2018年3月24日土曜日

いじめの論考

いじめの今昔

大昔からいじめは存在した。長い目で見ると、いじめは時代時代で少しずつ変遷しているように思う。例えば、平安時代のいじめ被害者として、菅原道真が挙げられる。道真はとっても人気者だったが、道真の怨念によって疫病や飢饉が起こったという、あきらかな濡れ衣を着せられ、大宰府に左遷される。もちろん都の災厄は道真の怨念が原因ではないので、災厄は道真の左遷後も続く。当然、道真は本格的に恨みを募らせる。ついに、呪いの言葉とともにこの世を去る。都の人々は恐れおののき、挙句の果ては、道真を神格に祭り上げ、天満宮を作った。

菅原道真の一件は、道真に非がないこと、道真が不快に思ったこと、がいじめの典型である。また、いじめた側の本心が妬みであったことも、いじめの典型である。昔のことなので、迷信がまかり通る世の中で、教育も定まっていない。道徳もあってないような社会だったはずだ。いじめに歯止めが効かず、左遷という事態にまでエスカレートしたのも、仕方ないのかもしれない。しかし、道真にとっては、いじめであり、忸怩たる思いがあったに違いない。

歴史に残るいじめ被害の例としてもう一つ、明智光秀が挙げられる。髪の毛が薄かった光秀は、織田信長から、ハゲと揶揄されたという話だ。いろんな場面で馬鹿にされた光秀が、ついに蜂起し、本能寺の変を起こした。いじめが歴史を左右する大事件に発展しうるという、顕著な例とみることができる。ま、本能寺の変はいじめだけが原因ではないと思うけどね。

いじめは日本だけでなく、海外にも存在する。西洋人はあまり認めたがらないが、ハリウッド映画に事例をみることができる。「バックトゥザフューチャー」では、主人公マーティーは、巨漢で金持ち(トランプ大統領がモデルらしい)のビフにいろいろいじめられている様子が描かれている。映画に登場するということは、程度の差はあるだろうが、現実のアメリカ社会にいじめが存在することを意味している。でなければ、劇中のプロットが観客に伝わらないからだ。

時間空間を超えて、いじめは人間の社会に普遍的に存在している。普遍的に存在しているということは、その理由も普遍的のはずだ。そのような文脈でいじめは理解されねばならない。
その立場に立てば、「いじめをなくそう!」といったスローガン、「周りが気を配っていれば、いじめがなくなる」という論調、それに基づく「いじめ対策」、すべて無駄だ、ということがわかる。人間社会には、本質的にいじめが存在し、それは子供に限った話ではない。歴史に見られるいじめは、大人社会のいじめだから、昔の子供社会にいじめがなかった、ということも考えられない。現代社会に見られるように、大人社会より子供同士のいじめの方が絶対的に多いように、昔の子供にもいじめ問題はたくさんあったはずだ。いじめと人間社会を切り離すことができない、つまり、「いじめはなくせるものではない」という立場に立って、どうしたらよいかを考えるべきだ、と僕は思う。

いじめの理由

菅原道真の例では、妬みが原因となっていた。これは、いじめる側に積極的な理由があるケースだ。この場合、いじめの動機ははっきりしている。菅原道真は自らの才覚で人気者ランキング上位に躍り出たわけだが、階級意識の強い貴族社会にあって、そのようなランキングの急上昇は極めて強い嫉妬の対象になる。道真を快く思わない人たちが策を弄して道真を陥れるというのは、陰湿な貴族社会にあってはよくあることだ。特に、道徳観念が緩い貴族社会では、そのような手法はむしろ肯定される傾向にあったと思われる。そのような社会では不利益を防止する手段として賄賂が有効だ。しかし、道真の場合は、賄賂が行き届かないほど急激に有名なったため、攻撃対象になったのだと理解できる。道真は、社会・組織の陰湿さの犠牲者だ。

明智光秀の場合には容姿が原因となっていた。バックトゥザフューチャーでは、架空の出来事ではあるが、主人公の体格が小さいことがいじめの理由であった。このように、いじめられる側の容姿がいじめの理由となる例は多い。とはいうものの、容姿の良しあしは主観の問題であるし、本人にはいかんともしがたい。いじめられる側にとっては、なんとも理不尽であり、非はない。一方、いじめられる側の容姿がどうあろうと、いじめる側に不利益が生じるなんてことはない。すなわち、いじめる側の動機ははっきりしないのだ。なんとなく、なんていうのは理由にならない。いじめの発生理由をはっきりしないといじめの対策も考察できないのだから、いじめ撲滅のためには、あきらめずに考察しなければならない。

バックトゥザフューチャーのケースでは、ガキ大将のマインドセットというのが重要に思う。ガキ大将には、取り巻きが存在し、ガキ大将は取り巻きに自分の力を誇示する必要がある(示威行為)。体格の劣る主人公マーティーは腕力での示威行為には最適のカモに見える。しかしながら、マーティーは暴力には屈しないので、示威行為が失敗する。するとさらに強硬な示威行為に発展し、その溝が深まる。

明智光秀の場合も、信長の示威行為の標的となったと考えることができる。いじめの標的になるのに実は理由はない。立場、体格、人脈などである程度の差があれば、理由は後付けで構わない。典型的な例では、口頭でのからかいからスタートする。反応するようなら、それを少しエスカレートさせる。限界点を超えて相手をキレさせることで、いじめの口実が完成する。対象の非を指摘し、正義(多数派)を味方につけ、執拗に攻撃を加える、というのがいじめの構図だ。これは、よくあるネットでの炎上と同じ構図に気づく。我々は大人になっても依然としていじめから脱却できていない。

ネット炎上といじめの類似点については、さまざまに指摘があり、僕の意見というわけでもない。ネット炎上とまではいかなくても、政治家や芸能人のスキャンダルに対する一般人の反応も、かなり似ている。この場合、双方向でないメディアが介在しているため、ネット炎上のように極端なエスカレートにはなりにくいが、かなりヒステリックな場合もある。誰にでも経験があるそのような場合の心理を考察することで、いじめの本当の理由が見えてくるはずだ。

いじめに対する抑止力

法や道徳が十分に発達していない社会では、いじめは人間関係の一部としてみなされていたはずだ。つまり、いじめはよくないことではあるが、犯罪的ではない、と認識されていた。織田信長が明智光秀をいじめても、信長をとがめる人はいなかったろう。信長のことを下品に思う人はいただろうが、だからと言って、当時の道徳観から逸脱しているわけではない。戦国時代という混乱を考慮すれば、もっと理不尽なことがたくさんあったわけで、個人のプライドなど、大義の前では些末なことだったに違いない。つまり、いじめの問題が顕著になるかどうかは、価値観の問題かもしれない、という点を指摘したい。

いじめは、長期的には利益を生まないので、よくないことだと考えられてきた。そのため、江戸時代になると、身分制度を確立させ、規範を徹底させた。そのために導入された思想が儒教である。儒教では身分の上下を絶対視するので、形式的にはいじめを排除できる。あるいは、いじめ的な行為そのものはむしろ禁止されないものの、さらに上位の者から、行動を規制され、いじめ的な行為は抑止される。儒教思想は形式的すぎて徹底的な実行が難しいのだが、江戸時代には実用面での解釈が進み、国学として発達した。
儒教と国学の決定的な違いは、国学では、儒教的な形式よりも、道徳観が優先する点である。確かに、道徳観によって、いじめは抑止されるだろう。江戸時代には、謀略の類はたくさんあったろうが、あからさまないじめは幕府からは排除されていたように見える。

例外は、大奥で、多くの逸話がある。様々な社会通念の外部に置かれた閉鎖社会では、いじめが自然発生する、という事例だろう。また、女性は自らの利益が絡むと順法意識が薄れる傾向があることが、最近の研究で明らかにされており、そのことも大奥でいじめが自然発生した原因の一つかもしれない。

道徳観はいじめに対する抑止力になりうるが、通常の道徳観と平等の精神は相性がすこぶる悪い。道徳観の基本は相手の利益を尊重するという態度である。それはつまり、自分の利益と相手の利益が衝突する場合に、自分の不利益を甘受するということだ。相手も同じように不利益をこうむる場合は、平等が成立するが、ふつうはそんなことはない。不利益の配分比率が平等になるような解決策が見つからない時は、自分の不利益が多くても、妥協すべし、というのが正しい道徳観になる。それはつまり、相手を平等にみなさないということだ。

ゲーム理論で論じられる有名な題材で「タカとハトのゲーム」がある。ハトは利益が衝突した時に、必ず不利益な選択をし、タカは必ず利益を優先するという選択をする。タカ同士が衝突する時は、けんかになり、半々の確率で大きな不利益を被る。これはつまり、ハトは徹底的に道徳的で、タカは非道徳的だということだ。面白いのは、タカとハトの比率が必ず安定するという点だ。道徳観が十分に発達したとしても、利益の衝突が存在する限り、非道徳的な振る舞いをする人が一定割合残るということだ。非道徳的な、つまり利己的な人には、いじめは抑止されないので、いじめは残る。つまり、道徳観を徹底しても、利己的な人を完全には排除できず、いじめは根絶できない。

いじめを少なくする方策

いじめの根絶が不可能だという結論に基づくと、我々にできることは、いじめを少なくすることと、いじめが発生した時の対処である。いじめを少なくするには、いじめに関するインセンティブを取り除くということに尽きる。
明智光秀の例のように、いじめというのは、いじめる側あるいはいじめられる側に、何かプラスの価値を生む、ということだ。いじめる側の利益は比較的わかりやすい。「カツアゲ」なら金銭的にプラスだし、「示威行為」ならコミュニティでの存在感がプラスになる。であれば、いじめ行為がプラスにならないような仕組みを考えればよい。「カツアゲ」はお金の匿名性によって生まれる非合法の商行為であるので、お金の匿名性をなくせば根絶できる。お金の匿名性に制限を加えると、関連する多くの犯罪が激減するだろうから、実は早くやった方が良い。

示威行為がプラスにならないようにするために、江戸時代には儒学・国学が発達した。徹底した道徳教育により、ガキ大将的な示威行為は恥ずかしいこととみなされ、大人の社会では、表面的には姿を消した。しかし、スキャンダルに対するバッシングや、ネット炎上のように、江戸時代には考えられなかった形式の示威行為が横行している。現代的な道徳観を再整備する必要がある。
いじめられる側にも、損得勘定が存在する。「カツアゲ」される場合、お金を渡す・渡さないという選択肢があり、お金を渡すことで、「カツアゲ」が成立する。そのとき、お金はいじめられる側が自発的に渡しているという「形式」を取る点が重要だ。「カツアゲ」では、直接的な暴力というより、言葉による「脅迫」が主な手段となる。時には暴力が含まれるが、暴力は証拠が残りやすいため、避ける傾向がある。暴力をちらつかせ、脅迫することで、そこから逃れる手段として金銭を要求する。いじめる側は、いじめられる側の財布に触れないことも多い。その場合、形式的にはいじめられる側が自発的に金銭を渡した、という言い訳が成立する。これにより、いじめる側の罪悪感が低減され、行為がエスカレートするという連鎖が生まれやすい。問題は、お金を提供するという選択肢が、そうでない場合よりいじめられる側にとって「得」になっている点だ。そうでないと「自主的」にならない。自主的でない場合は強盗だが、「カツアゲ」は「強盗」とはかなり違っているように見える。
いじめられる側にとって、お金を提供するのにどのような「得」があるのだろう。様々な状況が考えられるが、暴力の回避、いじめ行為の一次的緩和、コミュニティでの地位向上が主なところだろう。暴力は犯罪なので、しかるべき対応をすれば、確実になくすことができる。これに関しては断固たる態度が重要だ。

いじめを甘受するとコミュニティでの地位向上が一定程度あることに注目すべきだ。いじめの矛先がコミュニティの他のメンバーに移る可能性もある。いじめのリーダーはいじめのターゲットを順繰りに変えてゆくことで、絶対的な地位を築く傾向がある。昔よくあった「根性焼き」というやつだ。火のついたタバコを手のひらに当てて消すことで、いじめられっ子からコミュニティメンバーに昇格する。しかしながら、そもそもいじめが存在するようなコミュニティに加わるのにどれほどの価値があるのだろう。
実は、ここに、現状のいじめ対策の落とし穴がある。現在の学校教育では、いじめ根絶のために友達を大事にする、ということを徹底して指導する。友達というのはクラスメートのことである。その中にはいじめる側も含まれる。すなわち、友達を大事にしようというスローガンは、いじめる側を尊重しようというという意味が含まれ、いじめを助長する場合があるということだ。

いじめに対する対処

いじめにおける人間関係は、敵味方のようなわかりやすい二元論ではなかなか語れないことが知られている。いじめる側も場面を変えると「友達」であり、いじめの場面での関係はその対極であると思うと良い。任意の時点での人間関係はそれらの間のどこかだ。例えば、学校において先生が近くにいる場面では、「友達」に近く、先生や親から離れると、「いじめ」になっていて、先生や親から実態が見えにくくなる。

いじめに対処しようとするなら、そのような人間関係におけるゆらぎの存在を認め、いじめの場面を想定して事に当たる必要がある。先生という上位者が介入していじめの調査を行う場合、関係者が極端に「友達」側に寄った対応をするということを念頭に置かねばならない。重要なのは、いじめられる側も「友達モード」で事件を語ることがある、ということだ。これはちょうど、親による児童虐待と同じような構図である。
親による児童虐待において最も問題なのは、虐待されている子供にとって虐待があまりに日常的なので、それを虐待と認識していないことがある点だ。分別の整っていない子供の場合、虐待をダメなことだと認識できない場合も多い。また、子供にとって親は生命線なので、親を攻撃することはできない。そのため、子供からは、親にとって不利な証言が出にくいということもある。
極端ないじめの場合には、同じようなことが起こりうる。いじめられる側はその状態が普通だと思っている可能性があり、本人がそれをいじめと認識していないかもしれない。また、いめられる側の性格の傾向によって人間関係が極端に狭い場合、いじめる側が重要な人間関係となっていて、それを守ろうとする場合がある。よくあるのは、暴力的なのは一時的だから、という説明だ。これはドメスティックバイオレンスでよくあるパターンだ。ちなみに、児童虐待やドメスティックバイオレンスはいじめの類型として整理することができる。これらは暴力的ということで、犯罪として定義可能で、第三者の判断が比較て容易だが、いじめは違う。より多様な形式があり得るので、介入する場合には、さまざまなことに注意しなければならない。もっというと、いじめを前提として調査をすべきだ。それは、つまり、民事ではなくて刑事としての介入を原則とすべきということ意味する。

さて、いじめられる側が追いつめられるのは、いじめのコミュニティーから逃れられないからだという点に注意しよう。つまり、いじめのあるコミュニティーから離脱する選択肢があれば、いじめによる深刻な被害は回避可能であるということだ。

いまの学校教育では、友達重視が行き過ぎていて、友達からいじめっこを除外できない。友達重視ではなく、友達を尊重するという立場の方が良い。つまり、友達は、大切にする対象ではなく、尊重し、尊重される関係であると説く。また、尊重が得られない人は、友達の定義から容赦なく外す。また、さまざまなコミュニティー(友達の種類)を提供することで、いじめが発生した時の一時避難所あるいは、恒久的解決策とする。今の子供たちにとってのコミュニティーは、学校を中心とした交友関係に偏っており、それが子供たちをいじめの環境に縛り続けている。そのような未熟で閉じたコミュニティーにおいて、社会道徳が行き届かないのは当たり前だ。そのようなコミュニティーから離脱し、別のコミュニティーに参加できる環境を用意すべきだ。

今現在は、フリースクールがその役割を担っているが、フリースクールは不登校までエスカレートした段階での解決策であり、問題が深刻化しないと機能しない。いじめが深刻化しない段階で、代替コミュニティーを提供することを考えねばならない。
全く別のアプローチとして、いじめる側のコミュニティーを破壊するということも考えられる。昔からある手段としては、留年、転校、停学などだ。残念ながら、留年・転校は、いじめられる側の選択肢になっており、これはぜひとも是正すべきだ。問題のある子を一時的に転校させるために、特殊な学校を整備するというのは、特に都市では現実的な選択肢になるだろう。地方では、一時的に隔離クラスを作るというのが良い。隔離クラス・学校では専属の担当教員を配置し、徹底的にケアを行う。イメージとして、少年犯罪に対する医療少年院に近い。いじめられる状態を疑似体験し、正常なコミュニティーメンバーとしてのトレーニングを行うとよい。

留年の活用

留年を積極的に活用することも考えるべきだと僕は思う。恒久的な隔離の方法として、引っ越しと留年があるわけだが、引っ越しは経済的ではないし、地理的に無理な地域も多い。留年はダメージが残るやり方だが、多くの人が望んで留年するならどうだろう?
留年のデメリットは、交友関係が刷新されることと、年次を損することだ。交友関係の刷新は、いじめ対策として有効であり、この場合、デメリットにならない。年次を損するというのは、就業期間を損することで、生涯年棒を考えた場合に不利になるということだ。しかしながら、大学進学時に浪人したり、大学在学時に留年するのは、かなりの割合で存在するので、1年程度の留年の経済的損失は、おおむね許容される。留年は現実的な選択肢だと思う。
では、いじめる側といじめられる側のどちらを留年させるか、という問題になる。いじめる側に対し、いじめがダメだというメッセージを送るためには、いじめる側を留年させるべきだ。しかし、いじめられる側は問題発覚時点で不登校になっている可能性があり、学習面からみても、いじめられる側が留年するというのが現実的な選択肢になってしまう。
いじめる側に対するペナルティーは、前述の隔離教室等で対応するとして、いじめられる側の留年が懲罰的にならないような仕組みを考えるべきだろう。
留年のデメリットは、1年という時間的な遅れが、子供にとって無視できないほど大きいということだ。いじめられて不登校になっている場合、級友が刷新されることはデメリットというわけでもないので、この時間的な遅れが最も重大な障害になる。前述のように、大学卒業時点では1年くらいの遅れはなんともない。なので、大学入学時点で時間的遅れのデメリットが目立たないようにするのが良いだろう。後述するが、留年というシステムを積極活用するといじめ対策以外にもメリットが出てくる。
1年という期間が長すぎるというのが問題なら、それを6か月とか3か月とかにできないだろうか?3か月は難しいかもしれないが、6か月なら現実的かもしれない。6か月での進行には、実はいくつかのメリットがある。
学校システムを6か月進行にするというのは、例えば、4月と10月に入学があり、3月と9月に卒業するということだ。各学年は、1年前期、1年後期という言うように半年ごとに進んでゆく。当然、入試も年2回行うことになる。中学校以降では教科ごとに先生が変更になるので、対応は容易だ。小学校では、むしろ6か月制が好ましい部分もある。というのも、小学校低学年では半年違うと体格に差があり、年齢差にともなう差が成績に現れてしまうからだ。例えば、陸上競技の選手は4月生まれが多いという統計データがある。体格差が出やすく、結果の比較が厳密な陸上競技では、選手の選抜時のちょっとした年齢差が影響する。選抜されるかどうかで、後につづくトレーニングやモチベーションに差が現れるため、数か月の生まれの差が重大な影響につながる。
勉強に関しては、それほど顕著な差はみられないが、体格の差はいじめを生む要因にもなる。未熟児で得生まれというケースでは、小学校半ばまで体格の差が残るケースもあり、そういう場合には、1年くらい遅らせたいという親もいるかもしれない。
勉強に関しても、小学校の低学年で遅れてしまう場合には、1年遅らせたほうが教育的にも好ましいかもしれない。わけのわからない授業を朝から夕方まで聞かされるというのは、拷問以外の何物でもないし、それによって余計に勉強嫌いになる。僕の上の子がそういうケースで、小学校の時に留年させたい旨を申し出たが、法律によって阻まれた。
小中学校で留年がないのは、義務教育だからという理由で説明されるが、実のところ、1年の遅れが子供の教育にとって深刻な影響を与えるということを恐れているからだ。でも遅れが半年だったらどうだろう?あるいは、入学時期を選べるというのはどうだろう?入学時期は体格や精神の発達で決定するようにすると良い気がする。ある親は早めの入学を希望するかもしれない。ただ、早すぎると体格的に不利で、子供にとってはちょっと嫌だろう。
うちの近くの小学校は児童数が少なく、各学年1クラスなので、6か月制への移行は難しいかもしれない。でも複数クラスある場合は、容易に対応できる。

小学校、中学校は対応できるとして、高校はどうだろう?高校の場合、入試が問題になる。具体的には、半期に一度入試をするのかどうか、ということに尽きる。私立高校では、生徒獲得のチャンスが増えるので、むしろ歓迎されるかもしれない。でももっと重要なのは、出口に設定されている大学入試だ。もし、大学入試を半期に一度行うようにすれば、高校はそれに対応するために、6か月制に自然に移行すると予想する。
実のところ、大学はすでにほとんど6か月制になっている。少なくとも、大学院は完全に6か月制であるところも少なくない。あとは、試験をどのくらいの頻度で行うか、という問題に尽きる。
大学にとっての6か月制のメリットは、外国からの学生の受け入れが容易になることが挙げられる。海外の学期は、9月か10月にスタートするからだ。半期のずれが、日本と海外の大学の接続の障害になっている面があるが、6か月制にすれば、解決する。
1年に2回入学機会があるというのは、受験生にとって朗報だ。浪人のデメリットが大幅に低減されるだろう。受験機会が増えるということは、大学入試に伴うリスクが減るということだ。それはすなわち、大学入試に対する過熱気味の対応を是正することにもつながるだろう。センター試験を廃止するという議論が進んでいるが、これも6か月制を後押しするかもしれない。というのも、新しい方式では、複数の時期に複数回、テストが受けられるようになるかもしれないからだ。大学入試の時期を現在の1月~3月に限定する必要がなくなるということだ。
合わせると、10月入学した小学生は、10月に大学に入学できるようになる、ということだ。大学入学の規定で、年齢制限を課す方が良いと僕は思っている。早めに入学した子は、早めに高校を卒業することになる。でも大学入学の年齢制限に引っかかって、半年くらい待たされるかもしれない。その時は、留学したり、ボランティアに参加したりすると良いと思っている。若い時に、いろいろ経験することはよいことなのだが、現状の教育システムでは時間がなくて、実行できていない。それが是正できる。また、高校卒業と大学受験が切り離されることで、高校の予備校化に歯止めがかかるかもしれない。大学入試時に、高校卒業後をどのように過ごしたかが考慮されるシステムにするとより効果的かもしれない。

いじめの話に戻すと、6か月制というのは、留年が容易になるという点でとても良い。入学時期が早かったり遅かったりというのが許され、学校教育の関門として設定される大学受験で、入学・卒業時期の差がリセットされるとすると、ほとんどの子供に半年程度の余裕ができるはずだ。つまり、1回留年しても、級友が刷新される以外のデメリットがほとんどない、ということだ。

高校では逆に、留年が極端に多くなる可能性がある。というのも、留年に関する障害が少なくなると、成績・評価が厳密化するかもしれないからだ。厳密化すると、ちゃんと勉強しないと高校を卒業できなくなる。温情をかける場面もあるかもしれないが、留年の基準に留年回数をあからさまに反映させるのは、教育上よくない。
高校における教育困難校問題に対しては、これが一つの解決策となるだろう。基準をクリアしないで卒業させるから、教育困難校になるわけで、留年環境の緩和はこれを防ぐ方向に働く。

留年を許容する社会

実際のところ、大卒時点では、誰も留年を気にしない社会にはなっている。しかしながら、留年しているとその理由を尋ねられることがあるだろう。なぜなら、給与計算がくるってくるからだ。給与の起算は入社年次を基準にするものだが、大学院に長く在籍した人の不利を補填するため、学部卒業時や修士卒業時を基準にすることもある。年功序列の弊害だが、年功序列が崩れ始めた現在に至っても、給与に関する取り決めはなかなか変更しづらいものだ。でも働き方改革が追い風になるかもしれない。
仕事内容で給与を決めるとなると、留年は大きなハンデにはならない。勤続年数に応じた経験をカウントするというをやめようというのが働き方改革の理念であるので、それがなくなると、勤続年数が少なくなる留年というイベントの最大のデメリットが取り除かれることになるからだ。最終学歴での留年がハンデにならなければ、最終学歴に至る過程での留年も人生におけるドロップアウトを意味しなくなるだろう。
ゆっくりでも学び続ければ、誰でも大学を卒業できるはずだ。その情熱があれば、素晴らしい人材であることの証明になる。学びのスピードは人それぞれだ。ゆっくり、じっくり自分に合ったスピードで学ぶことができた方がハッピーかもしれない。そう考えると、小学校や中学校で留年したほうがよい人生が送れる可能性すらある。留年という仕組みを積極的に活用する方向で物事を考えたらどうだろう。

2018年3月10日土曜日

西川式微分方程式4章


レオロジーと線形応答

この章では微分方程式が現れる物理現象を紹介します。一つはレオロジーという力学、もう一つは線形応答という信号処理の分野です。そして最後に両者が同じものだということを指摘します。

物体の運動や量子力学は微分方程式で表わされることが知られています。このように物理の世界では多くの現象が微分方程式を通じて説明されます。僕の専門というほどではないのですが、得意分野にレオロジーというのがあります。レオロジーとは「固体」と「液体」の区別なく材料の力学応答を論じる学問分野です。僕の本当の専門であるプラスチックは固体の性質と液体の性質を併せ持っています。プラスチックに特有のしなやかさや金属とは違うソフトな肌触りは液体の性質を反映したものです。
通常、固体の力学は弾性理論、液体の力学は流体力学で議論されます。しかし、プラスチックは固体と液体のそれぞれの性質を「良い具合」にミックスしているため、弾性理論や流体力学にはそぐいません。そのため、材料を固体と液体のミックスとみなすレオロジーという力学分野が発達しました。
プラスチックほどではありませんが、厳密にいえばすべての物質は多かれ少なかれ固体的な性質と液体的な性質を併せ持っています。だから、レオロジーはより広い範囲に適用できる優れた力学なのです。しかし、レオロジーの世界は微妙に複雑です。例えば、固体の重要な物性値である「弾性率」ですが、レオロジーの世界では複素数になります。さらに運動の速さによって、値が大きく変化します。

フォークトモデル

レオロジーは固体的な性質を表す弾性と液体的な性質を表す粘性をミックスした力学です。弾性というのは決まったひずみに対して決まった応力が発生する性質を言います。模式的にはバネをイメージすると良いでしょう。一方、粘性というのはひずみ速度に対して応力が決まるような力学挙動を指します。そのような性質を模式的に表す場合には、ダッシュポッドという少し聞きなれない力学要素を用います。
ダッシュポッドというのは自動車等のサスペンションではダンパーと呼ばれている部分です。ダッシュポッドはピストンの先端が液漏れするようになっている注射器のような構造をしています。シリンダーの中には液体(多くの場合はとろとろのオイル)が充填されており、ピストンを動かすとピストン先端の穴を液体が通ります。液体がとろとろなので大きな力を与えないとピストンがうまく動きません。ただ移動するのが液体なので、ゆっくりピストンを押せば少ない力でもピストンが動きます。結局、液体のもつ性質を利用する力学要素になっています。
レオロジーでは、弾性と粘性をミックスするために、バネとダッシュポッドを組み合わせるとどうなるか、ということを考えます。バネとダッシュポッドというのは、電気回路における抵抗とコンデンサ(Capacitor)に似ています。というか、対応します。抵抗とコンデンサのつなぎ方をイメージすれば、バネとダッシュポッドのつなぎ方のヒントになります。電気回路での基本的なつなぎ方には、直列と並列がありますが、同じようにバネとダッシュポッドのつなぎ方にも直列と並列が考えられます。前者をマックスウェル(Maxwell)モデル、後者をフォークト(Voigt)モデルと言います。バネとダッシュポッドを並列に並べるフォークトモデルの方が簡単なので、先にフォークトモデルを調べてみます。

フォークトモデルでは、次のようにバネとダッシュポッドを並列につないだ力学モデルを考えます。ひずみはバネとダッシュポッドの両方に均等に適用され、観測される応力はバネとダッシュポッドの両方の和になります。


図4-1 フォークトモデルの模式図

バネが発する力は、ひずみ$\gamma$に比例します。比例係数は$G$とします。一方、ダッシュポッドが発する力は、ひずみ速度に比例し、比例係数は$\eta$とします。このとき、の応力$\sigma$は次のように表されるでしょう。
\begin{equation}
\sigma=G\gamma+\eta\dot{\gamma}
\end{equation}
ただし、$\sigma$と$\gamma$は時間$t$の関数で、$\dot{\gamma}$は$\gamma$の時間微分です。僕たちに馴染みの形式で書くと次のようになります。
\begin{equation}
\sigma\left(t\right)=G\gamma\left(t\right)+\eta\frac{d}{dt}\gamma\left(t\right)
\label{4-2}
\end{equation}
この微分方程式を解くには、両者をフーリエ変換すればよいということを第3章で議論しました。$\mathcal{F}\left[\sigma\left(t\right)\right]=\Sigma\left(\omega\right)$、$\mathcal{F}\left[\gamma\left(t\right)\right]=\Gamma\left(\omega\right)$とすると、($\ref{4-2}$)式のフーリエ変換は、次のようになります。
\begin{equation}
\Sigma\left(\omega\right)=G\Gamma\left(\omega\right)+\eta i\omega\Gamma\left(\omega\right)=\left(G+i\omega\eta\right)\Gamma\left(\omega\right)=G_V^\ast\left(\omega\right)\Gamma\left(\omega\right)
\end{equation}
$G_V^\ast\left(\omega\right)$は複素数で$\omega$の関数なのですが、バネ定数の拡張版だとわかります。また、虚数部部分はダッシュポッドすなわち液体としての性質に関係するということもわかります。
さらに逆フーリエ変換すれば、微分方程式を解くことになるでしょう。あんまり意味はないのですが、念のために実際に逆フーリエ変換までやっておきましょう。
\begin{equation}
\sigma\left(t\right)=\mathcal{F}^{-1}\left[G_V^\ast\left(\omega\right)\right]\otimes\gamma\left(t\right)
\end{equation}
形式的には解けましたが、あんまり意味がよくわかりません。ここで用いたフォークトモデルが現実の材料を反映しているのかどうかも定かではありません。そこで、もう一つのモデルであるマックスウェルモデルでも検討してみましょう。

マックスウェルモデル

マックスウェルモデルはバネとダッシュポッドを直列につないだ力学モデルです。電気回路の例だと直列の方が計算が簡単だという印象がありますが、力学モデルでは直列の方が少し難しくなります。


図4-2 マックスウェルモデルの模式図

マックスウェルモデルでは、力はバネとダッシュポッドに均等に作用します。必然的にバネとダッシュポッドのそれぞれのひずみは違ってきます。バネのひずみを$\gamma_1\left(t\right)$、ダッシュポッドのひずみを$\gamma_2\left(t\right)$とすると、応力$\sigma\left(t\right)$は次のようになります。
\begin{equation}
\sigma\left(t\right)=G\gamma_1\left(t\right),\ \ \ \ \
\sigma\left(t\right)=\eta\frac{d}{dt}\gamma_2\left(t\right)
\label{4-5}
\end{equation}
僕たちが観測するひずみ$\gamma\left(t\right)$はバネとダッシュポッドのひずみの和ですから、次の条件が付与されます。
\begin{equation}
\gamma\left(t\right)=\gamma_1\left(t\right)+\gamma_2\left(t\right)
\label{4-6}
\end{equation}
これらの式をまとめて一つの微分方程式にしたいところですが、なかなかうまくいきません。邪魔者は、$\gamma_1\left(t\right)$と$\gamma_2\left(t\right)$です。とくに、($\ref{4-5}$)式で$\gamma_2\left(t\right)$は微分になっていて厄介です。そこで、発想を転換して、($\ref{4-6}$)式の両辺を微分します。
($\ref{4-5}$)式を変形して、次のようにします。
\begin{equation}
\frac{d}{dt}\gamma\left(t\right)=\frac{d}{dt}\gamma_1\left(t\right)+\frac{d}{dt}\gamma_2\left(t\right)
\end{equation}
こうすると、$\gamma_1\left(t\right)$だけが仲間外れ(微分ではない)になります。でも微分であれば気楽に行えます。すなわち、
\begin{equation}
\frac{d}{dt}\sigma\left(t\right)=G{\frac{d}{dt}\gamma}_1\left(t\right)
\end{equation}
これらを用いて、一つの微分方程式が次のように得られます。
\begin{equation}
\frac{d}{dt}\gamma\left(t\right)=\frac{1}{G}\frac{d}{dt}\sigma\left(t\right)+\frac{1}{\eta}\sigma\left(t\right)
\end{equation}
フォークトモデルの場合とずいぶん違う微分方程式が得られました。でも微分方程式を解く方法は同じです。フーリエ変換すればよいのです。
\begin{equation}
i\omega\Gamma\left(\omega\right)=\frac{i\omega}{G}\Sigma\left(\omega\right)+\frac{1}{\eta}\Sigma\left(\omega\right)
\end{equation}
すこしの計算で次式が得られます。
\begin{equation}
\Sigma\left(\omega\right)=\frac{G\eta i\omega}{i\omega\eta+G}\Gamma\left(\omega\right)
\end{equation}
$\tau=\eta/G$と置いて、有理化すると、次式を得ます。
\begin{equation}
\Sigma\left(\omega\right)=G\frac{\left(\omega\tau\right)^2+i\omega\tau}{1+\left(\omega\tau\right)^2}\Gamma\left(\omega\right)=G_M^\ast\left(\omega\right)\Gamma\left(\omega\right)
\label{4-12}
\end{equation}
フォークトモデルの場合と類似の複素数のバネ定数相当係数$G_M^\ast\left(\omega\right)$が得られました。このような複素数の係数を複素弾性率と呼びます。$G_M^\ast\left(\omega\right)$の中身はフォークトモデルとはかなり異なりますが、それを除けば、全く同じとも言えます。
実際、式の性質を決めるのは、複素弾性率の中身であり、その形式はモデル依存ということです。逆に、マックスウェルモデルやフォークトモデル以外の力学モデルも考えられますし、実際の材料は非常に複雑な複素弾性率を持っています。

レオメーター

さて、フォークトモデルやマックスウェルモデルで得られた複素弾性率はバネ定数のような現実の物性値なのでしょうか。微分方程式を解く過程で得られた単なる数学上のパラメータかもしれません。先に議論したように、材料の力学挙動を特徴づける重要なパラメータであることは示唆されていますが、物性値として測定できなければ利用のしようがありません。そこで、複素弾性率を測定する方法を考えてみましょう。

フォークトモデルとマックスウェルモデルの議論で見たように、どのような力学モデルを使うかにかかわらず、応力とひずみは複素弾性率とフーリエ変換を通じて結びつけることができるというのが出発点になります。
\begin{equation}
\Sigma\left(\omega\right)=G^\ast\left(\omega\right)\Gamma\left(\omega
\right)\label{4-13}
\end{equation}
力学測定の基本は、あるひずみを与えたときの応力を測定するというものです。例えば引張試験をイメージすると良いでしょう。引っ張り量(ひずみ)に対して、必要な力(応力)を計測するという具合です。ひずみに対して応力をプロットすると、傾きが弾性率になります。その原理は($\ref{4-13}$)式にも基本的には当てはまります。ただし、($\ref{4-13}$)式はフーリエ空間で示されているので、単純ではありません。しかしながら、単純な刺激に対して応答を観測するという原理は同じです。
$\Gamma\left(\omega\right)$の最も単純な形式はどのようなものでしょう。例えば、ある特定の$\omega$でだけ値を持ち、その他が0であるようなものを考えると良いかもしれません。そのような性質を持つ関数をすでに学んでいます。$\delta$関数です。そこで、$\Gamma\left(\omega\right)$を次のように考えます。
\begin{equation}
\Gamma\left(\omega\right)=\delta\left(\omega-\omega_0\right)
\end{equation}
すると、$\Sigma\left(\omega\right)$は次のようになるはずです。
\begin{equation}
\Sigma\left(\omega\right)=\ G^\ast\left(\omega_0\right)\delta\left(\omega-\omega_0\right)
\label{4-15}
\end{equation}
これは、$G^\ast\left(\omega\right)$から$G^\ast\left(\omega_0\right)$を抜き出して観測する方法を提供します。残念ながら、$\Gamma\left(\omega\right)$はフーリエ空間で定義されているので、僕たちが取り扱うことができる通常の世界とは少し違っています。そこで、$\Gamma\left(\omega\right)=\delta\left(\omega-\omega_0\right)$を逆フーリエ変換して、僕たちが実験で用意できる$\gamma\left(t\right)$の形にしてみましょう。
\begin{equation}
\gamma\left(t\right)=\int_{-\infty}^{\infty}{\delta\left(\omega-\omega_0\right)e^{i\omega t}d\omega}\\
=e^{i\omega_0t}\int_{-\infty}^{\infty}\delta\left(\omega-\omega_0\right)d\omega\\
=e^{i\omega_0t}=\cos{\omega_0t}+i\sin{\omega_0t}
\label{4-16}
\end{equation}
同様に、$\gamma\left(t\right)$に対して観測されるであろう$\sigma\left(t\right)$も計算しましょう。
\begin{equation}
\sigma\left(t\right)=\int_{-\infty}^{\infty}{G^\ast\left(\omega\right)\delta\left(\omega-\omega_0\right)e^{i\omega t}d\omega}\\
=G^\ast\left(\omega_0\right)e^{i\omega_0t}\int_{-\infty}^{\infty}\delta\left(\omega-\omega_0\right)d\omega\\
=G^\ast\left(\omega_0\right)\cos{\omega_0t}+iG^\ast\left(\omega_0\right)\sin{\omega_0t}
\label{4-17}
\end{equation}
さて、($\ref{4-16}$)式や($\ref{4-17}$)式は見通しが悪い上に複素数です。複素数のひずみなんてわけがわかりません。多くの教科書では実部だけに意味を見出すとして、実部を取り出す関数$\mathcal{Re}\left[\cdots\right]$を適用し、ひずみ、応力ともに$\mathcal{Re}\left[\gamma\left(t\right)\right]$、$\mathcal{Re}\left[\sigma\left(t\right)\right]$が観測されるとして片付けています。僕はそういうのが嫌いなので、もう少しちゃんとやります。
\begin{equation}
\mathcal{Re}\left[a+bi\right]=\frac{1}{2}\left(a+bi+a-bi\right)=\frac{1}{2}\left\{\left(a+bi\right)+\left(a+bi\right)^\ast\right\}
\end{equation}
というように、実部を取り出すには、共役複素数を足して2で割ればよいということがすぐにわかります。なので、多くの教科書でつかうひずみとは次ようなものになるでしょう。
\begin{equation}
\mathcal{Re}\left[\gamma\left(t\right)\right]=\frac{1}{2}\left\{\gamma\left(t\right)+{\gamma\left(t\right)}^\ast\right\}\\
=\frac{1}{2}e^{i\omega_0t}\int_{-\infty}^{\infty}\delta\left(\omega-\omega_0\right)d\omega+\frac{1}{2}e^{-i\omega_0t}\int_{-\infty}^{\infty}\delta\left(\omega-\omega_0\right)d\omega\\
=\frac{1}{2}\left\{\cos{\omega_0t}+i\sin{\omega_0t}\right\}+\frac{1}{2}\left\{\cos{\omega_0t}-i\sin{\omega_0t}\right\}=\cos{\omega_0t}
\end{equation}
確かに、このようなひずみなら現実に取り扱うことができるでしょう。我々に必要なのはそのフーリエ変換なので、次の計算をすればよいと思うかもしれません。
\begin{equation}
\Gamma\left(\omega\right)=\int_{-\infty}^{\infty}{\cos{\omega_0t}e^{-i\omega t}dt}
\end{equation}
でも、この積分は難しいんです。逆に、次のようなことを考えてみましょう。
\begin{equation}
\int_{-\infty}^{\infty}{\frac{1}{2}\left\{\delta\left(\omega-\omega_0\right)+\delta\left(\omega+\omega_0\right)\right\}e^{i\omega t}}dt=\frac{1}{2}\left\{e^{i\omega_0t}+e^{-i\omega_0t}\right\}=\cos{\omega_0t}
\end{equation}
ということから、
\begin{equation}
\Gamma\left(\omega\right)=\frac{1}{2}\left\{\delta\left(\omega-\omega_0\right)+\delta\left(\omega+\omega_0\right)\right\}
\end{equation}
ということがわかります。
さて、これを($\ref{4-15}$)式に叩き込んで、逆フーリエ変換しましょう。
\begin{equation}
\sigma\left(t\right)=\int_{-\infty}^{\infty}{\frac{1}{2}\left\{G^\ast\left(\omega\right)\delta\left(\omega-\omega_0\right)+G^\ast\left(\omega\right)\delta\left(\omega+\omega_0\right)\right\}e^{i\omega t}d\omega}
=\frac{1}{2}\left\{G^\ast\left(\omega_0\right)e^{i\omega_0t}+G^\ast\left({-\omega}_0\right)e^{-i\omega_0t}\right\}
\label{4-23}
\end{equation}
さて、$G^\ast\left({-\omega}_0\right)$というのはおかしい気がします。今、$\gamma\left(t\right)$は周期関数で、ωは周期変形の「向き」と「速さ」を意味します。ωの符号が変形の向きだと思うと、負のωは反対方向の変形を意味するでしょう。通常材料においては変形の方向が逆であっても同じ物性が出ないとおかしいですよね。だから、$G^\ast\left({-\omega}_0\right)$の実部は$G^\ast\left(\omega_0\right)$と同じでしょう。しかし、虚部は粘度すなわちひずみの速度からもたらされるので、ひずみの方向が変わると応力の向きも変わるでしょう。だから、$G^\ast\left({-\omega}_0\right)$は$G^\ast\left(\omega_0\right)$の複素共役だと考えられます。このままでは計算がややこしいので、
\begin{equation}
G^\ast \left(\omega\right)=G^\prime \left(\omega\right)+iG^{\prime\prime}\left(\omega\right)
\end{equation}
として、実部と虚部を分けます。
\begin{equation}
G^\ast\left(-\omega\right)=G^\prime \left(\omega\right)-iG^{\prime\prime}\left(\omega\right)
\end{equation}
です。これを($\ref{4-23}$)に叩き込んでみます。
\begin{equation}
\frac{1}{2}\left\{G^\ast\left(\omega_0\right)e^{i\omega_0t}+G^\ast\left({-\omega}_0\right)e^{-i\omega_0t}\right\}\\
=\frac{1}{2}\left(G^\prime\left(\omega_0\right)+\ iG^{\prime\prime}\left(\omega_0\right)\right)\left(\cos{\omega_0t}+i\sin{\omega_0t}\right)+\frac{1}{2}\left(G^\prime\left(\omega_0\right)-\ iG^{\prime\prime}\left(\omega_0\right)\right)\left(\cos{\omega_0t}-i\sin{\omega_0t}\right)\\
=G^\prime\left(\omega_0\right)\cos{\omega_0t}-G^{\prime\prime}\left(\omega_0\right)\sin{\omega_0t}
\label{4-26}
\end{equation}
うまく虚部が相殺されました。ここから、実数のひずみの入力に対して、実数の応力応答があるという当たり前の物理現象がきちんと再現されることが確認できます。
さらに、($\ref{4-26}$)式は$G^\ast\left(\omega\right)$を計測する方法を提供します。材料に対して$\gamma\left(t\right)=\gamma_0\cos{\omega_0t}$のひずみを与えると、応力は$\sigma\left(t\right) =G^\prime\left(\omega_0\right)\gamma_0\cos{\omega_0t}-G^{\prime\prime}\left(\omega_0\right) \gamma_0 \sin{\omega_0t}$という応答をするはずです。その応答を調べてあげれば、$G^\prime\left(\omega_0\right)$と$G^{\prime\prime}\left(\omega_0\right)$を決定することができます。さらに$\omega_0$を変更して同じ実験を繰り返せば、$G^\ast \left(\omega\right)$を実験値として得ることができます。


このような原理で$G^\ast \left(\omega\right)$を測定することを粘弾性測定と呼び、これを実施する測定装置のことをレオメーターと呼びます。かくして、$G^\ast \left(\omega\right)$は理論上のパラメータではなく、実在する物性値ということであることがわかりました。そして、固体と液体の中間的なあらゆる力学を一般化した基本的なパラメータとして$G^\ast \left(\omega\right)$を議論することが可能になりました。

粘弾性スペクトル

バネとダッシュポットの組み合わせに代表されるような弾性と粘性が渾然一体となった力学を粘弾性と呼びます。そして、$G^\ast\left(\omega\right)$あるいは、$G^\prime\left(\omega\right)$と$G^{\prime\prime}\left(\omega\right)$は粘弾性スペクトルと言います。スペクトルというのは分光学の用語で、力学には似つかわしくありませんが、$G^\prime\left(\omega\right)$と$G^{\prime\prime}\left(\omega\right)$はωの関数であり、ωは周波数です。周波数(あるいはそれと等価なパラメータ)を横軸にとるような物性値のことを一般にスペクトルと呼ぶので、$G^\prime\left(\omega\right)$と$G^{\prime\prime}\left(\omega\right)$は立派なスペクトルです。
粘弾性スペクトルの形状は様々なのですが、一般的にはマックスウェルモデルで現れた($\ref{4-12}$)式のような形が多く観測されています。そのため、($\ref{4-12}$)式のような粘弾性スペクトルにはデバイ緩和という特別な名前がついています。そこで、($\ref{4-12}$)式のデバイ緩和の特徴をもう少し詳しく見ていきましょう。
($\ref{4-12}$)式は複素数で見づらいので、実部と虚部に分けて考えます。
\begin{equation}
G^\prime\left(\omega\right)=G\frac{\left(\omega\tau\right)^2}{1+\left(\omega\tau\right)^2}
\label{4-27}
\end{equation}
\begin{equation}
G^{\prime\prime}\left(\omega\right)=G\frac{\omega\tau}{1+\left(\omega\tau\right)^2}
\label{4-28}
\end{equation}
ここで、τは時間の単位を持ち、粘弾性スペクトルの形を決める重要なパラメータであることがわかります。そのためτには緩和時間という特別な名前がついています。まず$G^\prime\left(\omega\right)$に注目します。$\omega\tau$が1よりずっと小さい場合、分母はほとんど1とみなせるでしょう。すると
\begin{equation}
G^\prime\left(\omega\right)\sim G\left(\omega\tau\right)^2\propto\omega^2

\end{equation}
となり、$\omega$が極端に小さくなると、$G^\prime\left(\omega\right)$は$\omega^2$に比例するようになります。逆に$\omega\tau$が1よりずっと大きい場合、分母はほとんど$\omega\tau^2$とみなせます。すなわち、
\begin{equation}
G^\prime\left(\omega\right)\sim G\frac{\left(\omega\tau\right)^2}{\left(\omega\tau\right)^2}\sim const.
\end{equation}
つまり、$\omega$が極端に大きい領域では、$G^\prime\left(\omega\right)$は一定値$G$のことを平衡弾性率と呼びます。同様の方法で$G^{\prime\prime}\left(\omega\right)$の特徴を見ると、
\begin{equation}
G^{\prime\prime}\left(\omega\right)\sim \left\{\begin{matrix}\omega\tau&for\ \omega\tau\ll1\\\left(\omega\tau\right)^{-1}&for\ \omega\tau\gg1\\\end{matrix}\right.
\end{equation}
そして、両者とも$\omega\tau\sim 1$で勾配が変化することがわかります。
また、$\omega\tau\gg 1$では$G^\prime\left(\omega\right)>G^{\prime\prime}\left(\omega\right)$となるため、系は固体の特徴が顕著です。一方、$\omega\tau\ll 1$では、$G^\prime\left(\omega\right)$。
一般に、ひずみと応力の積はエネルギーになります。前節では$\gamma\left(t\right)=\gamma_0\cos{\omega_0t}$のひずみに対し、$\sigma\left(t\right)=G^\prime\left(\omega_0\right)\gamma_0\cos{\omega_0t}-G^{\prime\prime}\left(\omega_0\right)\gamma_0\sin{\omega_0t}$の応力が得られることを示しましたが、ひずみの1周期に要するエネルギーは次式で計算できます。
\begin{equation}
W=\int_{0}^{1\ period}\sigma\left(\gamma\right)d\gamma=\int_{0}^{2\pi/\omega_0}{\sigma\left(t\right)\frac{d\gamma\left(t\right)}{dt}dt}
\label{4-32}
\end{equation}
さらに、具体的な計算をつづけます。
\begin{equation}
W=\int_{0}^{2\pi/\omega_0}{G^\prime\left(\omega_0\right)\gamma_0^2\omega_0\cos{\omega_0t}\sin{\omega_0t}dt}-\int_{0}^{2\pi/\omega_0}{G^{\prime\prime}\left(\omega_0\right)\gamma_0^2\omega_0\sin^2{\omega_0t}dt}\\
=G^\prime\left(\omega_0\right)\omega_0\gamma_0^2\int_{0}^{2\pi/\omega_0}{\frac{\sin{2\omega_0t}}{2}dt}-G^{\prime\prime}\left(\omega_0\right)\omega_0\gamma_0^2\int_{0}^{2\pi/\omega_0}{\frac{1-\cos{2\omega_0t}}{2}dt}\\
=G^\prime\left(\omega_0\right)\omega_0\gamma_0^2\left[-\frac{\cos{2\omega_0t}}{4\omega_0}\right]_0^{2\pi/\omega_0}{-G^{\prime\prime}\left(\omega_0\right){\omega_0\gamma}_0^2\left[\frac{t}{2}-\frac{\sin{2\omega_0t}}{4\omega_0}\right]}_0^{2\pi/\omega_0}\\
=-G^{\prime\prime}\left(\omega_0\right)\omega_0\gamma_0^2\frac{2\pi}{2\omega_0}=-\pi G^{\prime\prime}\left(\omega_0\right)\gamma_0^2
\end{equation}
エネルギーは負の値となり、1周期の変形でエネルギーを失うことがわかります。しかも係数には、$G^{\prime\prime}\left(\omega_0\right)$だけで$G^\prime\left(\omega_0\right)$が消えています。こうした性質から、$G^{\prime\prime}\left(\omega_0\right)$のことを損失弾性率と呼びます。一方、$G^\prime\left(\omega_0\right)$は貯蔵弾性率と呼びます。

緩和

粘弾性スペクトルは別名を緩和スペクトルと言います。緩和時間という語は出てきましたが、緩和というイメージは今のところ一切ありません。あるいは、エネルギーの損失という部分でピンと来る人もいるかもしれません。でもそれは少数派だと思います。
僕たちが緩和という現象に対して抱くイメージというのは、何かが徐々に変化する、というものだと思います。例えば、病気の症状が緩和するというのは、病気の症状が徐々に改善することを指します。病気の症状が緩和する要因は、おおむね治療・投薬・放置でしょう。治療によって緩和すると言う場合、治療後に症状の緩和がみられるので、治療と緩和に因果関係が認められるでしょう。しかし、その時系列が治療時なのか治療後なのかという違いに注意しましょう。もし、治療時に症状の改善があった場合には、単に治る、あるいは良くなる、という表現になるはずです。緩和と言う場合には治療後に継続して改善が見られたということを示唆します。
この違いがもっとはっきり分かるのは、継続的な投薬あるいは放置による緩和の場合です。継続的な投薬では、投薬開始後の状態が維持されます。放置では現状維持です。ある時点を基準にして状態を維持している時に、症状などが改善した場合に緩和という言葉を使います。つまり、基準となるイベント後に、状態を維持しているにもかかわらず、何かが変化した場合のことを僕たちは「緩和」と呼ぶ傾向があるということです。
レオロジーにおいて、僕たちは応力とひずみしか取り扱っていません。ですので、どちらかに変化を加え(イベント)、それを維持した時に、もう一つの方が何らかの変化を示すような現象を見れば、「ああ、確かに緩和だ」と納得できるでしょう。すなわち、あるひずみを加えて、そのひずみを保持し、応力の変化を観察する、というパターンが一つ。もう一つは、応力を加えて、その応力を保持し、ひずみの変化を観察する、というパターンです。前者は応力緩和、後者はクリープという名前がついています。ほかにも様々な実験方法が考えられますが、まずは、名前にも「緩和」とある応力緩和について調べてみましょう。

応力緩和の実験では、最初に瞬間的に所定のひずみを与え、応力を時々刻々測定します。すなわち、
\begin{equation}
\gamma\left(t\right)=\left\{\begin{matrix}0 & t\lt 0\\ \gamma_0&t\ge 0\end{matrix}\right.
\label{4-34}
\end{equation}
です。これをマックスウェルモデル式に叩き込んでみます。
\begin{equation}
\frac{1}{G}\frac{d}{dt}\sigma\left(t\right)+\frac{1}{\eta}\sigma\left(t\right)=\frac{d}{dt}\gamma\left(t\right)=0\ \ for\ t\geq 0
\end{equation}
また$\tau=\eta/G$であることを踏まえると、
\begin{equation}
\sigma\left(t\right)=-\tau\frac{d}{dt}\sigma\left(t\right)
\end{equation}
両辺をフーリエ変換すると
\begin{equation}
\Sigma\left(\omega\right)=-\tau i\omega\Sigma\left(\omega\right)
\label{4-37}
\end{equation}
から、$-i\tau\omega=1$。すなわち、$\omega=-1/i\tau$となります。すなわち、
\begin{equation}
\Sigma\left(\omega\right)=\delta\left(\omega+1/i\tau\right)
\end{equation}
になります。これを逆フーリエ変換して、
\begin{equation}
\sigma\left(t\right)=C_1e^{-it/it\tau}+C_2=C_1e^{-t/\tau}+C_2
\end{equation}
境界条件として、$t=0$ではバネだけが伸びた状態だと考え、$\sigma\left(0\right)=G\gamma_0$。そして、$t=\infty$ではバネの伸びがなくなると考えて、$\sigma\left(\infty\right)=0$とすると、
\begin{equation}
\sigma\left(t\right)=G\gamma_0e^{-t/\tau}
\end{equation}
となります。この式は単調に減少する指数関数で、典型的な「緩和」となっています。この緩和は挙動は明らかに$\tau$が支配的な因子ですが、$\tau=\eta/G$だったことを考慮すると、システム中に弾性と粘性が共存するという設定が究極的な緩和の理由となっています。弾性と粘性の共存の様子は、粘弾性スペクトルで特徴づけられることから、粘弾性スペクトルの存在≒力学応答が周波数依存性を持つことを以って、「緩和」と考えるのです。それがゆえに、($\ref{4-27}, \ref{4-28}$)式で特徴づけられる典型的な粘弾性スペクトルの形状がデバイ緩和と呼ばれています。
さて、応力緩和をフォークトモデルで考えてみましょう。とはいうものの、フーリエ変換するとマックスウェルモデルと同じ形になるというのは前節で議論しました。したがって、($\ref{4-37}$)式は基本的に同じです。ただし、$\tau$の意味は少し違うかもしれません。そこで、一応($\ref{4-2}$)式に戻り、両辺を$G$で割ります。
\begin{equation}
\frac{1}{G}\sigma\left(t\right)=\gamma\left(t\right)+\frac{\eta}{G}\frac{d}{dt}\gamma\left(t\right)=\ \gamma\left(t\right)+\tau\frac{d}{dt}\gamma\left(t\right)
\label{4-41}
\end{equation}
ここで、($\ref{4-34}$)式を見ると、$t\gt 0$では$\gamma\left(t\right)$は一定であり、$\frac{d}{dt}\gamma\left(t\right)$は0です。すると$\sigma\left(t\right)$は一定になりそうな雰囲気があります。しかし、よく考えると$t=0$で$\frac{d}{dt}\gamma\left(t\right)$が$\infty$になるので、やはり緩和挙動を示すだろうことがうかがえます。そして、最終的に($\ref{4-37}$)式に従い、マックスウェルモデルと同じような挙動になるでしょう。ただし、時刻0で応力が$\infty$になるというのは受け入れがたいので、一般的にはフォークトモデルで応力緩和を考えることはしません。

もう一つの別のタイプの実験であるクリープを考えてみましょう。クリープでは応力が入力であり、次のようになります。
\begin{equation}
\sigma\left(t\right)=\left\{\begin{matrix}0&t\lt 0\\ \sigma_0&t\ge 0\end{matrix}\right.
\end{equation}
さて、マックスウェルモデルとフォークトモデルのどちらを採用するかですが、応力緩和におけるフォークトモデルの問題を参考にすると、微分値が∞になることを避けた方がよさそうです。マックスウェルモデルには、$\frac{d}{dt}\sigma\left(t\right)$の項があるので、それがないフォークトモデルの方が適しているかもしれません。$t\geq 0$で($\ref{4-41}$)式を考えると
\begin{equation}
\gamma\left(t\right)+\tau\frac{d}{dt}\gamma\left(t\right)=\frac{\sigma_0}{G}
\label{4-43}
\end{equation}
この微分方程式は右辺が0でないので、非同次形です。この場合は、まず特殊解を無理やし探すのでした。多項式が無難で、微分は1階のみなので、$\gamma\left(t\right)=at+b$の一次式で調べます。
\begin{equation}
at+b+\tau a=\frac{\sigma_0}{G}
\end{equation}
これが恒等的に成立するには、$a=0$、$b=\sigma_0/G$となります。残る同次形部分は、
\begin{equation}
\gamma\left(t\right)+\tau\frac{d}{dt}\gamma\left(t\right)=0
\end{equation}
となるので、一般解を$\gamma\left(t\right)={Ce}^{\alpha t}$とおいて
\begin{equation}
{Ce}^{-\alpha t}+\tau C\alpha e^{\alpha t}=0
\end{equation}
ここから、$\tau\alpha=-1$が得られ、$\gamma t=Ce^{-t/\tau}$が得られます。よって、($\ref{4-43}$)式の解は、
\begin{equation}
\gamma\left(t\right)={Ce}^{-t/\tau}+\frac{\sigma_0}{G}
\end{equation}
ただし、$t=0$で$\gamma\left(t\right)=0$であるような場合、$C=-\frac{\sigma_0}{G}$となるので、
\begin{equation}
\gamma\left(t\right)=\frac{\sigma_0}{G}\left(1-e^{-t/\tau}\right)
\end{equation}
これもある種の緩和曲線を描き、その時間スケールは、またしても$\tau$になります。現実の応力緩和やクリープはこれらとはちょっと違います。というのも、現実の緩和挙動はもっと複雑な力学モデルに対応するからです。

線形応答

実際の力学挙動はもっと複雑なのですが、ある範囲においては、ひずみを半分にしたら応力は半分になるはずだと僕たちは直観します。また、緩和挙動についても、イベントの時刻を1時間遅らせれば、緩和挙動も1時間遅れて生じるはずです。でないと因果関係が破たんしてしまいます。そのような対応関係をもつ現象一般は線形応答と呼ばれ、微小変化の極限では数学的に完全に記述できるということがわかっています。それは線形応答理論として知られています。
線形応答理論では、入力と出力を持つ信号処理装置を考えます。信号処理装置の中身はブラックボックスになっており、正確な仕組みはわからないとします。しかし、信号処理装置である以上、入力がなければ出力もないでしょう。ですので、信号処理装置の定義としてそのような性質を前提条件として受け入れても一般性は失わないでしょう。
また、2倍の入力に対して2倍の出力があると考えてもよいでしょう。出力のレスポンスには何ら制約を設けていませんので、値として信号の遅れなども採用することができます。ですので、このような制約はかなり緩いと思います。入力と出力にこのような基本的な因果関係が認められるとき、この正体不明の信号処理装置の特性は、インパルス応答関数で完全に記述されます。
インパルス応答関数というのは、入力としてインパルスすなわちδ関数のような信号を用いた場合の出力のことを言います。すなわち、入力信号がδ関数の時、出力信号$g(t)$はインパルス応答関数$h(t)$と次式で結びつくということです。

\begin{equation}
g\left(t\right)=h\left(t\right)\otimes\delta\left(t\right)
\label{4-49}
\end{equation}
通常の入力信号は連続的ですが、3章で見たように、短冊に切ってδ関数の列だと考えることができます。すなわち、入力信号$f(t)$は次のようになるということです。
\begin{equation}
f\left(t\right)=\sum_{n=0}^{\infty}f_n\delta\left(t-n\Delta t\right)
\end{equation}
時刻0までは入力信号を考えないとして式を構築しています。これを($\ref{4-49}$)式と合わせて考えると、入力信号$f(t)$に対する出力信号は、次式になるでしょう。
\begin{equation}
g\left(t\right)=h\left(t\right)\otimes f\left(x\right)=\sum_{n=0}^{\infty}f_n h\left(t\right)\otimes\delta\left(t-n\mathrm{\Delta t}\right)=\sum_{n=0}^{\infty}f_nh\left(t-n\mathrm{\Delta tn}\right)
\label{4-51}
\end{equation}
つまり、入力信号の瞬間的な刺激に対して出力信号が持続的で決まった応答をすることがわかっているなら、連続的な瞬間の刺激に対しては、刺激のタイミングに応じた応答が重なり合って出力される、というものです。よく考えると、これはかなり自然な現象です。ほとんどの物理現象は微小な変化に対しては、近似として線形の応答をするものです。それはほとんどの数式でテーラー展開が可能であり、微小な変化に対しては低次の項だけでよい近似が得られるという数学を反映しています。ですので、($\ref{4-51}$)式のような刺激・応答関係はほとんどの現象に適用することができます。
さて、$g\left(t\right)=h\left(t\right)\otimes f\left(x\right)$という式はフーリエ変換すると
\begin{equation}
G\left(\omega\right)=H\left(\omega\right)F\left(\omega\right)
\end{equation}
になります。$G\left(\omega\right)$を$\Sigma\left(\omega\right)$、$F\left(\omega\right)$を$\Gamma\left(\omega\right)$と読み替えれば、$H\left(\omega\right)$は$G^\ast\left(\omega\right)$に相当することがわかります。すなわち、我々が議論してきた一風変わった力学であるレオロジーは、線形応答理論でカバーされるものである、ということです。

さて、前節で応力緩和やクリープを議論しました。それは入力が階段状の刺激であるというもので、取り扱いに工夫が必要で、すこし歯切れが悪い説明にならざるを得ませんでした。別の方法として入力信号の微分を考えます。すると、単純なδ関数になることがわかります。応力緩和であるなら、
\begin{equation}
\frac{d}{dt}\gamma\left(t\right)=\gamma_0\delta\left(t\right)
\end{equation}
フーリエ変換すると、
\begin{equation}
i\omega\Gamma\left(\omega\right)=\gamma_0
\end{equation}
従って、
\begin{equation}
\Sigma\left(\omega\right)=G^\ast\left(\omega\right)\Gamma\left(\omega\right)=\frac{\gamma_0}{i\omega}G^\ast\left(\omega\right)
\end{equation}
これは、$\frac{1}{i\omega}G^\ast\left(\omega\right)$の逆フーリエ変換はある種のインパルス応答関数であり、それを僕たちは応力緩和実験の結果$h\left(t\right)$として観測することになります。、もとは$\frac{1}{i\omega}G^\ast\left(\omega\right)$なので、$G^\ast\left(\omega\right)$は$h\left(t\right)$の微分のフーリエ変換だとわかります。つまり、$h\left(t\right)$の測定は本質的に$G^\ast\left(\omega\right)$の測定と同じであるということです。$G^\ast\left(\omega\right)$が複素数なのに対し、$h\left(t\right)$が実数となっていて、情報量が釣り合っていないという疑問がありますが、それは後ほど説明するKramers-Kronigの関係によって解決されます。
同様にクリープも考えることができます。クリープでは、
\begin{equation}
\frac{\sigma_0}{i\omega}=G^\ast\left(\omega\right)\Gamma\left(\omega\right)
\end{equation}
であり、僕たちは、$\sigma_0/i\omega G^\ast\left(\omega\right)$の逆フーリエ変換を観測します。それはコンプライアンス$J\left(t\right)$と呼ばれる量です。コンプライアンスのフーリエ変換は$G^\ast\left(\omega\right)$の微分の逆数であり、クリープにおいても、本質的に$G^\ast\left(\omega\right)$を測定していることがわかります。

Cole-Coleプロット

線形応答理論が適用できるような典型的な物性の一つに誘電緩和があります。線形応答理論ではインパルス応答関数が中心的な役割を果しますが、物性研究においては緩和スペクトルの方が重視されます。粘弾性でいうところの複素弾性率スペクトル$G^\ast\left(\omega\right)$に相当する複素誘電率スペクトル$\epsilon^\ast\left(\omega\right)$というものが実際に測定されます。それはレオロジーとちょうど同じような測定原理によります。レオロジーと同様にデバイ型の緩和がしばしば観測されます。レオロジーのスペクトルはかなりブロードで測定範囲も広くないのですが、誘電緩和スペクトルは起源が比較的シンプルで、測定範囲も広いという特徴があります。そのため、誘電緩和スペクトルの研究はむしろ進んでいます。
誘電緩和スペクトルの解析においてしばしば行われるプロットにCole-Coleプロットというものがあります。誘電緩和スペクトルも実部と虚部があり、次式のように定義しましょう。
\begin{equation}
\epsilon^\ast\left(\omega\right)=\epsilon^\prime\left(\omega\right)-i\epsilon^{\prime\prime}\left(\omega\right)
\end{equation}
このとき$\epsilon^\prime$に対して$\epsilon^{\prime\prime}$をプロットすると、見事な半円を描くことが知られています。これをCole-Coleプロットと呼びます。
なぜ半円を描くのでしょうか?詳細は省きますが、単一のデバイ緩和における誘電緩和スペクトルは次式で表されます。
\begin{equation}
\epsilon^\ast\left(\omega\right)=\left(\epsilon_\infty-\epsilon_s\right)\frac{1+i\tau\omega}{1+\left(\tau\omega\right)^2}+\epsilon_\infty
\end{equation}
これはレオロジーの粘弾性スペクトルとほとんど一緒だとわかります。誘電緩和は透過率を測定するので、レオロジーと符号にかかわる部分が逆です。ちなみに、レオロジーは(エネルギーの)吸収を測定しています。ここから$\tau\omega$を消去するようにしばらく計算すると、次式を得ます。
\begin{equation}
\left\{\epsilon^\prime-\frac{1}{2}\left(\epsilon_\infty-\epsilon_s\right)\right\}^2+\left\{\epsilon^{\prime\prime}\right\}^2
=\left\{\frac{1}{2}\left(\epsilon_\infty-\epsilon_s\right)\right\}^2
\end{equation}
この式の導出はちょっと難しいのですが、この式が成立することを確かめるのは簡単です。この式は原点を通り$\epsilon_\infty-\epsilon_s$を直径とする半円になることがすぐにわかります。実は、粘弾性スペクトルも$G^\prime$に対して$G^{\prime\prime}$をプロットすると半円のような形になります。ただし、多く場合、つぶれた饅頭みたいにひしゃげます。その理由を説明することはこのテキストの本論から外れます。
さて、粘弾性スペクトルと誘電緩和スペクトルの類似性からわかるように、Cole-Coleプロットのような性質は、線形応答理論の帰結です。逆に線形応答理論に従うようなシステムはすべてCole-Coleプロットのような解析法を試す価値があると結論できます。実際、複素抵抗値インピーダンスの測定においても、Cole-Coleプロットが用いられます。


Kramers-Kronigの関係

さて、応力緩和やクリープの測定では、実数のデータが得られましたが、粘弾性スペクトルは複素数でした。両者の本質は同じもののはずですが、実数と複素数という違いがあり、情報量が合致していません。
実は、線形応答理論に現れる複素数のスペクトルは実部と虚部が独立しているのではなく、相互に強く関連しているということが数学的に証明されています。別の言い方をすれば、実部だけを測定すれば、虚部がわかり、その逆も可能ということです。だから、レオメーターによる粘弾性スペクトルの測定はちょっと「やりすぎ」ということになります。とはいうものの、$G^\primeとG^{\prime\prime}$を相互変換するのは実験的にはすごく難しく、レオロジーの場合には実質的に不可能です。だから、やっぱり僕たちは$G^\prime$と$G^{\prime\prime}$のどちらも測定する必要があります。
さて、$G^\prime$と$G^{\prime\prime}$が相互に結び付いているという数学的な帰結はKramers-Kronigの関係と呼ばれています。かなり難しいのですが、忘備録として書いておきたいと思います。必要が無ければ読み飛ばしてください。

インパルス応答関数$h\left(t\right)$はイベントの前に何かが生じるということを禁止します。イベントの時刻を0にとると、
\begin{equation}
h\left(t\right)=0\ for\ t\lt 0
\label{4-60}
\end{equation}
ということです。$G^\ast(\omega)$と$h(t)$が同じだと述べましたが、$h(t)$にはこのような制約があって、それは$G^\ast(\omega)$に本質的な特徴を与えます。それが、Kramers-Kronigの関係式です。では、($\ref{4-60}$)式をフーリエ変換してみましょう。
\begin{equation}
\mathcal{F}\left[h\left(t\right)\right]=\int_{-\infty}^{\infty}{h\left(t\right)e^{-i\omega t}dt}=\int_{0}^{\infty}{h\left(t\right)e^{-i\omega t}dt}
\end{equation}
です。この方向の計算はいろいろ問題があるので、すこし工夫をします。そのために、
次のような関数を考えます。
\begin{equation}
u\left(t\right)=\left\{
\begin{matrix}0&t\lt 0\\1&t\geq 0 \end{matrix}
\right.
\end{equation}
この$u\left(x\right)$はヘビサイド関数と呼ばれています。これを用いると
\begin{equation}
\mathcal{F}\left[h\left(t\right)\right]=\int_{-\infty}^{\infty}{h\left(t\right)u(t)e^{-i\omega t}dt}
\end{equation}
となります。これは、コンボリューションを使って、
\begin{equation}
\mathcal{F}\left[h\left(t\right)\right]=H\left(\omega\right)\otimes\ U\left(\omega\right)
\label{4-64}
\end{equation}
となります。ここで、ヘビサイド関数のフーリエ変換が必要になるのですが、ちょっとむずかしいので、$u\left(t\right)$を次のように考えます。
\begin{equation}
\frac{d}{dt}u\left(t\right)=\delta\left(t\right)
\end{equation}
こうすると比較的簡単にフーリエ変換できます、
\begin{equation}
\mathcal{F}\left[\frac{d}{dt}u\left(t\right)\right]=i\omega U\left(t\right)=1
\end{equation}
ここから、
\begin{equation}
U\left(\omega\right)=\frac{1}{i\omega}
\end{equation}
となります。ただし、$u\left(t\right)$はδ関数を積分したものなので、積分定数があります。つまり、
\begin{equation}
u\left(t\right)=\int\delta\left(t\right)dt+C
\label{4-68}
\end{equation}
です。$U\left(\omega\right)$においては、$C\delta\left(\omega\right)$の付加項となるはずなので、
\begin{equation}
U\left(\omega\right)=\frac{1}{i\omega}+C\delta\left(\omega\right)
\end{equation}
です。そして、いろんな事情があって、$C=1/2$ということが示されています。というのも、$1/i\omega$だけだと、$U\left(\omega\right)$は原点対称になるので、全空間で積分すると0にりますが、$u\left(t\right)$はそうなりません。専門用語でいうと、invariantが違っていてパーシバルの関係が成立しないということで、まずいわけです。そこで、補正項を付与した次第です。

さて、($\ref{4-64}$)式の計算が可能になったわけですが、この式は実はちょっと奇妙です。つまり、
\begin{equation}
H\left(\omega\right)=H\left(\omega\right)\otimes\ U\left(\omega\right)
\label{4-71}
\end{equation}
になっているのです。ここから、$H\left(\omega\right)$は$U\left(\omega\right)$のコンボリューションに対して不変であることが要請されていると考えられます。とりあえず、($\ref{4-71}$)式の右辺を計算してみましょう。
\begin{equation}
H\left(\omega\right)\otimes\ \left(\frac{1}{i\omega}+\frac{1}{2}\delta\left(\omega\right)\right)=\int_{-\infty}^{\infty}{\frac{H\left(\omega^\prime\right)}{i\left(\omega-\omega^\prime\right)}d\omega^\prime}+\frac{1}{2}H\left(\omega\right)
\end{equation}
これを($\ref{4-71}$)式に代入し、両辺を整理すると、
\begin{equation}
H\left(\omega\right)=2\int_{-\infty}^{\infty}{\frac{H\left(\omega^\prime\right)}{i\left(\omega-\omega^\prime\right)}d\omega^\prime}
\label{4-74}
\end{equation}
が得られます。
$G^*\left(\omega\right)$の時にも論じましたが、$\omega$は周波数を想定したので、負の値は物理的には定義されません。しかしながら、($\ref{4-74}$)式は負の$\omega$に対して$H\left(\omega\right)$が必要になります。そこで、($\ref{4-74}$式において、$\omega$が正の部分と負の部分に分けてあげます。
\begin{equation}
H\left(\omega\right)=2\int_{0}^{\infty}{\frac{H\left(\omega^\prime\right)}{i\left(\omega-\omega^\prime\right)}d\omega^\prime}+2\int_{-\infty}^{0}{\frac{H\left(\omega^\prime\right)}{i\left(\omega-\omega^\prime\right)}d\omega^\prime}
=2\int_{0}^{\infty}{\frac{H\left(\omega^\prime\right)}{i\left(\omega-\omega^\prime\right)}d\omega^\prime}+2\int_{0}^{\infty}{\frac{H\left({-\omega}^\prime\right)}{i\left(\omega+\omega^\prime\right)}d\omega^\prime}
\label{4-75}
\end{equation}
ここで、
\begin{equation}
H\left(-\omega\right)=\int_{-\infty}^{\infty}{h\left(t\right)e^{i\omega t}dt}
\end{equation}
なので、
\begin{equation}
H\left(-\omega\right)=H^*\left(\omega\right)
\end{equation}
であることがわかります。これを用いると、($\ref{4-75}$)式は、
\begin{equation}
H\left(\omega\right)=2\int_{0}^{\infty}{\left\{\frac{H\left(\omega^\prime\right)}{i\left(\omega-\omega^\prime\right)}+\frac{H^*\left(\omega^\prime\right)}{i\left(\omega+\omega^\prime\right)}\right\}d\omega^\prime}\\
=2\int_{0}^{\infty}{\frac{H\left(\omega^\prime\right)\left(\omega+\omega^\prime\right)+H^\ast\left(\omega^\prime\right)\left(\omega-\omega^\prime\right)}{i\left(\omega^2-\omega^{\prime 2}\right)}d\omega^\prime}
\label{4-78}
\end{equation}
さて、$H\left(\omega\right)$は複素数なので、実部と虚部に分けて
\begin{equation}
H\left(\omega\right)=H_{Re}\left(\omega\right)+iH_{Im}\left(\omega\right)
\end{equation}
としましょう。これを($\ref{4-78}$)に代入します。
\begin{equation}
H\left(\omega\right)=2\int_{0}^{\infty}{\frac{-i2H_{Re}\left(\omega^\prime\right)\omega+2H_{Im}\left(\omega^\prime\right)\omega^\prime}{\left(\omega^2-\omega^{\prime 2}\right)}d\omega^\prime}\\
=4\int_{0}^{\infty}{\frac{H_{Im}\left(\omega^\prime\right)\omega^\prime}{\left(\omega^2-\omega^{\prime2}\right)}d\omega^\prime}-4i\int_{0}^{\infty}{\frac{H_{Re}\left(\omega^\prime\right)\omega}{\left(\omega^2-\omega^{\prime2}\right)}d\omega^\prime}
\end{equation}
ここから、
\begin{equation}
H_{Re}\left(\omega\right)=4\int_{0}^{\infty}{\frac{H_{Im}\left(\omega^\prime\right)\omega^\prime}{\left(\omega^2-\omega^{\prime2}\right)}d\omega^\prime}\\
H_{Im}\left(\omega\right)=-4\int_{0}^{\infty}{\frac{H_{Re}\left(\omega^\prime\right)\omega}{\left(\omega^2-\omega^{\prime2}\right)}d\omega^\prime}
\end{equation}
という関係が得られます。この関係式はすべての周波数領域での情報があれば、実部と虚部の相互変換が可能であるということを意味しています。この関係式の存在は、実部と虚部が独立していないことを表すので、本節冒頭で指摘した情報量の不一致を解決します。