_{-\infty}^{\infty}{F\left(q\right)e^{iqx}dx}=\frac{1}{2\pi}\int_{-\infty}^{\infty}{F\left(q\right)\frac{d}{dx}e^{iqx}dx}\\
=\frac{1}{2\pi}\int_{-\infty}^{\infty}{iqF\left(q\right)e^{iqx}dx=\mathcal{F}^{-1}\left[iqF\left(q\right)\right]}
\label{dFT}
\end{equation}
このようにフーリエ変換を用いると$f\left(x\right)$の具体的な数式がわからなくても形式的な微分が可能になり、微分記号をなくすことができます。
この性質を利用すると、一般解の利用なしに、微分方程式を解くことが可能です。早速、懐かしの1章の例題1を解いてみましょう。

解法1-8

$\frac{d^2}{{dx}^2}f\left(x\right)=-a^2f\left(x\right)$の両辺をフーリエ変換する。
\begin{equation}
\mathcal{F}\left[\frac{d^2}{{dx}^2}f\left(x\right)\right]=\mathcal{F}\left[-a^2f\left(x\right)\right]
-q^2F\left(q\right)=-a^2F\left(q\right)
\end{equation}
非自明な$F\left(q\right)\neq 0$の解に対しては、$q=\pm a$。
すなわち、$F\left(q\right)$は$q=\pm a$の時だけ0でない関数である。

このように完全に演繹的に微分方程式の解が求まりました。これこそ、方程式を解くという感じです。ただし、最後の1行は少し注意が必要です。特定の場所だけ0でない関数というのは普通ではありません。このような関数を使うといろいろ便利であるとして、物理学者のDiracが導入したのが、δ関数です。δ関数は以下のように定義されます。
\begin{equation}
\delta\left(x\right)=\left\{\matrix{\infty&if\ x=0\cr0&elsewhere\cr}\right.
\end{equation}
値が$\infty$だと都合の悪いこともあるのですが、積分値が1であるということで$\delta\left(x\right)$の「高さ」を表します。すなわち、
\begin{equation}
\int_{-\infty}^{\infty}\delta\left(x\right)dx=1
\end{equation}
積分区間は形式的に$\pm\infty$としていますが、$\delta\left(x\right)$のほとんどの領域は0なので、実質的には$\delta\left(x\right)$が0でないところの近傍だけで十分です。
ちょっと見ただけでは使い道のなさそうな$\delta\left(x\right)$ですが、$\delta\left(x-a\right)$のようにすると、値を持つ区間を自由に設定することができます。この例では$x=a$で$\infty$になります。さらに、他の関数との積と組み合わせるととても重要な次の性質が得られます。
\begin{equation}
\int_{-\infty}^{\infty}\delta\left(x-a\right)f\left(x\right)dx=\int_{-\infty}^{\infty}\delta\left(x-a\right)f\left(a\right)dx=f\left(a\right)
\end{equation}
途中で$f\left(x\right)$を$f\left(a\right)$に書き換えていますが、これこそ$\delta\left(x-a\right)$の性質です。$\delta\left(x-a\right)$は$x=a$以外で0ですから、その部分の$f\left(x\right)$をどのように書き換えても結果に影響が出ないという理屈です。
これを使うと、解法1-8をさらに続けることができます。

解法1-8つづき

$F\left(q\right)$は$q=\pm a$の時だけ0でない関数であるので、
\begin{equation}
F\left(q\right)=C_1\delta\left(q-a\right)+C_2\delta\left(q+a\right)
\end{equation}
これを逆フーリエ変換することで次式のように$f\left(x\right)$が得られる。
\begin{equation}
f\left(x\right)=\frac{1}{2\pi}\int_{-\infty}^{\infty}{F\left(q\right)e^{iqx}dq}\\
=\frac{1}{2\pi}C_1\int_{-\infty}^{\infty}{\delta\left(q-a\right)e^{iqx}dq}+\frac{1}{2\pi}C_2\int_{-\infty}^{\infty}{\delta\left(q+a\right)e^{iqx}dq}\\
=\frac{1}{2\pi}C_1e^{iax}+\frac{1}{2\pi}C_2e^{-iax}
\end{equation}

このように今までの解の一般形がきちんと求まりました。

こんなことなら、最初からこのやり方を教えてほしいものですが、実はそうもいきません。というのもフーリエ変換は周期関数にはめっぽう強いのですが、そうでないものにはめっぽう弱いという性質があるのです。弱点の少ない解き方としてラプラス変換を用いた
解法が知られており、5章で紹介します。

微分定理と特性方程式

($\ref{dFT}$)式は微分に関する定理を表わしています。すなわち、$f\left(x\right)$を微分する代わりに、$F\left(q\right)$に$iq$を乗じるということです。これは、元々の世界とフーリエ変換の世界が1対1写像になっていて、それぞれの世界での演算規則が変化することを利用しています。特に、微分に関しては、フーリエ変換の世界は著しく容易になるという利便性があり、それを使って微分方程式を解くということです。1対1写像が保証されているので、どちらの世界の演算を使おうと自由で、必要に応じていったり来たりして構わないということを活用したテクニックです。
1階の微分が
\begin{equation}
\frac{d}{dx}f\left(x\right)=\mathcal{F}^{-1}\left[ iq F\left(q\right)\right]
\label{generallinear}
\end{equation}
で表されるということは、n階の微分は
\begin{equation}
\frac{d^n}{dx^n}f\left(x\right)=\mathcal{F}^{-1}\left[ (iq)^n F\left(q\right)\right]
\end{equation}
となります。1章でも例示しましたが、同次の線形微分方程式の一般形をとりあえず、次のように考えます。
\begin{equation}
\sum_{n=0}^{N} k_n \frac{d^n}{dx^n} f\left(x\right) =0
\end{equation}
これをフーリエ変換すると、
\begin{equation}
\sum_{n=0}^{N} k_n (iq)^n F\left(q\right) =0 \end{equation}
$F\left(q\right)=0$は自明な解であり、$F\left(q\right)\ne 0$だけを問題としましょう。$F\left(q\right)\ne 0$というこうとを利用して、両辺を$F\left(q\right)$で除すると、
\begin{equation}
\sum_{n=0}^{N} k_n (iq)^n =0
\end{equation}
が得られます。いま、$q$はフーリエ変換の世界での横軸であり、実態はあいまいです。そのことを利用し、$iq=t$となる$t$を仮定します。すると、
\begin{equation}
\sum_{n=0}^{N} k_n t^n =0
\end{equation}
が得られます。これは、すなわち、特性方程式です。ここから、特性方程式の背後にフーリエ変換の影がうかがえます。1章でも議論したように、特性方程式は、一般解を $f\left(x\right)=Ce^{tx}$と決め打ちすることでもありました。これだと強引に感じますが、フーリエ変換を経由した説明なら、もう少し違和感が和らぎます。

最後に、ここに示した微分方程式の解法によって、すべての解を検討しつくしているかを考えてみましょう。というのも、僕たちは最後にδ関数を使いました。ここにあいまいさが残っていないかどうか確認しておかないといけないのです。

$F\left(q\right)$は連続関数をイメージしていましたが、2章で連続関数を棒グラフに見立てたように$F\left(q\right)$を短冊にして考えることができます。
\begin{equation}
F\left(q\right)=\lim_{\Delta q\rightarrow 0}\sum_{n=-\infty}^{\infty}F_n \delta\left(q-n\Delta q\right)
\end{equation}
こうすると、$F\left(q\right)$はどんな関数であっても構わなくなります。$F\left(q\right)$がδ関数の列だと考えれば、解法1-8の後半でδ関数を導入した理由を正当化できます。こういうわけで、フーリエ変換を使って微分方程式を解くと、すべての可能性を検討することになり、解の唯一性が担保されます。

すべての線形微分方程式について

($\ref{generallinear}$)式で線形微分方程式の具体例を示しましたが、この式があらゆる戦役微分方程式を網羅しているとは限りません。すなわち、($\ref{generallinear}$)式で表せない形式の線形微分方程式の存在を否定できません。そこで、微分方程式が線形であるという意味をフーリエ変換の世界で考えてみます。

フーリエ変換での演算規則をおさらいしておきます。
\begin{equation}
\mathcal{F}\left[f(x)+g(x)\right]=\mathcal{F}\left[f(x)\right]+\mathcal{F}\left[g(x)\right]
\end{equation}
\begin{equation}
\mathcal{F}\left[k f(x)\right]=k \mathcal{F}\left[f(x)\right]
\end{equation}
\begin{equation}
\mathcal{F}\left[f(x)g(x)\right]=\mathcal{F}\left[f(x)\right]\otimes\mathcal{F}\left[g(x)\right]
\end{equation}
ただし、コンボリューションは次式で表されます。
\begin{equation}
f(x)\otimes g(x)=\int f(x-x^\prime) g(x^\prime) dx^\prime
\end{equation}
ここから、コンボリューションは計算はやや複雑であるものの、積と和で表されることがわかります。であれば、コンボリューションに関して次のような演算規則が得られます。
\begin{equation}
f(x)\otimes \left(k g(x)\right]=k \left( f(x)\otimes g(x)\right)
\end{equation}
\begin{equation}
f(x)\otimes \left(g(x)+h(x)\right]=f(x)\otimes g(x) +f(x)\otimes h(x)
\end{equation}
ここから、$\otimes$という演算は、ほとんど積と同じだとわかります。そこで、$\otimes$を含む式をコンボリューション多項式と呼ぶことにします。積を複数繰り返す累乗のコンボリューションバージョンは、
\begin{equation}
f(x)\otimes f(x)=\overset{2}{\widetilde{f}}(x) \\
\overbrace{f(x)\otimes f(x)\otimes\dots\otimes f(x)}^n =\overset{n}{\widetilde{f}}(x)
 \end{equation}
重要なことは、微分方程式を$f(x)$の多項式とみなすと、微分方程式のフーリエ変換はコンボリューション多項式になる、ということです。
\begin{equation}
D\left[f(X)\right]=0\\
\mathcal{F}\left[D\left[f(X)\right]\right]=C\left[F(q)\right]=0
\end{equation}
ただし、$D$や$C$はそれぞれ微分方程式とコンボリューション多項式を表します。$D\left[f(X)\right]=0$に対して$f_1(x)$と$f_2(x)$が解として得られたとします。もし$D$が線形だとすると、$f_1(x)+f_2(x)$も解であるはずです。$C$がコンボリューション多項式であるとすると、$C\left[F(q)\right]=0$の具体的な形式は次のようになるでしょう。
\begin{equation}
C\left[F(q)\right]=\sum_{n=1}^{N} k_n(q) \overset{n}{\widetilde{F}} (q)=0
\label{generalconvolution}
\end{equation}
ここで、$f_1(x)$と$f_2(x)$のフーリエ変換をそれぞれ$F_1(q)$と$F_2(q)$とします。すると、
\begin{equation}
\overset{2}{\widetilde{F_1(q)+F_2(q)}}=\overset{2}{\widetilde{F_1}}(q)+\overset{2}{\widetilde{F_2}}(q)+2 F_1(q)\otimes F_2(q)
\end{equation}
となります。これはすなわち、$C\left[F(q)\right]=0$において$\overset{2}{\widetilde{F}}(q)$の項があると、$F_1(q)\otimes F_2(q)$に関する項が余ってくることを意味します。さらに高次のコンボリューション項があれば、もっとひどいことになるでしょう。なので、線形であるためには、($\ref{generalconvolution}$)式において$N=1$でなければならないことがわかります。従って、微分方程式が線形である場合の($\ref{generalconvolution}$)式は、
\begin{equation}
C\left[F(q)\right]=k_1(q) F(q)=0
\end{equation}
となり、$F(q)\ne 0$が存在しうる非自明解では、$k_1(q)$が恒等的に0であることが要請されるということがわかります。ということは、逆にたどると、線形な微分方程式は($\ref{generallinear}$)式になっているはずだ、とわかります。

20世紀半ばまで、微分方程式をアドリブで解くというのは、科学者の必修スキルでした。しかし、微分方程式の理解が進み、解けるタイプと解けないタイプが明らかとなり、解けないタイプは解く努力をするだけ無駄だと考えるようになったのだと思います。そのため、僕たちは解けるタイプの解き方だけしか学ばなくなり、解き方の原理原則が教科書から消えてしまいました。
20世紀後半になると、計算機が発達し、無理やり微分方程式を解くことができるようになりました。その結果、解けないタイプに関する議論は一層価値を失いました。その議論には、普通は解けないんだけど例外的に解けるようなタイプも実は含まれます。そういう議論はいつか役に立つかもしれませんが、すでに多くのノウハウが失われており、そのような微分方程式を解ける科学者は稀少となっています。それは大きな後退・退化だと僕は思います。
ここまで読み進めるとわかったと思いますが、このテキストはかなり丁寧に書いてあるので量が少し多くなっていますが、本質的な議論はそれほど大規模ではありません。フーリエ級数・変換に関する基礎知識があれば、半分くらいの議論を省略できます。2、3の特殊な解法の解説をあきらめれば、このテキストでの議論を通常の講義に組み込めると僕は思います。その効果は多分絶大です。

次章ではその効果を、物理の一般論を例を交えて議論します。