2018年3月10日土曜日

西川式微分方程式4章


レオロジーと線形応答

この章では微分方程式が現れる物理現象を紹介します。一つはレオロジーという力学、もう一つは線形応答という信号処理の分野です。そして最後に両者が同じものだということを指摘します。

物体の運動や量子力学は微分方程式で表わされることが知られています。このように物理の世界では多くの現象が微分方程式を通じて説明されます。僕の専門というほどではないのですが、得意分野にレオロジーというのがあります。レオロジーとは「固体」と「液体」の区別なく材料の力学応答を論じる学問分野です。僕の本当の専門であるプラスチックは固体の性質と液体の性質を併せ持っています。プラスチックに特有のしなやかさや金属とは違うソフトな肌触りは液体の性質を反映したものです。
通常、固体の力学は弾性理論、液体の力学は流体力学で議論されます。しかし、プラスチックは固体と液体のそれぞれの性質を「良い具合」にミックスしているため、弾性理論や流体力学にはそぐいません。そのため、材料を固体と液体のミックスとみなすレオロジーという力学分野が発達しました。
プラスチックほどではありませんが、厳密にいえばすべての物質は多かれ少なかれ固体的な性質と液体的な性質を併せ持っています。だから、レオロジーはより広い範囲に適用できる優れた力学なのです。しかし、レオロジーの世界は微妙に複雑です。例えば、固体の重要な物性値である「弾性率」ですが、レオロジーの世界では複素数になります。さらに運動の速さによって、値が大きく変化します。

フォークトモデル

レオロジーは固体的な性質を表す弾性と液体的な性質を表す粘性をミックスした力学です。弾性というのは決まったひずみに対して決まった応力が発生する性質を言います。模式的にはバネをイメージすると良いでしょう。一方、粘性というのはひずみ速度に対して応力が決まるような力学挙動を指します。そのような性質を模式的に表す場合には、ダッシュポッドという少し聞きなれない力学要素を用います。
ダッシュポッドというのは自動車等のサスペンションではダンパーと呼ばれている部分です。ダッシュポッドはピストンの先端が液漏れするようになっている注射器のような構造をしています。シリンダーの中には液体(多くの場合はとろとろのオイル)が充填されており、ピストンを動かすとピストン先端の穴を液体が通ります。液体がとろとろなので大きな力を与えないとピストンがうまく動きません。ただ移動するのが液体なので、ゆっくりピストンを押せば少ない力でもピストンが動きます。結局、液体のもつ性質を利用する力学要素になっています。
レオロジーでは、弾性と粘性をミックスするために、バネとダッシュポッドを組み合わせるとどうなるか、ということを考えます。バネとダッシュポッドというのは、電気回路における抵抗とコンデンサ(Capacitor)に似ています。というか、対応します。抵抗とコンデンサのつなぎ方をイメージすれば、バネとダッシュポッドのつなぎ方のヒントになります。電気回路での基本的なつなぎ方には、直列と並列がありますが、同じようにバネとダッシュポッドのつなぎ方にも直列と並列が考えられます。前者をマックスウェル(Maxwell)モデル、後者をフォークト(Voigt)モデルと言います。バネとダッシュポッドを並列に並べるフォークトモデルの方が簡単なので、先にフォークトモデルを調べてみます。

フォークトモデルでは、次のようにバネとダッシュポッドを並列につないだ力学モデルを考えます。ひずみはバネとダッシュポッドの両方に均等に適用され、観測される応力はバネとダッシュポッドの両方の和になります。


図4-1 フォークトモデルの模式図

バネが発する力は、ひずみ$\gamma$に比例します。比例係数は$G$とします。一方、ダッシュポッドが発する力は、ひずみ速度に比例し、比例係数は$\eta$とします。このとき、の応力$\sigma$は次のように表されるでしょう。
\begin{equation}
\sigma=G\gamma+\eta\dot{\gamma}
\end{equation}
ただし、$\sigma$と$\gamma$は時間$t$の関数で、$\dot{\gamma}$は$\gamma$の時間微分です。僕たちに馴染みの形式で書くと次のようになります。
\begin{equation}
\sigma\left(t\right)=G\gamma\left(t\right)+\eta\frac{d}{dt}\gamma\left(t\right)
\label{4-2}
\end{equation}
この微分方程式を解くには、両者をフーリエ変換すればよいということを第3章で議論しました。$\mathcal{F}\left[\sigma\left(t\right)\right]=\Sigma\left(\omega\right)$、$\mathcal{F}\left[\gamma\left(t\right)\right]=\Gamma\left(\omega\right)$とすると、($\ref{4-2}$)式のフーリエ変換は、次のようになります。
\begin{equation}
\Sigma\left(\omega\right)=G\Gamma\left(\omega\right)+\eta i\omega\Gamma\left(\omega\right)=\left(G+i\omega\eta\right)\Gamma\left(\omega\right)=G_V^\ast\left(\omega\right)\Gamma\left(\omega\right)
\end{equation}
$G_V^\ast\left(\omega\right)$は複素数で$\omega$の関数なのですが、バネ定数の拡張版だとわかります。また、虚数部部分はダッシュポッドすなわち液体としての性質に関係するということもわかります。
さらに逆フーリエ変換すれば、微分方程式を解くことになるでしょう。あんまり意味はないのですが、念のために実際に逆フーリエ変換までやっておきましょう。
\begin{equation}
\sigma\left(t\right)=\mathcal{F}^{-1}\left[G_V^\ast\left(\omega\right)\right]\otimes\gamma\left(t\right)
\end{equation}
形式的には解けましたが、あんまり意味がよくわかりません。ここで用いたフォークトモデルが現実の材料を反映しているのかどうかも定かではありません。そこで、もう一つのモデルであるマックスウェルモデルでも検討してみましょう。

マックスウェルモデル

マックスウェルモデルはバネとダッシュポッドを直列につないだ力学モデルです。電気回路の例だと直列の方が計算が簡単だという印象がありますが、力学モデルでは直列の方が少し難しくなります。


図4-2 マックスウェルモデルの模式図

マックスウェルモデルでは、力はバネとダッシュポッドに均等に作用します。必然的にバネとダッシュポッドのそれぞれのひずみは違ってきます。バネのひずみを$\gamma_1\left(t\right)$、ダッシュポッドのひずみを$\gamma_2\left(t\right)$とすると、応力$\sigma\left(t\right)$は次のようになります。
\begin{equation}
\sigma\left(t\right)=G\gamma_1\left(t\right),\ \ \ \ \
\sigma\left(t\right)=\eta\frac{d}{dt}\gamma_2\left(t\right)
\label{4-5}
\end{equation}
僕たちが観測するひずみ$\gamma\left(t\right)$はバネとダッシュポッドのひずみの和ですから、次の条件が付与されます。
\begin{equation}
\gamma\left(t\right)=\gamma_1\left(t\right)+\gamma_2\left(t\right)
\label{4-6}
\end{equation}
これらの式をまとめて一つの微分方程式にしたいところですが、なかなかうまくいきません。邪魔者は、$\gamma_1\left(t\right)$と$\gamma_2\left(t\right)$です。とくに、($\ref{4-5}$)式で$\gamma_2\left(t\right)$は微分になっていて厄介です。そこで、発想を転換して、($\ref{4-6}$)式の両辺を微分します。
($\ref{4-5}$)式を変形して、次のようにします。
\begin{equation}
\frac{d}{dt}\gamma\left(t\right)=\frac{d}{dt}\gamma_1\left(t\right)+\frac{d}{dt}\gamma_2\left(t\right)
\end{equation}
こうすると、$\gamma_1\left(t\right)$だけが仲間外れ(微分ではない)になります。でも微分であれば気楽に行えます。すなわち、
\begin{equation}
\frac{d}{dt}\sigma\left(t\right)=G{\frac{d}{dt}\gamma}_1\left(t\right)
\end{equation}
これらを用いて、一つの微分方程式が次のように得られます。
\begin{equation}
\frac{d}{dt}\gamma\left(t\right)=\frac{1}{G}\frac{d}{dt}\sigma\left(t\right)+\frac{1}{\eta}\sigma\left(t\right)
\end{equation}
フォークトモデルの場合とずいぶん違う微分方程式が得られました。でも微分方程式を解く方法は同じです。フーリエ変換すればよいのです。
\begin{equation}
i\omega\Gamma\left(\omega\right)=\frac{i\omega}{G}\Sigma\left(\omega\right)+\frac{1}{\eta}\Sigma\left(\omega\right)
\end{equation}
すこしの計算で次式が得られます。
\begin{equation}
\Sigma\left(\omega\right)=\frac{G\eta i\omega}{i\omega\eta+G}\Gamma\left(\omega\right)
\end{equation}
$\tau=\eta/G$と置いて、有理化すると、次式を得ます。
\begin{equation}
\Sigma\left(\omega\right)=G\frac{\left(\omega\tau\right)^2+i\omega\tau}{1+\left(\omega\tau\right)^2}\Gamma\left(\omega\right)=G_M^\ast\left(\omega\right)\Gamma\left(\omega\right)
\label{4-12}
\end{equation}
フォークトモデルの場合と類似の複素数のバネ定数相当係数$G_M^\ast\left(\omega\right)$が得られました。このような複素数の係数を複素弾性率と呼びます。$G_M^\ast\left(\omega\right)$の中身はフォークトモデルとはかなり異なりますが、それを除けば、全く同じとも言えます。
実際、式の性質を決めるのは、複素弾性率の中身であり、その形式はモデル依存ということです。逆に、マックスウェルモデルやフォークトモデル以外の力学モデルも考えられますし、実際の材料は非常に複雑な複素弾性率を持っています。

レオメーター

さて、フォークトモデルやマックスウェルモデルで得られた複素弾性率はバネ定数のような現実の物性値なのでしょうか。微分方程式を解く過程で得られた単なる数学上のパラメータかもしれません。先に議論したように、材料の力学挙動を特徴づける重要なパラメータであることは示唆されていますが、物性値として測定できなければ利用のしようがありません。そこで、複素弾性率を測定する方法を考えてみましょう。

フォークトモデルとマックスウェルモデルの議論で見たように、どのような力学モデルを使うかにかかわらず、応力とひずみは複素弾性率とフーリエ変換を通じて結びつけることができるというのが出発点になります。
\begin{equation}
\Sigma\left(\omega\right)=G^\ast\left(\omega\right)\Gamma\left(\omega
\right)\label{4-13}
\end{equation}
力学測定の基本は、あるひずみを与えたときの応力を測定するというものです。例えば引張試験をイメージすると良いでしょう。引っ張り量(ひずみ)に対して、必要な力(応力)を計測するという具合です。ひずみに対して応力をプロットすると、傾きが弾性率になります。その原理は($\ref{4-13}$)式にも基本的には当てはまります。ただし、($\ref{4-13}$)式はフーリエ空間で示されているので、単純ではありません。しかしながら、単純な刺激に対して応答を観測するという原理は同じです。
$\Gamma\left(\omega\right)$の最も単純な形式はどのようなものでしょう。例えば、ある特定の$\omega$でだけ値を持ち、その他が0であるようなものを考えると良いかもしれません。そのような性質を持つ関数をすでに学んでいます。$\delta$関数です。そこで、$\Gamma\left(\omega\right)$を次のように考えます。
\begin{equation}
\Gamma\left(\omega\right)=\delta\left(\omega-\omega_0\right)
\end{equation}
すると、$\Sigma\left(\omega\right)$は次のようになるはずです。
\begin{equation}
\Sigma\left(\omega\right)=\ G^\ast\left(\omega_0\right)\delta\left(\omega-\omega_0\right)
\label{4-15}
\end{equation}
これは、$G^\ast\left(\omega\right)$から$G^\ast\left(\omega_0\right)$を抜き出して観測する方法を提供します。残念ながら、$\Gamma\left(\omega\right)$はフーリエ空間で定義されているので、僕たちが取り扱うことができる通常の世界とは少し違っています。そこで、$\Gamma\left(\omega\right)=\delta\left(\omega-\omega_0\right)$を逆フーリエ変換して、僕たちが実験で用意できる$\gamma\left(t\right)$の形にしてみましょう。
\begin{equation}
\gamma\left(t\right)=\int_{-\infty}^{\infty}{\delta\left(\omega-\omega_0\right)e^{i\omega t}d\omega}\\
=e^{i\omega_0t}\int_{-\infty}^{\infty}\delta\left(\omega-\omega_0\right)d\omega\\
=e^{i\omega_0t}=\cos{\omega_0t}+i\sin{\omega_0t}
\label{4-16}
\end{equation}
同様に、$\gamma\left(t\right)$に対して観測されるであろう$\sigma\left(t\right)$も計算しましょう。
\begin{equation}
\sigma\left(t\right)=\int_{-\infty}^{\infty}{G^\ast\left(\omega\right)\delta\left(\omega-\omega_0\right)e^{i\omega t}d\omega}\\
=G^\ast\left(\omega_0\right)e^{i\omega_0t}\int_{-\infty}^{\infty}\delta\left(\omega-\omega_0\right)d\omega\\
=G^\ast\left(\omega_0\right)\cos{\omega_0t}+iG^\ast\left(\omega_0\right)\sin{\omega_0t}
\label{4-17}
\end{equation}
さて、($\ref{4-16}$)式や($\ref{4-17}$)式は見通しが悪い上に複素数です。複素数のひずみなんてわけがわかりません。多くの教科書では実部だけに意味を見出すとして、実部を取り出す関数$\mathcal{Re}\left[\cdots\right]$を適用し、ひずみ、応力ともに$\mathcal{Re}\left[\gamma\left(t\right)\right]$、$\mathcal{Re}\left[\sigma\left(t\right)\right]$が観測されるとして片付けています。僕はそういうのが嫌いなので、もう少しちゃんとやります。
\begin{equation}
\mathcal{Re}\left[a+bi\right]=\frac{1}{2}\left(a+bi+a-bi\right)=\frac{1}{2}\left\{\left(a+bi\right)+\left(a+bi\right)^\ast\right\}
\end{equation}
というように、実部を取り出すには、共役複素数を足して2で割ればよいということがすぐにわかります。なので、多くの教科書でつかうひずみとは次ようなものになるでしょう。
\begin{equation}
\mathcal{Re}\left[\gamma\left(t\right)\right]=\frac{1}{2}\left\{\gamma\left(t\right)+{\gamma\left(t\right)}^\ast\right\}\\
=\frac{1}{2}e^{i\omega_0t}\int_{-\infty}^{\infty}\delta\left(\omega-\omega_0\right)d\omega+\frac{1}{2}e^{-i\omega_0t}\int_{-\infty}^{\infty}\delta\left(\omega-\omega_0\right)d\omega\\
=\frac{1}{2}\left\{\cos{\omega_0t}+i\sin{\omega_0t}\right\}+\frac{1}{2}\left\{\cos{\omega_0t}-i\sin{\omega_0t}\right\}=\cos{\omega_0t}
\end{equation}
確かに、このようなひずみなら現実に取り扱うことができるでしょう。我々に必要なのはそのフーリエ変換なので、次の計算をすればよいと思うかもしれません。
\begin{equation}
\Gamma\left(\omega\right)=\int_{-\infty}^{\infty}{\cos{\omega_0t}e^{-i\omega t}dt}
\end{equation}
でも、この積分は難しいんです。逆に、次のようなことを考えてみましょう。
\begin{equation}
\int_{-\infty}^{\infty}{\frac{1}{2}\left\{\delta\left(\omega-\omega_0\right)+\delta\left(\omega+\omega_0\right)\right\}e^{i\omega t}}dt=\frac{1}{2}\left\{e^{i\omega_0t}+e^{-i\omega_0t}\right\}=\cos{\omega_0t}
\end{equation}
ということから、
\begin{equation}
\Gamma\left(\omega\right)=\frac{1}{2}\left\{\delta\left(\omega-\omega_0\right)+\delta\left(\omega+\omega_0\right)\right\}
\end{equation}
ということがわかります。
さて、これを($\ref{4-15}$)式に叩き込んで、逆フーリエ変換しましょう。
\begin{equation}
\sigma\left(t\right)=\int_{-\infty}^{\infty}{\frac{1}{2}\left\{G^\ast\left(\omega\right)\delta\left(\omega-\omega_0\right)+G^\ast\left(\omega\right)\delta\left(\omega+\omega_0\right)\right\}e^{i\omega t}d\omega}
=\frac{1}{2}\left\{G^\ast\left(\omega_0\right)e^{i\omega_0t}+G^\ast\left({-\omega}_0\right)e^{-i\omega_0t}\right\}
\label{4-23}
\end{equation}
さて、$G^\ast\left({-\omega}_0\right)$というのはおかしい気がします。今、$\gamma\left(t\right)$は周期関数で、ωは周期変形の「向き」と「速さ」を意味します。ωの符号が変形の向きだと思うと、負のωは反対方向の変形を意味するでしょう。通常材料においては変形の方向が逆であっても同じ物性が出ないとおかしいですよね。だから、$G^\ast\left({-\omega}_0\right)$の実部は$G^\ast\left(\omega_0\right)$と同じでしょう。しかし、虚部は粘度すなわちひずみの速度からもたらされるので、ひずみの方向が変わると応力の向きも変わるでしょう。だから、$G^\ast\left({-\omega}_0\right)$は$G^\ast\left(\omega_0\right)$の複素共役だと考えられます。このままでは計算がややこしいので、
\begin{equation}
G^\ast \left(\omega\right)=G^\prime \left(\omega\right)+iG^{\prime\prime}\left(\omega\right)
\end{equation}
として、実部と虚部を分けます。
\begin{equation}
G^\ast\left(-\omega\right)=G^\prime \left(\omega\right)-iG^{\prime\prime}\left(\omega\right)
\end{equation}
です。これを($\ref{4-23}$)に叩き込んでみます。
\begin{equation}
\frac{1}{2}\left\{G^\ast\left(\omega_0\right)e^{i\omega_0t}+G^\ast\left({-\omega}_0\right)e^{-i\omega_0t}\right\}\\
=\frac{1}{2}\left(G^\prime\left(\omega_0\right)+\ iG^{\prime\prime}\left(\omega_0\right)\right)\left(\cos{\omega_0t}+i\sin{\omega_0t}\right)+\frac{1}{2}\left(G^\prime\left(\omega_0\right)-\ iG^{\prime\prime}\left(\omega_0\right)\right)\left(\cos{\omega_0t}-i\sin{\omega_0t}\right)\\
=G^\prime\left(\omega_0\right)\cos{\omega_0t}-G^{\prime\prime}\left(\omega_0\right)\sin{\omega_0t}
\label{4-26}
\end{equation}
うまく虚部が相殺されました。ここから、実数のひずみの入力に対して、実数の応力応答があるという当たり前の物理現象がきちんと再現されることが確認できます。
さらに、($\ref{4-26}$)式は$G^\ast\left(\omega\right)$を計測する方法を提供します。材料に対して$\gamma\left(t\right)=\gamma_0\cos{\omega_0t}$のひずみを与えると、応力は$\sigma\left(t\right) =G^\prime\left(\omega_0\right)\gamma_0\cos{\omega_0t}-G^{\prime\prime}\left(\omega_0\right) \gamma_0 \sin{\omega_0t}$という応答をするはずです。その応答を調べてあげれば、$G^\prime\left(\omega_0\right)$と$G^{\prime\prime}\left(\omega_0\right)$を決定することができます。さらに$\omega_0$を変更して同じ実験を繰り返せば、$G^\ast \left(\omega\right)$を実験値として得ることができます。


このような原理で$G^\ast \left(\omega\right)$を測定することを粘弾性測定と呼び、これを実施する測定装置のことをレオメーターと呼びます。かくして、$G^\ast \left(\omega\right)$は理論上のパラメータではなく、実在する物性値ということであることがわかりました。そして、固体と液体の中間的なあらゆる力学を一般化した基本的なパラメータとして$G^\ast \left(\omega\right)$を議論することが可能になりました。

粘弾性スペクトル

バネとダッシュポットの組み合わせに代表されるような弾性と粘性が渾然一体となった力学を粘弾性と呼びます。そして、$G^\ast\left(\omega\right)$あるいは、$G^\prime\left(\omega\right)$と$G^{\prime\prime}\left(\omega\right)$は粘弾性スペクトルと言います。スペクトルというのは分光学の用語で、力学には似つかわしくありませんが、$G^\prime\left(\omega\right)$と$G^{\prime\prime}\left(\omega\right)$はωの関数であり、ωは周波数です。周波数(あるいはそれと等価なパラメータ)を横軸にとるような物性値のことを一般にスペクトルと呼ぶので、$G^\prime\left(\omega\right)$と$G^{\prime\prime}\left(\omega\right)$は立派なスペクトルです。
粘弾性スペクトルの形状は様々なのですが、一般的にはマックスウェルモデルで現れた($\ref{4-12}$)式のような形が多く観測されています。そのため、($\ref{4-12}$)式のような粘弾性スペクトルにはデバイ緩和という特別な名前がついています。そこで、($\ref{4-12}$)式のデバイ緩和の特徴をもう少し詳しく見ていきましょう。
($\ref{4-12}$)式は複素数で見づらいので、実部と虚部に分けて考えます。
\begin{equation}
G^\prime\left(\omega\right)=G\frac{\left(\omega\tau\right)^2}{1+\left(\omega\tau\right)^2}
\label{4-27}
\end{equation}
\begin{equation}
G^{\prime\prime}\left(\omega\right)=G\frac{\omega\tau}{1+\left(\omega\tau\right)^2}
\label{4-28}
\end{equation}
ここで、τは時間の単位を持ち、粘弾性スペクトルの形を決める重要なパラメータであることがわかります。そのためτには緩和時間という特別な名前がついています。まず$G^\prime\left(\omega\right)$に注目します。$\omega\tau$が1よりずっと小さい場合、分母はほとんど1とみなせるでしょう。すると
\begin{equation}
G^\prime\left(\omega\right)\sim G\left(\omega\tau\right)^2\propto\omega^2

\end{equation}
となり、$\omega$が極端に小さくなると、$G^\prime\left(\omega\right)$は$\omega^2$に比例するようになります。逆に$\omega\tau$が1よりずっと大きい場合、分母はほとんど$\omega\tau^2$とみなせます。すなわち、
\begin{equation}
G^\prime\left(\omega\right)\sim G\frac{\left(\omega\tau\right)^2}{\left(\omega\tau\right)^2}\sim const.
\end{equation}
つまり、$\omega$が極端に大きい領域では、$G^\prime\left(\omega\right)$は一定値$G$のことを平衡弾性率と呼びます。同様の方法で$G^{\prime\prime}\left(\omega\right)$の特徴を見ると、
\begin{equation}
G^{\prime\prime}\left(\omega\right)\sim \left\{\begin{matrix}\omega\tau&for\ \omega\tau\ll1\\\left(\omega\tau\right)^{-1}&for\ \omega\tau\gg1\\\end{matrix}\right.
\end{equation}
そして、両者とも$\omega\tau\sim 1$で勾配が変化することがわかります。
また、$\omega\tau\gg 1$では$G^\prime\left(\omega\right)>G^{\prime\prime}\left(\omega\right)$となるため、系は固体の特徴が顕著です。一方、$\omega\tau\ll 1$では、$G^\prime\left(\omega\right)$。
一般に、ひずみと応力の積はエネルギーになります。前節では$\gamma\left(t\right)=\gamma_0\cos{\omega_0t}$のひずみに対し、$\sigma\left(t\right)=G^\prime\left(\omega_0\right)\gamma_0\cos{\omega_0t}-G^{\prime\prime}\left(\omega_0\right)\gamma_0\sin{\omega_0t}$の応力が得られることを示しましたが、ひずみの1周期に要するエネルギーは次式で計算できます。
\begin{equation}
W=\int_{0}^{1\ period}\sigma\left(\gamma\right)d\gamma=\int_{0}^{2\pi/\omega_0}{\sigma\left(t\right)\frac{d\gamma\left(t\right)}{dt}dt}
\label{4-32}
\end{equation}
さらに、具体的な計算をつづけます。
\begin{equation}
W=\int_{0}^{2\pi/\omega_0}{G^\prime\left(\omega_0\right)\gamma_0^2\omega_0\cos{\omega_0t}\sin{\omega_0t}dt}-\int_{0}^{2\pi/\omega_0}{G^{\prime\prime}\left(\omega_0\right)\gamma_0^2\omega_0\sin^2{\omega_0t}dt}\\
=G^\prime\left(\omega_0\right)\omega_0\gamma_0^2\int_{0}^{2\pi/\omega_0}{\frac{\sin{2\omega_0t}}{2}dt}-G^{\prime\prime}\left(\omega_0\right)\omega_0\gamma_0^2\int_{0}^{2\pi/\omega_0}{\frac{1-\cos{2\omega_0t}}{2}dt}\\
=G^\prime\left(\omega_0\right)\omega_0\gamma_0^2\left[-\frac{\cos{2\omega_0t}}{4\omega_0}\right]_0^{2\pi/\omega_0}{-G^{\prime\prime}\left(\omega_0\right){\omega_0\gamma}_0^2\left[\frac{t}{2}-\frac{\sin{2\omega_0t}}{4\omega_0}\right]}_0^{2\pi/\omega_0}\\
=-G^{\prime\prime}\left(\omega_0\right)\omega_0\gamma_0^2\frac{2\pi}{2\omega_0}=-\pi G^{\prime\prime}\left(\omega_0\right)\gamma_0^2
\end{equation}
エネルギーは負の値となり、1周期の変形でエネルギーを失うことがわかります。しかも係数には、$G^{\prime\prime}\left(\omega_0\right)$だけで$G^\prime\left(\omega_0\right)$が消えています。こうした性質から、$G^{\prime\prime}\left(\omega_0\right)$のことを損失弾性率と呼びます。一方、$G^\prime\left(\omega_0\right)$は貯蔵弾性率と呼びます。

緩和

粘弾性スペクトルは別名を緩和スペクトルと言います。緩和時間という語は出てきましたが、緩和というイメージは今のところ一切ありません。あるいは、エネルギーの損失という部分でピンと来る人もいるかもしれません。でもそれは少数派だと思います。
僕たちが緩和という現象に対して抱くイメージというのは、何かが徐々に変化する、というものだと思います。例えば、病気の症状が緩和するというのは、病気の症状が徐々に改善することを指します。病気の症状が緩和する要因は、おおむね治療・投薬・放置でしょう。治療によって緩和すると言う場合、治療後に症状の緩和がみられるので、治療と緩和に因果関係が認められるでしょう。しかし、その時系列が治療時なのか治療後なのかという違いに注意しましょう。もし、治療時に症状の改善があった場合には、単に治る、あるいは良くなる、という表現になるはずです。緩和と言う場合には治療後に継続して改善が見られたということを示唆します。
この違いがもっとはっきり分かるのは、継続的な投薬あるいは放置による緩和の場合です。継続的な投薬では、投薬開始後の状態が維持されます。放置では現状維持です。ある時点を基準にして状態を維持している時に、症状などが改善した場合に緩和という言葉を使います。つまり、基準となるイベント後に、状態を維持しているにもかかわらず、何かが変化した場合のことを僕たちは「緩和」と呼ぶ傾向があるということです。
レオロジーにおいて、僕たちは応力とひずみしか取り扱っていません。ですので、どちらかに変化を加え(イベント)、それを維持した時に、もう一つの方が何らかの変化を示すような現象を見れば、「ああ、確かに緩和だ」と納得できるでしょう。すなわち、あるひずみを加えて、そのひずみを保持し、応力の変化を観察する、というパターンが一つ。もう一つは、応力を加えて、その応力を保持し、ひずみの変化を観察する、というパターンです。前者は応力緩和、後者はクリープという名前がついています。ほかにも様々な実験方法が考えられますが、まずは、名前にも「緩和」とある応力緩和について調べてみましょう。

応力緩和の実験では、最初に瞬間的に所定のひずみを与え、応力を時々刻々測定します。すなわち、
\begin{equation}
\gamma\left(t\right)=\left\{\begin{matrix}0 & t\lt 0\\ \gamma_0&t\ge 0\end{matrix}\right.
\label{4-34}
\end{equation}
です。これをマックスウェルモデル式に叩き込んでみます。
\begin{equation}
\frac{1}{G}\frac{d}{dt}\sigma\left(t\right)+\frac{1}{\eta}\sigma\left(t\right)=\frac{d}{dt}\gamma\left(t\right)=0\ \ for\ t\geq 0
\end{equation}
また$\tau=\eta/G$であることを踏まえると、
\begin{equation}
\sigma\left(t\right)=-\tau\frac{d}{dt}\sigma\left(t\right)
\end{equation}
両辺をフーリエ変換すると
\begin{equation}
\Sigma\left(\omega\right)=-\tau i\omega\Sigma\left(\omega\right)
\label{4-37}
\end{equation}
から、$-i\tau\omega=1$。すなわち、$\omega=-1/i\tau$となります。すなわち、
\begin{equation}
\Sigma\left(\omega\right)=\delta\left(\omega+1/i\tau\right)
\end{equation}
になります。これを逆フーリエ変換して、
\begin{equation}
\sigma\left(t\right)=C_1e^{-it/it\tau}+C_2=C_1e^{-t/\tau}+C_2
\end{equation}
境界条件として、$t=0$ではバネだけが伸びた状態だと考え、$\sigma\left(0\right)=G\gamma_0$。そして、$t=\infty$ではバネの伸びがなくなると考えて、$\sigma\left(\infty\right)=0$とすると、
\begin{equation}
\sigma\left(t\right)=G\gamma_0e^{-t/\tau}
\end{equation}
となります。この式は単調に減少する指数関数で、典型的な「緩和」となっています。この緩和は挙動は明らかに$\tau$が支配的な因子ですが、$\tau=\eta/G$だったことを考慮すると、システム中に弾性と粘性が共存するという設定が究極的な緩和の理由となっています。弾性と粘性の共存の様子は、粘弾性スペクトルで特徴づけられることから、粘弾性スペクトルの存在≒力学応答が周波数依存性を持つことを以って、「緩和」と考えるのです。それがゆえに、($\ref{4-27}, \ref{4-28}$)式で特徴づけられる典型的な粘弾性スペクトルの形状がデバイ緩和と呼ばれています。
さて、応力緩和をフォークトモデルで考えてみましょう。とはいうものの、フーリエ変換するとマックスウェルモデルと同じ形になるというのは前節で議論しました。したがって、($\ref{4-37}$)式は基本的に同じです。ただし、$\tau$の意味は少し違うかもしれません。そこで、一応($\ref{4-2}$)式に戻り、両辺を$G$で割ります。
\begin{equation}
\frac{1}{G}\sigma\left(t\right)=\gamma\left(t\right)+\frac{\eta}{G}\frac{d}{dt}\gamma\left(t\right)=\ \gamma\left(t\right)+\tau\frac{d}{dt}\gamma\left(t\right)
\label{4-41}
\end{equation}
ここで、($\ref{4-34}$)式を見ると、$t\gt 0$では$\gamma\left(t\right)$は一定であり、$\frac{d}{dt}\gamma\left(t\right)$は0です。すると$\sigma\left(t\right)$は一定になりそうな雰囲気があります。しかし、よく考えると$t=0$で$\frac{d}{dt}\gamma\left(t\right)$が$\infty$になるので、やはり緩和挙動を示すだろうことがうかがえます。そして、最終的に($\ref{4-37}$)式に従い、マックスウェルモデルと同じような挙動になるでしょう。ただし、時刻0で応力が$\infty$になるというのは受け入れがたいので、一般的にはフォークトモデルで応力緩和を考えることはしません。

もう一つの別のタイプの実験であるクリープを考えてみましょう。クリープでは応力が入力であり、次のようになります。
\begin{equation}
\sigma\left(t\right)=\left\{\begin{matrix}0&t\lt 0\\ \sigma_0&t\ge 0\end{matrix}\right.
\end{equation}
さて、マックスウェルモデルとフォークトモデルのどちらを採用するかですが、応力緩和におけるフォークトモデルの問題を参考にすると、微分値が∞になることを避けた方がよさそうです。マックスウェルモデルには、$\frac{d}{dt}\sigma\left(t\right)$の項があるので、それがないフォークトモデルの方が適しているかもしれません。$t\geq 0$で($\ref{4-41}$)式を考えると
\begin{equation}
\gamma\left(t\right)+\tau\frac{d}{dt}\gamma\left(t\right)=\frac{\sigma_0}{G}
\label{4-43}
\end{equation}
この微分方程式は右辺が0でないので、非同次形です。この場合は、まず特殊解を無理やし探すのでした。多項式が無難で、微分は1階のみなので、$\gamma\left(t\right)=at+b$の一次式で調べます。
\begin{equation}
at+b+\tau a=\frac{\sigma_0}{G}
\end{equation}
これが恒等的に成立するには、$a=0$、$b=\sigma_0/G$となります。残る同次形部分は、
\begin{equation}
\gamma\left(t\right)+\tau\frac{d}{dt}\gamma\left(t\right)=0
\end{equation}
となるので、一般解を$\gamma\left(t\right)={Ce}^{\alpha t}$とおいて
\begin{equation}
{Ce}^{-\alpha t}+\tau C\alpha e^{\alpha t}=0
\end{equation}
ここから、$\tau\alpha=-1$が得られ、$\gamma t=Ce^{-t/\tau}$が得られます。よって、($\ref{4-43}$)式の解は、
\begin{equation}
\gamma\left(t\right)={Ce}^{-t/\tau}+\frac{\sigma_0}{G}
\end{equation}
ただし、$t=0$で$\gamma\left(t\right)=0$であるような場合、$C=-\frac{\sigma_0}{G}$となるので、
\begin{equation}
\gamma\left(t\right)=\frac{\sigma_0}{G}\left(1-e^{-t/\tau}\right)
\end{equation}
これもある種の緩和曲線を描き、その時間スケールは、またしても$\tau$になります。現実の応力緩和やクリープはこれらとはちょっと違います。というのも、現実の緩和挙動はもっと複雑な力学モデルに対応するからです。

線形応答

実際の力学挙動はもっと複雑なのですが、ある範囲においては、ひずみを半分にしたら応力は半分になるはずだと僕たちは直観します。また、緩和挙動についても、イベントの時刻を1時間遅らせれば、緩和挙動も1時間遅れて生じるはずです。でないと因果関係が破たんしてしまいます。そのような対応関係をもつ現象一般は線形応答と呼ばれ、微小変化の極限では数学的に完全に記述できるということがわかっています。それは線形応答理論として知られています。
線形応答理論では、入力と出力を持つ信号処理装置を考えます。信号処理装置の中身はブラックボックスになっており、正確な仕組みはわからないとします。しかし、信号処理装置である以上、入力がなければ出力もないでしょう。ですので、信号処理装置の定義としてそのような性質を前提条件として受け入れても一般性は失わないでしょう。
また、2倍の入力に対して2倍の出力があると考えてもよいでしょう。出力のレスポンスには何ら制約を設けていませんので、値として信号の遅れなども採用することができます。ですので、このような制約はかなり緩いと思います。入力と出力にこのような基本的な因果関係が認められるとき、この正体不明の信号処理装置の特性は、インパルス応答関数で完全に記述されます。
インパルス応答関数というのは、入力としてインパルスすなわちδ関数のような信号を用いた場合の出力のことを言います。すなわち、入力信号がδ関数の時、出力信号$g(t)$はインパルス応答関数$h(t)$と次式で結びつくということです。

\begin{equation}
g\left(t\right)=h\left(t\right)\otimes\delta\left(t\right)
\label{4-49}
\end{equation}
通常の入力信号は連続的ですが、3章で見たように、短冊に切ってδ関数の列だと考えることができます。すなわち、入力信号$f(t)$は次のようになるということです。
\begin{equation}
f\left(t\right)=\sum_{n=0}^{\infty}f_n\delta\left(t-n\Delta t\right)
\end{equation}
時刻0までは入力信号を考えないとして式を構築しています。これを($\ref{4-49}$)式と合わせて考えると、入力信号$f(t)$に対する出力信号は、次式になるでしょう。
\begin{equation}
g\left(t\right)=h\left(t\right)\otimes f\left(x\right)=\sum_{n=0}^{\infty}f_n h\left(t\right)\otimes\delta\left(t-n\mathrm{\Delta t}\right)=\sum_{n=0}^{\infty}f_nh\left(t-n\mathrm{\Delta tn}\right)
\label{4-51}
\end{equation}
つまり、入力信号の瞬間的な刺激に対して出力信号が持続的で決まった応答をすることがわかっているなら、連続的な瞬間の刺激に対しては、刺激のタイミングに応じた応答が重なり合って出力される、というものです。よく考えると、これはかなり自然な現象です。ほとんどの物理現象は微小な変化に対しては、近似として線形の応答をするものです。それはほとんどの数式でテーラー展開が可能であり、微小な変化に対しては低次の項だけでよい近似が得られるという数学を反映しています。ですので、($\ref{4-51}$)式のような刺激・応答関係はほとんどの現象に適用することができます。
さて、$g\left(t\right)=h\left(t\right)\otimes f\left(x\right)$という式はフーリエ変換すると
\begin{equation}
G\left(\omega\right)=H\left(\omega\right)F\left(\omega\right)
\end{equation}
になります。$G\left(\omega\right)$を$\Sigma\left(\omega\right)$、$F\left(\omega\right)$を$\Gamma\left(\omega\right)$と読み替えれば、$H\left(\omega\right)$は$G^\ast\left(\omega\right)$に相当することがわかります。すなわち、我々が議論してきた一風変わった力学であるレオロジーは、線形応答理論でカバーされるものである、ということです。

さて、前節で応力緩和やクリープを議論しました。それは入力が階段状の刺激であるというもので、取り扱いに工夫が必要で、すこし歯切れが悪い説明にならざるを得ませんでした。別の方法として入力信号の微分を考えます。すると、単純なδ関数になることがわかります。応力緩和であるなら、
\begin{equation}
\frac{d}{dt}\gamma\left(t\right)=\gamma_0\delta\left(t\right)
\end{equation}
フーリエ変換すると、
\begin{equation}
i\omega\Gamma\left(\omega\right)=\gamma_0
\end{equation}
従って、
\begin{equation}
\Sigma\left(\omega\right)=G^\ast\left(\omega\right)\Gamma\left(\omega\right)=\frac{\gamma_0}{i\omega}G^\ast\left(\omega\right)
\end{equation}
これは、$\frac{1}{i\omega}G^\ast\left(\omega\right)$の逆フーリエ変換はある種のインパルス応答関数であり、それを僕たちは応力緩和実験の結果$h\left(t\right)$として観測することになります。、もとは$\frac{1}{i\omega}G^\ast\left(\omega\right)$なので、$G^\ast\left(\omega\right)$は$h\left(t\right)$の微分のフーリエ変換だとわかります。つまり、$h\left(t\right)$の測定は本質的に$G^\ast\left(\omega\right)$の測定と同じであるということです。$G^\ast\left(\omega\right)$が複素数なのに対し、$h\left(t\right)$が実数となっていて、情報量が釣り合っていないという疑問がありますが、それは後ほど説明するKramers-Kronigの関係によって解決されます。
同様にクリープも考えることができます。クリープでは、
\begin{equation}
\frac{\sigma_0}{i\omega}=G^\ast\left(\omega\right)\Gamma\left(\omega\right)
\end{equation}
であり、僕たちは、$\sigma_0/i\omega G^\ast\left(\omega\right)$の逆フーリエ変換を観測します。それはコンプライアンス$J\left(t\right)$と呼ばれる量です。コンプライアンスのフーリエ変換は$G^\ast\left(\omega\right)$の微分の逆数であり、クリープにおいても、本質的に$G^\ast\left(\omega\right)$を測定していることがわかります。

Cole-Coleプロット

線形応答理論が適用できるような典型的な物性の一つに誘電緩和があります。線形応答理論ではインパルス応答関数が中心的な役割を果しますが、物性研究においては緩和スペクトルの方が重視されます。粘弾性でいうところの複素弾性率スペクトル$G^\ast\left(\omega\right)$に相当する複素誘電率スペクトル$\epsilon^\ast\left(\omega\right)$というものが実際に測定されます。それはレオロジーとちょうど同じような測定原理によります。レオロジーと同様にデバイ型の緩和がしばしば観測されます。レオロジーのスペクトルはかなりブロードで測定範囲も広くないのですが、誘電緩和スペクトルは起源が比較的シンプルで、測定範囲も広いという特徴があります。そのため、誘電緩和スペクトルの研究はむしろ進んでいます。
誘電緩和スペクトルの解析においてしばしば行われるプロットにCole-Coleプロットというものがあります。誘電緩和スペクトルも実部と虚部があり、次式のように定義しましょう。
\begin{equation}
\epsilon^\ast\left(\omega\right)=\epsilon^\prime\left(\omega\right)-i\epsilon^{\prime\prime}\left(\omega\right)
\end{equation}
このとき$\epsilon^\prime$に対して$\epsilon^{\prime\prime}$をプロットすると、見事な半円を描くことが知られています。これをCole-Coleプロットと呼びます。
なぜ半円を描くのでしょうか?詳細は省きますが、単一のデバイ緩和における誘電緩和スペクトルは次式で表されます。
\begin{equation}
\epsilon^\ast\left(\omega\right)=\left(\epsilon_\infty-\epsilon_s\right)\frac{1+i\tau\omega}{1+\left(\tau\omega\right)^2}+\epsilon_\infty
\end{equation}
これはレオロジーの粘弾性スペクトルとほとんど一緒だとわかります。誘電緩和は透過率を測定するので、レオロジーと符号にかかわる部分が逆です。ちなみに、レオロジーは(エネルギーの)吸収を測定しています。ここから$\tau\omega$を消去するようにしばらく計算すると、次式を得ます。
\begin{equation}
\left\{\epsilon^\prime-\frac{1}{2}\left(\epsilon_\infty-\epsilon_s\right)\right\}^2+\left\{\epsilon^{\prime\prime}\right\}^2
=\left\{\frac{1}{2}\left(\epsilon_\infty-\epsilon_s\right)\right\}^2
\end{equation}
この式の導出はちょっと難しいのですが、この式が成立することを確かめるのは簡単です。この式は原点を通り$\epsilon_\infty-\epsilon_s$を直径とする半円になることがすぐにわかります。実は、粘弾性スペクトルも$G^\prime$に対して$G^{\prime\prime}$をプロットすると半円のような形になります。ただし、多く場合、つぶれた饅頭みたいにひしゃげます。その理由を説明することはこのテキストの本論から外れます。
さて、粘弾性スペクトルと誘電緩和スペクトルの類似性からわかるように、Cole-Coleプロットのような性質は、線形応答理論の帰結です。逆に線形応答理論に従うようなシステムはすべてCole-Coleプロットのような解析法を試す価値があると結論できます。実際、複素抵抗値インピーダンスの測定においても、Cole-Coleプロットが用いられます。


Kramers-Kronigの関係

さて、応力緩和やクリープの測定では、実数のデータが得られましたが、粘弾性スペクトルは複素数でした。両者の本質は同じもののはずですが、実数と複素数という違いがあり、情報量が合致していません。
実は、線形応答理論に現れる複素数のスペクトルは実部と虚部が独立しているのではなく、相互に強く関連しているということが数学的に証明されています。別の言い方をすれば、実部だけを測定すれば、虚部がわかり、その逆も可能ということです。だから、レオメーターによる粘弾性スペクトルの測定はちょっと「やりすぎ」ということになります。とはいうものの、$G^\primeとG^{\prime\prime}$を相互変換するのは実験的にはすごく難しく、レオロジーの場合には実質的に不可能です。だから、やっぱり僕たちは$G^\prime$と$G^{\prime\prime}$のどちらも測定する必要があります。
さて、$G^\prime$と$G^{\prime\prime}$が相互に結び付いているという数学的な帰結はKramers-Kronigの関係と呼ばれています。かなり難しいのですが、忘備録として書いておきたいと思います。必要が無ければ読み飛ばしてください。

インパルス応答関数$h\left(t\right)$はイベントの前に何かが生じるということを禁止します。イベントの時刻を0にとると、
\begin{equation}
h\left(t\right)=0\ for\ t\lt 0
\label{4-60}
\end{equation}
ということです。$G^\ast(\omega)$と$h(t)$が同じだと述べましたが、$h(t)$にはこのような制約があって、それは$G^\ast(\omega)$に本質的な特徴を与えます。それが、Kramers-Kronigの関係式です。では、($\ref{4-60}$)式をフーリエ変換してみましょう。
\begin{equation}
\mathcal{F}\left[h\left(t\right)\right]=\int_{-\infty}^{\infty}{h\left(t\right)e^{-i\omega t}dt}=\int_{0}^{\infty}{h\left(t\right)e^{-i\omega t}dt}
\end{equation}
です。この方向の計算はいろいろ問題があるので、すこし工夫をします。そのために、
次のような関数を考えます。
\begin{equation}
u\left(t\right)=\left\{
\begin{matrix}0&t\lt 0\\1&t\geq 0 \end{matrix}
\right.
\end{equation}
この$u\left(x\right)$はヘビサイド関数と呼ばれています。これを用いると
\begin{equation}
\mathcal{F}\left[h\left(t\right)\right]=\int_{-\infty}^{\infty}{h\left(t\right)u(t)e^{-i\omega t}dt}
\end{equation}
となります。これは、コンボリューションを使って、
\begin{equation}
\mathcal{F}\left[h\left(t\right)\right]=H\left(\omega\right)\otimes\ U\left(\omega\right)
\label{4-64}
\end{equation}
となります。ここで、ヘビサイド関数のフーリエ変換が必要になるのですが、ちょっとむずかしいので、$u\left(t\right)$を次のように考えます。
\begin{equation}
\frac{d}{dt}u\left(t\right)=\delta\left(t\right)
\end{equation}
こうすると比較的簡単にフーリエ変換できます、
\begin{equation}
\mathcal{F}\left[\frac{d}{dt}u\left(t\right)\right]=i\omega U\left(t\right)=1
\end{equation}
ここから、
\begin{equation}
U\left(\omega\right)=\frac{1}{i\omega}
\end{equation}
となります。ただし、$u\left(t\right)$はδ関数を積分したものなので、積分定数があります。つまり、
\begin{equation}
u\left(t\right)=\int\delta\left(t\right)dt+C
\label{4-68}
\end{equation}
です。$U\left(\omega\right)$においては、$C\delta\left(\omega\right)$の付加項となるはずなので、
\begin{equation}
U\left(\omega\right)=\frac{1}{i\omega}+C\delta\left(\omega\right)
\end{equation}
です。そして、いろんな事情があって、$C=1/2$ということが示されています。というのも、$1/i\omega$だけだと、$U\left(\omega\right)$は原点対称になるので、全空間で積分すると0にりますが、$u\left(t\right)$はそうなりません。専門用語でいうと、invariantが違っていてパーシバルの関係が成立しないということで、まずいわけです。そこで、補正項を付与した次第です。

さて、($\ref{4-64}$)式の計算が可能になったわけですが、この式は実はちょっと奇妙です。つまり、
\begin{equation}
H\left(\omega\right)=H\left(\omega\right)\otimes\ U\left(\omega\right)
\label{4-71}
\end{equation}
になっているのです。ここから、$H\left(\omega\right)$は$U\left(\omega\right)$のコンボリューションに対して不変であることが要請されていると考えられます。とりあえず、($\ref{4-71}$)式の右辺を計算してみましょう。
\begin{equation}
H\left(\omega\right)\otimes\ \left(\frac{1}{i\omega}+\frac{1}{2}\delta\left(\omega\right)\right)=\int_{-\infty}^{\infty}{\frac{H\left(\omega^\prime\right)}{i\left(\omega-\omega^\prime\right)}d\omega^\prime}+\frac{1}{2}H\left(\omega\right)
\end{equation}
これを($\ref{4-71}$)式に代入し、両辺を整理すると、
\begin{equation}
H\left(\omega\right)=2\int_{-\infty}^{\infty}{\frac{H\left(\omega^\prime\right)}{i\left(\omega-\omega^\prime\right)}d\omega^\prime}
\label{4-74}
\end{equation}
が得られます。
$G^*\left(\omega\right)$の時にも論じましたが、$\omega$は周波数を想定したので、負の値は物理的には定義されません。しかしながら、($\ref{4-74}$)式は負の$\omega$に対して$H\left(\omega\right)$が必要になります。そこで、($\ref{4-74}$式において、$\omega$が正の部分と負の部分に分けてあげます。
\begin{equation}
H\left(\omega\right)=2\int_{0}^{\infty}{\frac{H\left(\omega^\prime\right)}{i\left(\omega-\omega^\prime\right)}d\omega^\prime}+2\int_{-\infty}^{0}{\frac{H\left(\omega^\prime\right)}{i\left(\omega-\omega^\prime\right)}d\omega^\prime}
=2\int_{0}^{\infty}{\frac{H\left(\omega^\prime\right)}{i\left(\omega-\omega^\prime\right)}d\omega^\prime}+2\int_{0}^{\infty}{\frac{H\left({-\omega}^\prime\right)}{i\left(\omega+\omega^\prime\right)}d\omega^\prime}
\label{4-75}
\end{equation}
ここで、
\begin{equation}
H\left(-\omega\right)=\int_{-\infty}^{\infty}{h\left(t\right)e^{i\omega t}dt}
\end{equation}
なので、
\begin{equation}
H\left(-\omega\right)=H^*\left(\omega\right)
\end{equation}
であることがわかります。これを用いると、($\ref{4-75}$)式は、
\begin{equation}
H\left(\omega\right)=2\int_{0}^{\infty}{\left\{\frac{H\left(\omega^\prime\right)}{i\left(\omega-\omega^\prime\right)}+\frac{H^*\left(\omega^\prime\right)}{i\left(\omega+\omega^\prime\right)}\right\}d\omega^\prime}\\
=2\int_{0}^{\infty}{\frac{H\left(\omega^\prime\right)\left(\omega+\omega^\prime\right)+H^\ast\left(\omega^\prime\right)\left(\omega-\omega^\prime\right)}{i\left(\omega^2-\omega^{\prime 2}\right)}d\omega^\prime}
\label{4-78}
\end{equation}
さて、$H\left(\omega\right)$は複素数なので、実部と虚部に分けて
\begin{equation}
H\left(\omega\right)=H_{Re}\left(\omega\right)+iH_{Im}\left(\omega\right)
\end{equation}
としましょう。これを($\ref{4-78}$)に代入します。
\begin{equation}
H\left(\omega\right)=2\int_{0}^{\infty}{\frac{-i2H_{Re}\left(\omega^\prime\right)\omega+2H_{Im}\left(\omega^\prime\right)\omega^\prime}{\left(\omega^2-\omega^{\prime 2}\right)}d\omega^\prime}\\
=4\int_{0}^{\infty}{\frac{H_{Im}\left(\omega^\prime\right)\omega^\prime}{\left(\omega^2-\omega^{\prime2}\right)}d\omega^\prime}-4i\int_{0}^{\infty}{\frac{H_{Re}\left(\omega^\prime\right)\omega}{\left(\omega^2-\omega^{\prime2}\right)}d\omega^\prime}
\end{equation}
ここから、
\begin{equation}
H_{Re}\left(\omega\right)=4\int_{0}^{\infty}{\frac{H_{Im}\left(\omega^\prime\right)\omega^\prime}{\left(\omega^2-\omega^{\prime2}\right)}d\omega^\prime}\\
H_{Im}\left(\omega\right)=-4\int_{0}^{\infty}{\frac{H_{Re}\left(\omega^\prime\right)\omega}{\left(\omega^2-\omega^{\prime2}\right)}d\omega^\prime}
\end{equation}
という関係が得られます。この関係式はすべての周波数領域での情報があれば、実部と虚部の相互変換が可能であるということを意味しています。この関係式の存在は、実部と虚部が独立していないことを表すので、本節冒頭で指摘した情報量の不一致を解決します。

2018年2月20日火曜日

ミュータント

誰だって一つや二つのミュータントを持っている

ミュータントというと、遺伝子異常の怪物というイメージがハリウッド映画のおかげて定着してしまっていますが、本来は単に普通とは違う遺伝子の変化で、生物学的には普通のことです。
遺伝子の変化は極めてありふれた現象です。通常はミュータントとは考えませんが、細胞分裂時には染色体末端にあるテロメアと呼ばれる部分が短くなってゆくので、細胞分裂のたびに遺伝子改変が行われています。ガンは遺伝子改変を伴う異常だと考えられていますが、大半のガンは増殖前に免疫システムによって退治されてます。
おそらく、遺伝子の変異は日常的に発生していると思いますが、ある遺伝子の変異が我々が認知するような形質として現れるという確率は極めて低いはずです。というのも、まず変異した遺伝子が増殖し生き延びることという関門があり、それが比較的若い時に生じないといけないという関門があり、さらにその変異が目に見える影響を与えないといけないという関門があります。それらの関門をすべてくぐりぬけて、世代間を伝搬する本物の変異となるのは奇跡だと思います。

連続くしゃみ

僕にはその奇跡が一つ起こっています。僕はくしゃみが連続するという謎の形質があります。平均すると7~8回連続します。物心ついた時には、連続くしゃみが当たり前でした。「1回は風邪、2回は悪い噂・・・」なんていうジンクスがありますが、僕には意味が分かりませんでした。僕は少なくとも5回以上のくしゃみが連続するので、くしゃみが連続することが珍しいこととは思えなかったのです。
僕は連続くしゃみがとても嫌で、可能なら治したいと思っていました。というのも、授業中にくしゃみが始まると、必ず特定されて、くしゃみが止まるまでみんなの注目を浴びるからです。今では、僕がくしゃみを開始すると回数を数えるのが家族の遊びになっています。7回未満だと、風邪の疑いがあるということになっています。
さて、その連続くしゃみですが、どうやら娘にも遺伝しているようです。僕の両親や親類にくしゃみが連続する人はいませんから、僕の特異体質だと思っていました。それが娘にも表れたということは、遺伝形質であって、僕の世代か僕の親の世代の遺伝子変異が原因である可能性があります。

連続くしゃみは犬によくみられます。もしかしたら僕の鼻の内部の何かの性質が犬に似ているのかもしれません。僕は鼻が利きますし、犬にちょっと近いのかも。

他愛無いミュータント

僕の連続くしゃみのような害のないミュータントというのはとてもたくさんあります。眉毛が濃いとか、くせ毛とか。少し大きな影響があるところでは、耳の中が湿っているか、乾燥しているか、という変異が有名です。耳の中が湿っていると、耳そうじに綿棒が必須なので、面倒そうです。ちなみに僕の耳の中は極端に乾燥していますが、娘の耳の中は湿っています。だから、連続くしゃみと耳の乾燥は異なる染色体に起因していると推定されます。耳の乾燥はDNAの塩基1個のみの変異(SNP, Single Nucleotide Polymorphism)とされており、耳の中が乾燥している人はある種の皮膚病にかかりにくいという話があります。

有益かもしれないミュータント

一方、普段は気づかないミュータントもあります。不治の病として有名なAIDSですが、ある種の人々はAIDSにかかりにくいことがわかっています。その人々は中世のペストの大流行を生き延びた人々の子孫であることが知られています。ここから、ペストへの耐性とAIDSへの耐性の両方に共通する遺伝子変異の可能性が推定されます。この変異は、病気にさらされないと顕在化しない形質であるため、普段の生活にはほとんど影響を与えないと考えられています。
逆に、普段は迷惑なミュータントもあります。鎌状赤血球は日本人には少ない遺伝子異常で、血中への酸素取り込み能力が低いために、普段の生活では不利な形質です。症状が重いと治療の対象になるくらいです。しかしながら、鎌状赤血球を持つ人はマラリアへの耐性が高いことが知られています。普段の生活が不利になっても、いざというときの生き残り戦略として生き延びた形質もあるのでしょう。

不利益しか生まないミュータント

僕は糖尿病ですが、僕の糖尿病は普通とはちょっと違っています。僕の父方の祖母は戦争中の物資欠乏時に30代で糖尿病でした。僕の父は40歳のころに糖尿病で倒れました。父の妹(僕の伯母)は30代で糖尿病でした。僕は35歳で糖尿病と診断されました。最初の父方の祖母の直系で糖尿病でないのは、父の姉、伯母の娘、僕の弟です。ここから、およそ50%で糖尿病が30代で発症する家系だと推定されます。50%というのは常染色体遺伝子異常によって発症する遺伝病のMAXの発生確率です。そこから、ある染色体を持っていると確実に糖尿病になるということが推定されます。
20代で糖尿病を発症するのは極めて稀なことから、それに家族性がみられる場合の症例研究が進んでおり、家族性若年性糖尿病(MODY, Maturity onset diabetes of the young)として知られています。複数のタイプが知られており、どの遺伝子に異常があるかが特定されているタイプもあります。僕のケースはMODYに極めて近いのですが、発症が30代なので厳密にはMODYではありません。

糖尿病は今では怖い病気ではありませんが、インスリン療法が一般化する前は致命的な恐ろしい病気でした。MODYのような遺伝子異常が生き残るためには、糖尿病発症前に繁殖しておかないいけません。なので、繁殖期に発症してしまうMODYは生き残りに不利です。なので、MODYは極めて稀です。一方、僕の家系のように30代での発症だと繁殖期がひと段落ついたころに発症となるので、遺伝子異常の伝搬はより容易です。
30代での糖尿病発症だと、世代交代が強制的に進むことになります。つまり、肉体的にピークを過ぎた人を間引くことは、食料の効率分配に対して有利かもしれません。つまり、食料が少ない時代においては集団としての生き残りに有利なのです。また、糖尿病というのはエネルギーである糖分の利用を最適化しすぎた結果、発症する病気だと考えられており、これも食料の窮乏下にあっては極めて生存に有利だと考えられます。僕の出身地はどちらかというと貧農の集落なので、さもありなんという感じです。
昔は有利だった糖尿病の遺伝子ですが、食糧問題が解決した現代においては無用の長物でしかありません。困ったものです。

どこからどこまでがミュータントか

目覚ましい科学の進歩のおかげで、人類はDNAの特定の部分を自由に改変できる技術を手に入れています。Crispr-CAS9と呼ばれている技術を使えば、遺伝子異常を治療することができます。体細胞に対してこれを適用するのにはまだ無理があるようですが、いずれ、それも可能になると思われます。とすれば、我々は我々自身にどの程度までの遺伝子改変を許すべきか、という問題を真剣に議論すべきです。
糖尿病遺伝子ですが、QOL(Quality of Life)に直結するので、治療したいところです。しかしながら、人類全体の生存戦略の一環でそのような遺伝形質が保存されてきた側面があります。個人的には治療対象でしょうが、人類全体としては治療対象とすべきかどうかわかりません。というのも、将来恐ろしい病気が発生し、その病気を生き延びられるのは糖尿病遺伝子を持った人だけ、ということがあり得ます。致命的な遺伝病は排除の対象でしょうが、僕の持つ糖尿病遺伝子は何もしなければ40歳前後で死亡するというものであり、子孫を残すのに十分に可能な形質です。もしかすると、生存競争にはやや不利かもしれませんが、不利であっても生き残っている遺伝形質というのには何らかの深い意味がある可能性があります。今の人類の知識では特定の遺伝形質についてすべての事象を調べることは不可能なので、将来に対する保険として、多少不利な遺伝形質であっても自然に伝搬してゆくことをゆがめるべきではないという考え方もできます。

現状のCrispr-CAS9は人への臨床応用できるほどの安全性は確保されていませんが、近い将来、派生技術がかならず臨床適用されるでしょう。その時、僕たちはどこまで自分たちの遺伝子に関する自由度を得ます。むちゃくちゃ頭が良くなるような遺伝子改変はとっても人気になるんじゃないかな、と思います。あるいは、スポーツ万能になる遺伝子とか、容姿端麗の遺伝子とか、いろいろ考えられます。
スポーツ万能遺伝子を持っていたとしても、オリンピック選手になれるかどうかは別です。持って生まれた有利な形質をたゆまぬ努力で研鑽しないとオリンピック選手にはなかなかなれません。努力することを苦にしないという資質も遺伝子で決まっているかもしれません。努力を惜しまないという資質はほとんどの場合、プラスに働く良い性質です。しかしながら、与えられた環境で最善を尽くすという資質かもしれません。その場合、環境を自ら改善し、さらに上のレベルを目指すというイノベーター気質とは相いれないかもしれません。
ある場合に良いと思われた形質も、別の観点からは好ましくないということがあり得ます。実際の人生で特定の形質について有利不利を事前に知ることはほとんど不可能です。だからこそ、生物は有性生殖による遺伝子形質のたゆまぬ混合という生存戦略を採用しています。個体として優れた形質を極めるのではなく、多様性を担保してあらゆる事態に対応しようとしているのです。
人類の歴史を紐解くと、頭の良い人たちはたくさんいました。でも頭が良すぎると人づきあいが不得手だったりします。そのため、天才たちの多くは孤独な人生を送っています。頭が良すぎるとなかなか幸福になれないというのは事実です。それでも頭がよくなりたいでしょうか。
頭の良さもいろいろなタイプがあります。記憶力が良い、計算が速い、機転が利くなど、それぞれで必要とされる形質が少しずつ違います。ある形質どうしは両立しないかもしれません。遺伝子操作によってつくられる「天才」は同じ技術によって複製が可能です。「天才」の尺度の一つであるレア度は下がるでしょう。それはもはや「天才」とは言えないかもしれません。

自然発生的なミュータント

SNPと呼ばれる塩基対1個の変異は発生確率が低いことがわかっています。一方で、変異確率がずっと高いタイプも知られています。その一つはマイクロサテライト多型というものです。
DNAにはタンパク質の情報をコードした部分(エクソン)とそれ以外の部分(イントロン)に分類されます。イントロンには、3~数十塩基対の基本パターンをかなりの数繰り返すものが多く存在します。そして、その繰り返し数の多い少ないの違いで、病気になる場合があることがわかっています。そのような繰り返しのことをマイクロサテライトと呼びます。マイクロサテライトでは遺伝子のコピーミスが多く発生することがわかっています。その原因は繰り返しが多くなるとコピー時に飛ばしたり重複したりしやすくなるのだと理解されています。そのようにして導入される遺伝子変異のことをマイクロサテライト多型と呼びます。
マイクロサテライト多型の多くは遺伝子の発現量に少しの影響与えるだけだけなので、あからさまな形質の変化はもたらしません。でも、そのような変異は一卵性双生児においてすら存在すると言われています。
ガン細胞は遺伝子変異によって発生するという説があります。普段は免疫システムによって問題になることはないですが、我々の体の中では毎日のようにがん細胞が発生していると考えられています。遺伝子変異というのは日常的なのです。そして、我々は日常的に遺伝子の変異を試しながら生活をしているのです。だから、ミュータントというのは怖いものではないと考える人たちも多くいます。その主張を認めれば、遺伝子を直接変異させるような技術は、どんどん使って構わないということになります。

僕自身はとても保守的な考えの持ち主なので、人工的に遺伝子を改変するということには否定的です。でも、ある時点において、僕たちはその選択を迫られると思っています。
僕たちは形而上学的な人格である以前に、生物学的にヒトです。ご飯を食べて、うんこをする生き物です。効率的でないからと言って、ご飯を禁止する、衛生的でないからうんこを禁止する、なんて法律は無理に決まっていますが、無理なのは僕たちがどうしようもなく生物だからです。
「死」はかわいそうだし、恐ろしいものだから、「生存権」を基本的人権の中に含めています。しかし、医学の進歩によって、心停止は「死」ではなくなりました。心臓が停止しても、人工心肺によって生命を維持できます。今はまだギリギリ「生」と「死」を医学的に定義出来ていますが、人工心肺のような技術を突き詰めると、僕たちは死ねなくなるでしょう。その時僕たちは、生物としてのヒトをベースにした哲学から脱却し、永続的な人格の集合体こそ人類だと考えるようになるかもしれません。であれば、肉体に関するあらゆる改変は許されるでしょう。
もし人類がさらに進歩し、外宇宙に進出するようになるなら、地上での生活に適用したヒトとしての肉体は、邪魔になるかもしれません。あるいは、長期の宇宙空間での生活に耐えることができるように様々な肉体的改造が施されるでしょう。例えば、代謝を極端に遅くして、ゆっくりとしか動けないけど、寿命が1万年とか。おそらく、恒星間旅行には必須の特性です。宇宙での生活に適用してゆけば、長い時間の果てにそのような形質を獲得するでしょう。であれば、それを人工的にはやめても問題はないだろう、と考えるようになるかもしれません。そんな世界はずっと先だと思いますが、もしかすると案外早いかもしれません。






2018年2月11日日曜日

西川式微分方程式3章

フーリエ変換

フーリエ変換を勉強すると、懐かしの例題1を一般解の導入なしに、決定論的に解くことができます。ようやく、とりあえずの目標を達することができます。

フーリエ級数の複素数への拡張

フーリエ級数展開をもう一度書くと、
\begin{equation}
f\left(x\right)=a_0+\sum_{n=1}^{\infty}\left\{a_n\cos{nx}+b_n\sin{nx}\right\}\label{fourierseries}
\end{equation}
でした。オイラーの公式、$e^{in\theta}=\cos{n\theta}+i\sin{n\theta}$を使うと、
\begin{equation}
\cos{n\theta}=\frac{e^{in\theta}+e^{-in\theta}}{2},\ \ \ \sin{n\theta}=-i\frac{e^{in\theta}-e^{-in\theta}}{2}
\end{equation}
なので、これを ($\ref{fourierseries}$)式に代入すると、
\begin{equation}
f\left(x\right)=a_0+\sum_{n=1}^{\infty}\left\{\frac{a_n-ib_n}{2}e^{inx}+\frac{a_n+ib_n}{2}e^{-inx}\right\}
\end{equation}
さらに、$n$を$\pm \infty$で考えて
\begin{equation}
f\left(x\right)=\sum_{n=-\infty}^{\infty}{c_ne^{inx}}\label{complexfourier}
\end{equation}
と、簡単になりました。$c_n$は一般的には複素数です。$f\left(x\right)$が実数関数の場合には、$c_n=c_{-n}^\ast$という条件が付きます。($\ref{complexfourier}$)式は($\ref{fourierseries}$)式の単純な拡張なので、$c_n$の求め方の基本は、($\ref{fourierseries}$)の$a_n$と$b_n$とほとんど同じですが、複素共役を使います。すなわち、
\begin{equation}
c_n=\frac{1}{2\pi}\int_{-\pi}^{\pi}{f\left(x\right)e^{-in\theta}dx}
\end{equation}
ただし、$n=0$の場合は例外になります。これによって、フーリエ級数が複素数にまで自然に拡張されました。こういうのを「解析接続」と言います。複素数への拡張方法は、議論のやり方で変化し得ます。なので、ほかの方法で複素数に拡張できるかもしれません。でも、このやり方が最も広く受け入れられていますし、使い勝手もよいのです。

周期Lの導入

($\ref{complexfourier}$)式では、基本周期が$2\pi$で固定でした。基本周期を$L$にしましょう。そのためには、$x\gets\frac{2\pi}{L}x$の変換をします。もちろん積分素も同様の変換を受けます、$dx\gets\frac{2\pi}{L}dx$。したがって、($\ref{complexfourier}$)式は、
\begin{equation}
c_n=\frac{1}{L}\int_{-L/2}^{L/2}{f\left(x\right)e^{-i\frac{2\pi nx}{L}}dx}
\end{equation}
となります。注意点は、指数の部分が負になっていることです。係数を求める際には、直交関数系を使うわけですが、複素数に関して「内積」の拡張する際に、ちょっとした理由で共役複素数との積を使う、というルールが追加されます。これを説明するには、複素数と内積についての考察が一揃い必要で、それはそれでちょっとしたストーリーになります。以上より、($\ref{complexfourier}$)式は、
\begin{equation}
f\left(x\right)=\sum_{n=-\infty}^{\infty}{c_n e^{i\frac{2\pi nx}{L}}}\label{generalfourier}
\end{equation}
となって、どのような周期関数にも対応できるようになりました。

級数から積分へ

さて、$q_n=\frac{2\pi n}{L}$を定義すると、$q_n$は、$\Delta q=2\pi L$の間隔でとびとびの値になっていることがわかります。いま、周期Lをどんどん大きくすることを考えてみましょう。すると、$\Delta q$はどんどん小さくなって、そのうち、連続にみなせます。ただ、($\ref{generalfourier}$)式のsummationはたくさんの項が関与することになるので、発散するかもしれません。それを防ぐために、$\Delta q$を掛けて、「面積」みたいなもので、代用しましょう。すなわち、形式的に
\begin{equation}
f\left(x\right)=\sum_{n=-\infty}^{\infty}c_n e^{iqnx} \Delta q \label{7}
\end{equation}
さらに、$L$を大きくして、$\infty$を考えると、いよいよ$q_n$は連続な値になって、$q$としましょう。Summationは積分となり、$\Delta q$は積分素$dq$なります。すると($\ref{7}$)式は、
\begin{equation}
f\left(x\right)=\int_{-\infty}^{\infty}F\left(q\right)e^{iqx}dq\label{8}
\end{equation}
さて、($\ref{8}$)式は逆フーリエ変換の式であり、$F\left(q\right)$ は$f\left(x\right)$のフーリエ変換と呼ばれます。ちなにみ($\ref{8}$)式には、比例係数の違いを考慮したいろいろな流儀があるのですが、僕は、簡単のために比例係数なしを使います。先に逆フーリエ変換が出てきました。フーリエ級数の係数の求め方と同じように考えると、フーリエ変換が次のように導かれます。
\begin{equation}
F\left(q\right)=\int_{-\infty}^{\infty}f\left(x\right)e^{-iqx}dx
\end{equation}
実際に計算する際は、オイラーの公式で展開することが多いです。すなわち、
\begin{equation}
F\left(q\right)=\int_{-\infty}^{\infty}f\left(x\right)\cos{qx}dx+i\int_{-\infty}^{\infty}f\left(x\right)\sin{qx}dx
\end{equation}
フーリエ変換ではしばしば次のような変換を表す記号を使うことがあります。
\begin{equation}
F\left(q\right)=\mathcal{F}\left[f\left(x\right)\right]
\end{equation}

フーリエ変換の性質

フーリエ変換は単なる積分変換です。言い換えると、足し算でできています。なので、足し算に関するすべての性質を継承します。平たく言うと、僕たちに馴染みの演算規則の多くが使えて便利ということです。例えば、
\begin{equation}
k\mathcal{F}\left[f\left(x\right)\right]=\mathcal{F}\left[kf\left(x\right)\right]\\
\mathcal{F}\left[f\left(x\right)\right]+\mathcal{F}\left[G\left(x\right)\right]=\mathcal{F}\left[f\left(x\right)+g\left(x\right)\right]
\end{equation}
さらに、フーリエ変換と逆フーリエ変換は、1対1の対応を保証します。
\begin{equation}
f\left(x\right)=\mathcal{F}^{-1}\left[\mathcal{F}\left[f\left(x\right)\right]\right]
\end{equation}
この性質は1対1写像として知られていますが、このような性質を持つ場合、とても便利なことがあります。すなわち、フーリエ変換後に行った操作と、フーリエ変換しない場合の操作と対応付けることができます。別の言い方をすると、ある演算はフーリエ変換した状態だととても簡単になるので、その演算を実行するためにわざわざフーリエ変換して、演算実行後に逆フーリエ変換した方が楽、という場合があって、そういうことが自在にできる、ということです。具体的には、コンボリューションと微分が、フーリエ変換によって簡単になります。今は説明しませんがコンボリューションという演算は関数同士の積と強く結びつきます。コンボリューションを$\otimes$で書き表すと、以下の関係があります。
\begin{equation}
\mathcal{F}\left[f\left(x\right)\right]\otimes\mathcal{F}\left[G\left(x\right)\right]=\mathcal{F}\left[f\left(x\right)g\left(x\right)\right]\\
f\left(x\right)\otimes g\left(x\right)=\mathcal{F}^{-1}\left[\mathcal{F}\left[f\left(x\right)\right]\mathcal{F}\left[G\left(x\right)\right]\right]
\end{equation}
ちなみに、逆フーリエ変換は、
\begin{equation}
f\left(x\right)=\mathcal{F}^{-1}\left[F\left(q\right)\right]=\frac{1}{2\pi}\int_{-\infty}^{\infty}{F\left(q\right)e^{iqx}dx}\label{invft}
\end{equation}
となります。係数$\frac{1}{2\pi}$はちょっと邪魔な気がしますが、そういうのがちょっとつくということだけ覚えておきましょう。

微分方程式のフーリエ変換による解法

フーリエ変換を利用すると、微分がとても簡単になります。$f\left(x\right)$の微分を考えてみましょう。$f\left(x\right)$の数式がわからないと普通は手も足も出ません。しかし、$f\left(x\right)$が($\ref{invft}$)式のように逆フーリエ変換の形で与えられるということを利用し、$f\left(x\right)$を直接微分する代わりに($\ref{invft}$)式を微分します。
\begin{equation}
\frac{d}{dx}f\left(x\right)=\frac{1}{2\pi}\frac{d}{dx}\int_{-\infty}^{\infty}{F\left(q\right)e^{iqx}dx}=\frac{1}{2\pi}\int_{-\infty}^{\infty}{F\left(q\right)\frac{d}{dx}e^{iqx}dx}\\
=\frac{1}{2\pi}\int_{-\infty}^{\infty}{iqF\left(q\right)e^{iqx}dx=\mathcal{F}^{-1}\left[iqF\left(q\right)\right]}
\label{dFT}
\end{equation}
このようにフーリエ変換を用いると$f\left(x\right)$の具体的な数式がわからなくても形式的な微分が可能になり、微分記号をなくすことができます。
この性質を利用すると、一般解の利用なしに、微分方程式を解くことが可能です。早速、懐かしの1章の例題1を解いてみましょう。

解法1-8

$\frac{d^2}{{dx}^2}f\left(x\right)=-a^2f\left(x\right)$の両辺をフーリエ変換する。
\begin{equation}
\mathcal{F}\left[\frac{d^2}{{dx}^2}f\left(x\right)\right]=\mathcal{F}\left[-a^2f\left(x\right)\right]
-q^2F\left(q\right)=-a^2F\left(q\right)
\end{equation}
非自明な$F\left(q\right)\neq 0$の解に対しては、$q=\pm a$。
すなわち、$F\left(q\right)$は$q=\pm a$の時だけ0でない関数である。

このように完全に演繹的に微分方程式の解が求まりました。これこそ、方程式を解くという感じです。ただし、最後の1行は少し注意が必要です。特定の場所だけ0でない関数というのは普通ではありません。このような関数を使うといろいろ便利であるとして、物理学者のDiracが導入したのが、δ関数です。δ関数は以下のように定義されます。
\begin{equation}
\delta\left(x\right)=\left\{\matrix{\infty&if\ x=0\cr0&elsewhere\cr}\right.
\end{equation}
値が$\infty$だと都合の悪いこともあるのですが、積分値が1であるということで$\delta\left(x\right)$の「高さ」を表します。すなわち、
\begin{equation}
\int_{-\infty}^{\infty}\delta\left(x\right)dx=1
\end{equation}
積分区間は形式的に$\pm\infty$としていますが、$\delta\left(x\right)$のほとんどの領域は0なので、実質的には$\delta\left(x\right)$が0でないところの近傍だけで十分です。
ちょっと見ただけでは使い道のなさそうな$\delta\left(x\right)$ですが、$\delta\left(x-a\right)$のようにすると、値を持つ区間を自由に設定することができます。この例では$x=a$で$\infty$になります。さらに、他の関数との積と組み合わせるととても重要な次の性質が得られます。
\begin{equation}
\int_{-\infty}^{\infty}\delta\left(x-a\right)f\left(x\right)dx=\int_{-\infty}^{\infty}\delta\left(x-a\right)f\left(a\right)dx=f\left(a\right)
\end{equation}
途中で$f\left(x\right)$を$f\left(a\right)$に書き換えていますが、これこそ$\delta\left(x-a\right)$の性質です。$\delta\left(x-a\right)$は$x=a$以外で0ですから、その部分の$f\left(x\right)$をどのように書き換えても結果に影響が出ないという理屈です。
これを使うと、解法1-8をさらに続けることができます。

解法1-8つづき

$F\left(q\right)$は$q=\pm a$の時だけ0でない関数であるので、
\begin{equation}
F\left(q\right)=C_1\delta\left(q-a\right)+C_2\delta\left(q+a\right)
\end{equation}
これを逆フーリエ変換することで次式のように$f\left(x\right)$が得られる。
\begin{equation}
f\left(x\right)=\frac{1}{2\pi}\int_{-\infty}^{\infty}{F\left(q\right)e^{iqx}dq}\\
=\frac{1}{2\pi}C_1\int_{-\infty}^{\infty}{\delta\left(q-a\right)e^{iqx}dq}+\frac{1}{2\pi}C_2\int_{-\infty}^{\infty}{\delta\left(q+a\right)e^{iqx}dq}\\
=\frac{1}{2\pi}C_1e^{iax}+\frac{1}{2\pi}C_2e^{-iax}
\end{equation}

このように今までの解の一般形がきちんと求まりました。

こんなことなら、最初からこのやり方を教えてほしいものですが、実はそうもいきません。というのもフーリエ変換は周期関数にはめっぽう強いのですが、そうでないものにはめっぽう弱いという性質があるのです。弱点の少ない解き方としてラプラス変換を用いた
解法が知られており、5章で紹介します。

微分定理と特性方程式

($\ref{dFT}$)式は微分に関する定理を表わしています。すなわち、$f\left(x\right)$を微分する代わりに、$F\left(q\right)$に$iq$を乗じるということです。これは、元々の世界とフーリエ変換の世界が1対1写像になっていて、それぞれの世界での演算規則が変化することを利用しています。特に、微分に関しては、フーリエ変換の世界は著しく容易になるという利便性があり、それを使って微分方程式を解くということです。1対1写像が保証されているので、どちらの世界の演算を使おうと自由で、必要に応じていったり来たりして構わないということを活用したテクニックです。
1階の微分が
\begin{equation}
\frac{d}{dx}f\left(x\right)=\mathcal{F}^{-1}\left[ iq F\left(q\right)\right]
\label{generallinear}
\end{equation}
で表されるということは、n階の微分は
\begin{equation}
\frac{d^n}{dx^n}f\left(x\right)=\mathcal{F}^{-1}\left[ (iq)^n F\left(q\right)\right]
\end{equation}
となります。1章でも例示しましたが、同次の線形微分方程式の一般形をとりあえず、次のように考えます。
\begin{equation}
\sum_{n=0}^{N} k_n \frac{d^n}{dx^n} f\left(x\right) =0
\end{equation}
これをフーリエ変換すると、
\begin{equation}
\sum_{n=0}^{N} k_n (iq)^n F\left(q\right) =0 \end{equation}
$F\left(q\right)=0$は自明な解であり、$F\left(q\right)\ne 0$だけを問題としましょう。$F\left(q\right)\ne 0$というこうとを利用して、両辺を$F\left(q\right)$で除すると、
\begin{equation}
\sum_{n=0}^{N} k_n (iq)^n =0
\end{equation}
が得られます。いま、$q$はフーリエ変換の世界での横軸であり、実態はあいまいです。そのことを利用し、$iq=t$となる$t$を仮定します。すると、
\begin{equation}
\sum_{n=0}^{N} k_n t^n =0
\end{equation}
が得られます。これは、すなわち、特性方程式です。ここから、特性方程式の背後にフーリエ変換の影がうかがえます。1章でも議論したように、特性方程式は、一般解を $f\left(x\right)=Ce^{tx}$と決め打ちすることでもありました。これだと強引に感じますが、フーリエ変換を経由した説明なら、もう少し違和感が和らぎます。

最後に、ここに示した微分方程式の解法によって、すべての解を検討しつくしているかを考えてみましょう。というのも、僕たちは最後にδ関数を使いました。ここにあいまいさが残っていないかどうか確認しておかないといけないのです。

$F\left(q\right)$は連続関数をイメージしていましたが、2章で連続関数を棒グラフに見立てたように$F\left(q\right)$を短冊にして考えることができます。
\begin{equation}
F\left(q\right)=\lim_{\Delta q\rightarrow 0}\sum_{n=-\infty}^{\infty}F_n \delta\left(q-n\Delta q\right)
\end{equation}
こうすると、$F\left(q\right)$はどんな関数であっても構わなくなります。$F\left(q\right)$がδ関数の列だと考えれば、解法1-8の後半でδ関数を導入した理由を正当化できます。こういうわけで、フーリエ変換を使って微分方程式を解くと、すべての可能性を検討することになり、解の唯一性が担保されます。

すべての線形微分方程式について

($\ref{generallinear}$)式で線形微分方程式の具体例を示しましたが、この式があらゆる戦役微分方程式を網羅しているとは限りません。すなわち、($\ref{generallinear}$)式で表せない形式の線形微分方程式の存在を否定できません。そこで、微分方程式が線形であるという意味をフーリエ変換の世界で考えてみます。

フーリエ変換での演算規則をおさらいしておきます。
\begin{equation}
\mathcal{F}\left[f(x)+g(x)\right]=\mathcal{F}\left[f(x)\right]+\mathcal{F}\left[g(x)\right]
\end{equation}
\begin{equation}
\mathcal{F}\left[k f(x)\right]=k \mathcal{F}\left[f(x)\right]
\end{equation}
\begin{equation}
\mathcal{F}\left[f(x)g(x)\right]=\mathcal{F}\left[f(x)\right]\otimes\mathcal{F}\left[g(x)\right]
\end{equation}
ただし、コンボリューションは次式で表されます。
\begin{equation}
f(x)\otimes g(x)=\int f(x-x^\prime) g(x^\prime) dx^\prime
\end{equation}
ここから、コンボリューションは計算はやや複雑であるものの、積と和で表されることがわかります。であれば、コンボリューションに関して次のような演算規則が得られます。
\begin{equation}
f(x)\otimes \left(k g(x)\right]=k \left( f(x)\otimes g(x)\right)
\end{equation}
\begin{equation}
f(x)\otimes \left(g(x)+h(x)\right]=f(x)\otimes g(x) +f(x)\otimes h(x)
\end{equation}
ここから、$\otimes$という演算は、ほとんど積と同じだとわかります。そこで、$\otimes$を含む式をコンボリューション多項式と呼ぶことにします。積を複数繰り返す累乗のコンボリューションバージョンは、
\begin{equation}
f(x)\otimes f(x)=\overset{2}{\widetilde{f}}(x) \\
\overbrace{f(x)\otimes f(x)\otimes\dots\otimes f(x)}^n =\overset{n}{\widetilde{f}}(x)
 \end{equation}
重要なことは、微分方程式を$f(x)$の多項式とみなすと、微分方程式のフーリエ変換はコンボリューション多項式になる、ということです。
\begin{equation}
D\left[f(X)\right]=0\\
\mathcal{F}\left[D\left[f(X)\right]\right]=C\left[F(q)\right]=0
\end{equation}
ただし、$D$や$C$はそれぞれ微分方程式とコンボリューション多項式を表します。$D\left[f(X)\right]=0$に対して$f_1(x)$と$f_2(x)$が解として得られたとします。もし$D$が線形だとすると、$f_1(x)+f_2(x)$も解であるはずです。$C$がコンボリューション多項式であるとすると、$C\left[F(q)\right]=0$の具体的な形式は次のようになるでしょう。
\begin{equation}
C\left[F(q)\right]=\sum_{n=1}^{N} k_n(q) \overset{n}{\widetilde{F}} (q)=0
\label{generalconvolution}
\end{equation}
ここで、$f_1(x)$と$f_2(x)$のフーリエ変換をそれぞれ$F_1(q)$と$F_2(q)$とします。すると、
\begin{equation}
\overset{2}{\widetilde{F_1(q)+F_2(q)}}=\overset{2}{\widetilde{F_1}}(q)+\overset{2}{\widetilde{F_2}}(q)+2 F_1(q)\otimes F_2(q)
\end{equation}
となります。これはすなわち、$C\left[F(q)\right]=0$において$\overset{2}{\widetilde{F}}(q)$の項があると、$F_1(q)\otimes F_2(q)$に関する項が余ってくることを意味します。さらに高次のコンボリューション項があれば、もっとひどいことになるでしょう。なので、線形であるためには、($\ref{generalconvolution}$)式において$N=1$でなければならないことがわかります。従って、微分方程式が線形である場合の($\ref{generalconvolution}$)式は、
\begin{equation}
C\left[F(q)\right]=k_1(q) F(q)=0
\end{equation}
となり、$F(q)\ne 0$が存在しうる非自明解では、$k_1(q)$が恒等的に0であることが要請されるということがわかります。ということは、逆にたどると、線形な微分方程式は($\ref{generallinear}$)式になっているはずだ、とわかります。

20世紀半ばまで、微分方程式をアドリブで解くというのは、科学者の必修スキルでした。しかし、微分方程式の理解が進み、解けるタイプと解けないタイプが明らかとなり、解けないタイプは解く努力をするだけ無駄だと考えるようになったのだと思います。そのため、僕たちは解けるタイプの解き方だけしか学ばなくなり、解き方の原理原則が教科書から消えてしまいました。
20世紀後半になると、計算機が発達し、無理やり微分方程式を解くことができるようになりました。その結果、解けないタイプに関する議論は一層価値を失いました。その議論には、普通は解けないんだけど例外的に解けるようなタイプも実は含まれます。そういう議論はいつか役に立つかもしれませんが、すでに多くのノウハウが失われており、そのような微分方程式を解ける科学者は稀少となっています。それは大きな後退・退化だと僕は思います。
ここまで読み進めるとわかったと思いますが、このテキストはかなり丁寧に書いてあるので量が少し多くなっていますが、本質的な議論はそれほど大規模ではありません。フーリエ級数・変換に関する基礎知識があれば、半分くらいの議論を省略できます。2、3の特殊な解法の解説をあきらめれば、このテキストでの議論を通常の講義に組み込めると僕は思います。その効果は多分絶大です。

次章ではその効果を、物理の一般論を例を交えて議論します。

2018年1月21日日曜日

教育と人格形成

うちの大学の場合

僕の勤める大学の学生たちは、とても勤勉で真面目だ。僕には到底まねできない。これほど真面目だったら、もっと勉強ができて、もっと有名な大学に進学していてもおかしくないと思う。
偏差値で言うと60弱くらい。理系なので、文系と比べる場合は偏差値を+3くらいしないといけない(理系は全体の3割であることを考慮)ので、偏差値63相当になる。そうすると、小学校でクラスで1番ではないけど、その次くらいの成績だった子たち、という感じで、インタビューするとその通りだ。
勤勉で真面目で勉強が良くできるのに、大学受験では少し損している、そんな学生たちが集まっている。僕が疑問に思うのは、なぜそんな子たちが大量に存在するのか、ということだ。うちの大学の特徴として、そのような学生ばっかり、というのがとても気になっている。

ちなみに、ここで用いている偏差値は単なる勉強の尺度ではなくて、確率に対応し、どのくらいのセレクションを受けたか、あるいはどのくらいレアかを表す。偏差値は50から10離れるとレア度がおよそ10倍(出現確率が1/10)になる。大学受験で苦しめられた偏差値で話をすると、レア度が生々しくイメージできるので、話題に現実味が出ると思う。

偏差値が60~65というと、結構成績が良い方だと思う。少し良い高校に通っていたはずだ。そうすると高校内での偏差値は55前後と推測される。偏差値55というと、30%くらいの人数が集中する成績だ。すこしテスト成績がよいだけで、席次がグンっと上がる。得点で言えば、60~70点で、少しの勉強量によって10点くらい簡単に変わってくる。だから、定期テストでつねに頑張っていたと推測できる。つまり、一生懸命頑張って勉強して、成績を現状維持してきたのだろう。その結果、真面目で勤勉な人格が形成された、あるいはそれが淘汰されたのだと考えられる。
歴史的にみると、日本の発展はこうした真面目で勤勉な国民性が有利に働いた結果であるとことが大きいので、学校教育がそのような人材育成に最適化しているのだと思われる。

東大出身者の場合

僕は東大の出じゃないのでそんなに多くの人物を知っているわけではないが、僕が出会った東大出身者に関してある種の共通性を感じている。それは、とても真面目で勤勉だということだ。うちの大学の学生たちの特徴とすごく似ているが、東大出身者は真面目さと勤勉さがうちの学生たちの比ではない。真面目を通り越して、愚直とも言うべき域に達している。
東大というのは大学入試において頂点に君臨する。偏差値で言うと75以上ということになるのだろう。偏差値75というのは小中学校くらいだと学校で1番に相当する。クラスで1番でも学年で1番でもない。何年かに1人くらいのレベルで、一般人の場合、これまで出会った中でもっとも勉強が良くできる人物となるだろう。
そのくらいの成績だと、通常のテストでは正確に学力を測定することができなくなる。定期テストだと、軒並み90点以上。5科目合計で480点前後と推定される。間違いの多くは、書き間違い、読み間違い、計算ミス、勘違いであり、運の要素が強くなる。得点アップは難しいが、逆に10点20点ダウンしても席次には関係ない。偏差値は出てくるけれど、統計量が足りないので信頼性が全くない。
このくらいのレベルになると、ミスが我慢ならなくて徹底的に勉強をするか、頑張っても頑張らなくてもあんまり変わらないので勉強に興味をなくすか、の二択になる。僕の知る東大出身者の多くは前者だ。彼らは95点からさらに努力し、100点を目指す。95点を100点にする努力は70点を80点にする努力(うちの学生たちの勤勉さ)の何十倍にも及ぶ。普通の人から見ると、頭がおかしいくらいの勤勉さだ。そういう努力を続けられる人が東大に入るのだと思う。

東大出身者を無敵に思うかもしれないが、そもそもそんなに勉強して100点を目指すことにどれほどの意義があるだろう。勉強はできるかもしれないが、ちょっと頭のねじが緩んでいる印象がある。それが「愚直」という表現につながる。
ある目標があって、それを達成するには膨大な作業が必要だと判明したとき、努力と根性で作業を続け目標達成するという戦略を選択するのが、東大出身者の傾向で、それは彼らの受験勉強の戦略そのものだ。
彼らは、受験勉強での成功体験によって、努力と根性で何でもなんとかなる、と信じているようだ。勝てないことで有名な東大野球部に元巨人の桑田真澄氏がコーチングしたことがNHKで取り上げられたことがある。東大のピッチャーは1日12時間以上練習し、あらゆる球種を投げていたと紹介された。これこそ、東大生の愚直さである。人智を越えたスポ根を続けることができてしまうのが東大生だ。
同じことが科学研究にも言える。東大出身者の研究は、お金や人をかけたものが多い。あるいは、超人的な努力(能力ではない)に立脚したも多い。逆に、知恵を絞ってひねりを入れた研究は不得意のようだ。研究では最終的な目標がわかりやすいものも多い。そういう研究目標は多くの人が取り組んでいるにもかかわらず、達成できていないという状況にある。目標達成できない理由は様々だが、人・モノ・金だったり、作業量だったりする。そういう状況の時、迷わず人・モノ・金や、超人的作業量を選択する傾向が東大出身者に見られる。
すこし前の例になるが、ヒトゲノム計画が理研の主導で実施された。理研はおおむね東大の外研のような感じになっており、理研の研究室のプロジェクトリーダーの多くは東大教授の兼務だ。ご存知のようにヒトゲノム計画では人海戦術のアプローチがとられた。国際的な研究プロジェクトだったが、日本の進捗は芳しくなかった。そうこうしているうちにセレラジェノミクス社に先を越された。セレラ社は人海戦術と並行して、ゲノム解析の自動化技術を推進し、国際プロジェクトチームの10倍もの効率を達成することにより、人的・資金的不利を覆した。自動化技術という選択肢は誰でも思いつくが、自動化しなくても努力と根性で何とかなるなら、努力と根性で何とかしようと考えるのが、東大的な秀才の思考パターンということだと僕は思っている。

僕は仕事柄いろんな企業の方と話をする機会があるんだけど、真面目で優秀だけど使えないというのが東大出身者の評判になっている。例えば、ある仕事を指示すると完璧にこなすんだけど、それを際限なくやり続けるとか、やり終わったらぼーっとしているとか、いう話を耳にする。あるいは、やり方をきっちり教えないといけないとか。こう書くと、まるでできの悪いロボットのようだ。全ての東大出身者が該当するわけでは決してないが、頭が良いはずなのに、知恵よりも努力と根性を選択する傾向があるように思う。

就活での壁

大学生にとって最大のイベントとなっているのが、就活だ。多くの学生はそのときはじめて自分の人材的価値を突きつけられる。真面目に大学に通っていた学生の評価はかなり厳しいことは広く知られている。かつてはバイトやボランティアの経験を重視したが、昨今はみんながそういうことをアピールするものだから、逆にそういうのがないと減点になるかもしれないという雰囲気がある。
企業がのぞむ人材にはいくつかのカテゴリーがある。現状の業務遂行に必要な人材はある程度必要だ。工員、事務員、末端の営業員、こうした業務は真面目にしっかりこなすことが肝要だ。特別の才能は不必要で、真面目に仕事をこなせればよい。当然、給与は相応のものとなる。一般の人が「働く」というイメージに近いので、多くの大学生はそのような職種に就くことを想定しているはずだ。ただ、業務内容にもよるが、大卒である必要はないものも多い。実のところ、そのような人材は比較的容易に調達できるので、わざわざ新卒採用する企業は多くないか、採用するとしても人数は少な目だ。むしろ、喫緊に人材補充が必要な場合を除くと、別枠で採用しておいて入社後の業務成績が芳しくなかった人を割り当てるという戦略をとる企業が多い。そのため、最初からそのような業務を目指す大学生は内定がもらえなくて最後まで余ってしまう。

ひとつの事業が永遠に利益を生むことは極めて稀で、大企業と言えども常に新しい試みを続けていかなければならない。新しい顧客、新しい商品、新しい技術などが常に求められている。そうした新しいことに対応するために、多くの人材が投入されている。それでも新しい何かは容易には見いだせないので、新しい人材を投入することで現状打開を試みる。だから企業は常に新卒を採用し、新陳代謝を目論みる。その場合、新卒採用された新入社員学生には、その会社に何らかの「化学反応」を起こすことが期待される。なので、企業は就職を希望する学生が「化学反応」を起こすポテンシャルを持つのかどうかを見極めようとする。特殊なバイトの経験は何か新しい要素を組織にもたらすかもしれないため、就職で有利に働く。ボランティアに参加する積極性は、現状を打開し新しい何かをもたらす可能性が高い。企業は常に多様性を求めているのだ。
そう考えると、単なる真面目・勤勉な人材は、新卒採用では不利になる。うちの学生たちは、ソニーやトヨタといった超一流の企業からは見向きもされない。東大出身者は期待値が高い分、就職後の評価が高くない。就職市場のミスマッチというような陳腐な言葉で片付けるのは正しくないと僕は思う。

多様性とは逆の教育システム

僕が今の大学に就職して強く感じたのは、講義の出席率が極めて高い、ということだった。僕は講義に出ないことを身上とする学生だったので、びっくりした。そうこうしているうちに、大学生にもっと勉強させろ、という通達を文部科学省が出した。そのため、休講がなくなり、ほとんどすべての講義で出欠確認するようになった。おかげで講義の出席率はさらに向上した。
さて、それによって大学生は勉強するようになったのか?答えは否だ。出欠確認を行うと出席率は向上するが、講義出席そのものが目的となり、講義内容の聴講や理解が目的から外れてゆくという一般的傾向がある。出席率は向上したが、試験成績はほとんど変化がなかった。そして、学習意欲が低下した。
文科省の通達前でさえ、学生たちは「講義さえ真面目に出て単位を取得すれば、卒業出来てバラ色の人生が待っている」と信じて疑わなかった。通達前は研究室での指導によって、そういう幻想を取り除くことができた。けれど通達後は、あまりに強く刷り込みが行われてしまっていて、研究室での修正が効かず、幻想抱いたまま卒業するようになってしまった。「講義さえ真面目に出て単位を取得すれば、卒業出来てバラ色の人生が待っている」というのは、画一的な人材であることを重視する価値観であり、企業が特別望む人材ではない。待っているのは、就活における不採用の嵐だ。「講義さえ真面目に出て・・・」は東大のような有名大学の学生にとってはある程度真実だ。でもそういう人は就職後の評価に苦しむことになる。真面目で得をするのは役人くらいで、だから文科省はそのような通達を出したのだと思ってしまうくらいだ。

「講義さえ真面目に出て・・・」は、大学生に限った話ではない。僕たちは多かれ少なかれ小学校からそれを叩き込まれている。高校生くらいになるとちょっと反発したものだが、今の高校では指定校推薦という制度があって、先生に反抗したり、授業への取り組み態度が悪いと、大学進学に深刻な悪影響がある仕組みなっている。高校生たちは見かけ上従順になり、文科省は大満足だろう。その成功体験を大学に適用しようとしたわけだ。ちなみに、高校生たちは見かけは従順になったが陰湿化し、スクールカーストやいじめの問題につながっている。大学進学を望まない生徒が大半を占める高校では、先生の統率が効かないため、「教育困難校」という問題につながっている。あるいは、先生に対する暴力が稀にニュースで取り上げられている。
極端に言えば、今の高校生は従順を強制されており、そのようなシステムに順応できた人だけが大学に進学できるということなる。彼らにしていれば、大学で最後の最後に従順じゃだめだよ、と言われても、話が違うじゃないか!となるだろう。以前は、大学では大きな自由が与えられて、従順なだけでは生き残れない環境が形成されていた。しかし、文科省の通達によってカリキュラムが厳密適用され、大学においてもカリキュラムに従順でないと卒業できなくなった。その結果、学生たちは従順以外の生き残り戦略を試す機会を失い、いきなり非従順を求められるビジネスの最前線に送られる。ルールが違うので、当然のように連戦連敗となる。

世間は多様な人材を欲しているのか?

そもそも、世間が多様な人材を真に欲しているかは疑わしい。「普通信仰」の記事でも指摘したが、突出した個性は時に不快感につながる場合がある。いや断定してもよい。突出した科学者や芸術家が変人だという例は枚挙にいとまがない。
組織の和を乱さず、多様性をもたらすというのは、相反する事象を同時に実現しようとするものかもしれない。組織の統一性と多様性を同居させることが不可能だと仮定したとき、世間はどちらを選択するだろう?世間というのが緩く結合した大きな組織だと仮定すると、短期的な利益を重視するなら統一性を選択するはずだ。いじめの問題というのは、ちょっとした非統一性を発端にしていることが多いことからも、それは一般的原理として採用してもよいと思う。つまり、組織として存続するためになんらかの共通の価値観が必要であるとするなら、それは多様性を排除する根拠になりうるということだ。
一方、人類の様々な進歩は多様性によってもたらされてきたという歴史的事実もある。ナポレオンとか信長とか、強烈な個性によって人類全体の運命が左右されてきた。英雄とか偉人と呼ばれる人々のことである。彼らは組織に埋没しなかったからこそ、顕著な業績を残してきたのだ。多くの平凡な役人は社会の維持管理に大きな貢献をしてきたにもかかわらず、歴史の教科書にその名が載らないけれど、それに異を唱える人はいないだろう。
科学や芸術の世界でも同様に傑出した業績は、その他大勢とは異なる一部の個性に依存するところが大きい。ニュートンやアインシュタインは誰でも知っている科学者であるが、同時代を生きた科学者たちとは一線を画すると僕たちは認識している。そして、そのような個性が世界を変革してきたと考えている。ニュートンやアインシュタインは生きているうちに評価された幸運な人々だが、業績の評価は死後ずっとあとになってなされることもある。例えば、ゴッホはかなり晩年になってからしか評価されなかったし、宮沢賢治も貧乏で有名だ。僕が敬愛するヘンリー・キャベンディッシュは裕福な貴族であったが、人嫌いの変人だった。キャベンディッシュの研究業績は死後にマックスウェルによって見出され同時代の科学者と比べて数十年先んじていることが判明した。それまでキャベンディッシュは科学者としては無名だった。天才は理解されない、と言うのは簡単だが、その根底には多様性を受け入れにくい人間社会の本質があると思う。

翻って、企業は自らの維持と発展のために多様性を取り込むべきだと考えているはずだ。個人の人生という尺度では、老いや死という終末が用意されているので、ピークを過ぎて事業縮小することは容認される。しかし、法人という不死の「人格」には、老いや死というものは既定路線ではない。そのため、時間経過に伴い事業縮小することは単純には容認されない。常に、学び、成長し、新陳代謝を続けることが求められる。その方法論として多様性は極めて重要だと位置付けられているはずだ。多様性を取り込むことによって、学びと成長が期待できるからだ。しかし、新陳代謝はどうなのだろう?
企業にとっての新陳代謝とは、若い人材を取り込み、年老いた人材を取り除くことだ。経験豊富な老社員を切り捨て、未熟な社員で置き換えると、短期的には必ず損である。しかし、老社員のパフォーマンスは必ず低下するものであり、そのような新陳代謝なくしては長期的な自己保全が不可能なのは自明だ。だからこそ、定年を設定し、一定数の社員を自動的に排除する仕組みが考え出された。

ここから、新陳代謝に関しては短期的不利益を甘受するという覚悟が見える。であるならば、同様の理由で多様性の取り込みによる短期的な不利益を甘受できるだろうか?これはとても難しい問題だ。多様性の価値についての評価法は実際のところ定まっていないからだ。
さて、通常業務の業績では劣るかもしれない多様性担当社員の給与はどのくらいが適性だろうか。日々の業務に不利益があるのだから、低く抑えるべきだという考え方がある。これは障碍者雇用促進法として制度化されている。一方、高く設定すべきだという考え方がある。カルロスゴーン氏などが典型例だ。多くの場合は、一般社員の50~80%程度の給与というのが常識になっているかもしれない。それは派遣社員制度だ。現在の派遣制度は、適切なスキルを持つ人々を安く雇って人件費を抑えようというものだ。広く浸透しているため、派遣社員が持つスキルが一般社員を凌駕することも少なくない。そういうスキルは組織にとっては多様性と考えてもよい。その場合には一般社員よりも高い給与を設定すべきだが、現実にはそんなことはありえない。現在の企業のありようを見ていると、多様性を尊重し取り込むということに対し、本気が見えないと言わざるを得ない。

「ゆとり」肯定論

多様性を尊重するというのは、今は亡きゆとり教育のスローガンだ。ゆとり教育が終了し、もう7年目だ。今の大学1年生は中学校から脱ゆとり世代となっている。中学校からということは本格的な勉強はすべて脱ゆとりということだ。だから、彼らは勉強が良くできる、かもしれない。僕が関わる学生たちはもうちょっと年齢が上の人たちが多いので、本当のところはまだわからない。でも、一つだけ確実に言える変化がある。それは、「元気がなくなった」ことだ。
ほんの数年前まで「完全ゆとり世代」だったが、そのころは講義中のレスポンスが良かったように思う。自由度のある課題に対して、多くの創意工夫がみられた。しかし、今年の新入生は、工夫よりも確実性を優先するようだ。「遊び」が少ない印象だ。
講義中もおおむね真面目で、自由度を与えたときのレスポンスに手ごたえが少ない気がする。僕はパソコンの習熟に関する講義を受け持っているが、明らかにパソコンに触れる機会が減っているようだ。以前はほぼすべての学生が高校でパソコン実習を経験していた。しかし、今の新入生の中にはパソコンに触れたことが無い人が10%程度存在した。これは10年前のレベルだ。脱ゆとりによって、勉強の比重が増し、勉強以外の体験が大きくそがれている可能性を示唆している。

ゆとり教育の多様性をはぐくむという理念は、十分ではなかっただろうけど一定程度の効果があったと僕は思っている。それを極端に改めてしまったため、ゆとり教育の良い面まで否定した格好になっていると思う。
今、脱ゆとりの揺り戻しが来ている。歴史教育では暗記要素の大幅減量が検討されている。あまりに極端な減量に対して批判が殺到しているが、傾向としては悪くはない。今のセンター試験の内容を見るとわかるが、あまりに暗記要素が多いのだ。それを改めるというのは正しい方向性だと思う。しかしながら、歴史などの社会科の内容に対する教育目的・重要性をきちんと議論してから取り掛かるべきだと思う。

ゆとり教育を受けてきた人たちは、先生に対する質問に物おじしない傾向があるように思う。わからなかったら気軽に先生に質問をするのだ。また、実験でうまくいかなかったら、すぐに助けを呼ぶし、手順がわからなかったらすぐにヘルプを求める。少し我慢が足りない気もするが、ホウ・レン・ソウの原則がすでに徹底されているとみることもできる。僕はホウ・レン・ソウが良いとは思っていないけど、一般社会ではホウ・レン・ソウはないよりあった方がよいとみなされている習慣であり、ゆとり教育ではそれが徹底されるような経験を経てきたということなんだと思っている。社会に役立つ人材育成という意味では、ゆとり教育は悪くなかったかもしれない。

僕は中学校や高校に行って主張授業を年に2回ほどおこなっている。以前は非常にレスポンスが良かったんだけど、最近はだんだんとおとなしくなっている。特に、都会の学校ほどレスポンスが悪い。
田舎の中学や高校というのは、非常に広い地域に1校しかない場合が多く、学校を選択する余地がない。そのため、勉強のできる子からできない子まで多様性に富む。その中で切磋琢磨して、たくましい人材が育っているように思う。ただし、試験成績の絶対値はどうしても不利になるかもしれない。一方、都会の中学・高校では選抜試験が実施され、優秀な生徒を集めている。その場合、どうしても人材が均質化する。選抜するということはそういうことだからだ。その結果、どうしても多様性は少なくなる。一方、勉強に関しては競争が激化する。元々そこそこ勉強ができる子の集団を選抜していると、平均値は必ず上昇する。本当にトップの一部を除き、選抜前と比較すると試験点数や偏差値は低下する。それが刺激になって競争が進む。それはある種の教育手法ではあるが、今の中学・高校教育では普段の勉強成績や態度が進学を大きく左右する。ちょっとでも悪目立ちすると不利になるのだ。そのような中では個性を押し殺して集団に埋没したほうが安定した成績を得られる。中学・高校の先生方は個性尊重を意識しているとは思うが、システムが個性を殺すようにできている。
そのような教育を生き抜かなければならなかったため、学生は極めて従順で没個性という生存戦略を選択していると僕は見ている。

まとめ

うちの大学の学生の真面目さ、東大出身者のクレージーなストイックさなどから、置かれた立場や教育環境によって、形成される人格に少なからず影響があると僕は思っています。特に中学校や高校での教育環境はとても大事だと思います。まさに、「孟母三遷の教え」です。そうして形成された人格は一生引きずることになります。こちらはまさに「三つ子の魂、百まで」です。だからこそ、教育は大事だと思うのです。
ほとんどの場合、真面目さ・勤勉さは美徳です。しかしながら、組織の永続性を考えたとき新陳代謝をもたらす多様性は必須であり、組織の上層では特にそれが大事とされています。それなのに日本の会社は旧態然として従順さを優先するような気がしています。それは多様性を尊重するという建前とは真逆な気がします。学生たちの就職状況からそれを強く感じます。
国策として多様な人材育成を推進するというスローガンが掲げられており、その方策の一つがゆとり教育でした。ゆとり教育は廃止されましたが、一定程度の成果があったと思います。その成果がきちんとした評価を得るまでまだ20年かかるにもかかわらず、朝令暮改で脱ゆとりに舵が切られました。多様性尊重の建前とは裏腹に、あらゆる事象が多様性軽視の方向性を示しているように思えてなりません。

2018年1月7日日曜日

西川式微分方程式2章


級数展開


微分方程式で複数の基本解が得られたとして、それらの基本解の一次結合も解になるということは1章で述べました。ある一連の関数がその微分方程式をうまく満たす場合、その一連の関数からなる一次結合すなわち級数は、その微分方程式の解になります。その一連の関数からなる級数が完全直交性という特別な性質を満たすとき、その微分方程式を解く作業は、その級数の係数を決定する作業に帰着します。
で、数学者は千年以上もかけて、そのような一連の関数を模索してきました。我々はその恩恵を受けることで、一般解とは何者か、どのように一般解を選べばよいのか、1章で見てきたやり方ですべての解を網羅できているのか、という疑問に対する答えが得られます。

級数展開を微分方程式に応用してみる

一番なじみのある級数展開はTaylor展開でしょう。
\begin{equation}f\left(x\right)=f\left(a\right)+f\prime\left(a\right)\left(x-a\right)+f\prime\prime\left(a\right)\frac{\left(x-a\right)^2}{2!}+f\prime\prime\prime\left(a\right)\frac{\left(x-a\right)^3}{3!}+\cdots\cdots\label{taylor}\end{equation}

ですね。Maclaurin (マクローリン)展開は、$a=0$の特別な場合を言います。一連の関数としては、$\frac{\left(x-a\right)^n}{n!}$であり、その係数が$f^{(n)}\left(a\right)$になるという風にこの式を理解しましょう。ちなみに、式が出てきたとき、その式の意味をじっくり読みとるというのはとても大事な技術で、習慣にするとよいと思います。
このように、何らかの一連の関数で、与えられた関数(ここでは$f\left(x\right)$)を書きなおすことを、級数展開と呼びます。Taylor展開では、無限の次数まで集めると、近似ではなくなります。すなわち、$f\left(x\right)$を($\ref{taylor}$)式で置きかえることができます。そこで、$f\left(x\right)$の微分を考えます。
\begin{equation}\frac{d}{dx}f\left(x\right)=\frac{d}{dx}f\left(a\right)+\frac{d}{dx}f^\prime\left(a\right)\left(x-a\right)+\frac{d}{dx}f^{\prime\prime}\left(a\right)\frac{\left(x-a\right)^2}{2!}+\cdots+\frac{d}{dx}f^{\left(n\right)}\left(a\right)\frac{\left(x-a\right)^n}{n!}+\cdots \\
 =0+f^\prime\left(a\right)+f^{\prime\prime}\left(a\right)\left(x-a\right)+\cdots+f^{\left(n\right)}\left(a\right)\frac{\left(x-a\right)^{n-1}}{\left(n-1\right)!}+\cdots\end{equation}
となります。ついでにn次微分まで考えてやります。
\begin{equation}\frac{d^m}{{dx}^m}f\left(x\right)=f^{\left(m\right)}\left(a\right)+\sum_{n=m+1}^{\infty}{f^{\left(n\right)}\left(a\right)\frac{\left(x-a\right)^{n-m}}{\left(n-m\right)!}}\end{equation}
となります。で、懐かしの例題1を考えると、
\begin{equation}\frac{d^2}{{dx}^2}f\left(x\right)=f\prime\prime\left(0\right)+\sum_{n=m+1}^{\infty}{f^{\left(n\right)}\left(0\right)\frac{x^{n-2}}{\left(n-2\right)!}}=-a^2\left\{f\left(0\right)+\sum_{n=1}^{\infty}{f^{\left(n\right)}\left(0\right)\frac{x^n}{n!}}\right\}\end{equation}
となります。係数を比較してやって、
\begin{equation}f^{\prime\prime}\left(0\right)=-a^2f\left(0\right)\\
f^{\prime\prime\prime}\left(0\right)=-a^2f\prime\left(0\right)\\
f^{(4)}\left(0\right)=-a^2f\prime\prime\left(0\right)\\
f^{(n)}\left(0\right)=-a^2f^{(n-2)}\left(0\right) \label{taylorsolution}\end{equation}
となります。全然解けていませんが、Tayler展開はあらゆる関数に適用できるので、ここまでの式変形に問題はありません。たまたま、すべてのnについて$f^{(n)}\left(0\right)=-a^2f^{(n-2)}\left(0\right)$を満たすような関数があれば、めでたく解けたことになるでしょう。

ここでの教訓は、任意の関数は級数展開できるということと、級数展開するときに用いる関数系は与えられているので、微分などの計算が実施可能である、ということです。Taylor展開やMaclaurin展開は例題1を解くまでには至りませんでしたが、計算を進めることはできました。

級数展開できる関数系

数学公式集という本があって、難しい数式がたくさん載っているのですが、その中に特殊関数とかの章があり、いろんな級数展開が紹介されています。世の中にはたくさんの級数展開が存在するのです。前節で示したように、与えられた関数に対して、ある条件は課せられることはありますが、いつでも展開できるというのが級数展開の便利さです。そのような級数展開が複数存在するということは、一つの与えられた関数に対して、複数種類の級数展開を考えることができる、ということを意味します。どのような級数展開を使用するのかは、僕たち自身で決めることができます。

少し難しいところで、Bessel(ベッセル)関数を用いたBessel級数展開の話をしたいと思います。ここでは、Bessel関数の中身に対しては立ち入りません。直交性という性質を持ち、級数展開できる、難しいBessel関数というのがあるという紹介です。

Bessel関数は次の微分方程式の一般解として与えられます。
\begin{equation}x^2\frac{d^2}{{dx}^2}f\left(x\right)+x\frac{d}{dx}f\left(x\right)+\left(x^2-a^2\right)f\left(x\right)=0\end{equation}
全然わけわかりません。いろんな説明がありますが、工学的に重要なのは、第一種のBessel関数、いわゆるJ関数と呼ばれるもので、次のようなものです。
\begin{equation}J_n\left(x\right)=\left(\frac{x}{n}\right)^n\sum_{m=0}^{\infty}\frac{\left(-1\right)^m}{m!\mathrm{\Gamma}\left(m+n+1\right)}\left(\frac{x}{2}\right)^{2m}\end{equation}
Γ関数が使われていますが、いわゆるビックリマークとほぼ同じ意味です。ただし、非整数の場合にも定義されています。nは普通は整数なのですが、半整数の場合も考えられてその場合は、球Bessel関数と呼ばれます。その話は別の機会に。
nはいわゆる次数です。Bessel関数の元の微分方程式を変形してやると、
\begin{equation}\frac{d^2}{{dx}^2}f\left(x\right)=-\frac{1}{x}\frac{d}{dx}f\left(x\right)-\left(1-\frac{a^2}{x^2}\right)f\left(x\right)\end{equation}
これは0次微分と1次微分がわかっていれば、2次微分が求まるよ、という意味の数式です。すると、1次微分と2次微分がわかりますから、次のように3次微分が得られます。
\begin{equation}\frac{d^3}{{dx}^3}f\left(x\right)=-\frac{1}{x}\frac{d^2}{{dx}^2}f\left(x\right)-\left(1-\frac{a^2}{x^2}\right)\frac{d}{dx}f\left(x\right)\end{equation}
同様に、次のような漸化式が得られます。
\begin{equation}\frac{d^n}{{dx}^n}f\left(x\right)=-\frac{1}{x}\frac{d^{n-1}}{{dx}^{n-1}}f\left(x\right)-\left(1-\frac{a^2}{x^2}\right)\frac{d^{n-2}}{{dx}^{n-2}}f\left(x\right)\end{equation}
そうやって求めたものが、$J_n\left(x\right)$というわけです。
ベッセル関数には、次のような直交性と呼ばれる性質があります。
\begin{equation}\int_{a}^{b}{J_n\left(r\right)J_m\left(r\right)rdr}=\left\{\matrix{0&if\ n\neq m\cr\frac{b^2}{2}\left\{J_n\left(b\right)\right\}^2&if\ n=m\cr}\right.\end{equation}
ただし、nとmは0以上の整数とします。$rdr$という積分素は$r$が円の半径であるような図形の積分で頻繁に現れます。これを以て、Bessel関数は円筒座標系でうまく記述できるような現象でしばしば使用されます。
こういう直交性があるということは、後述するように級数展開に使用できるよ、ということを意味します。特にBessel関数は、円筒座標や2次元の極座標において、半径方向に級数展開するときに適した関数です。ここでは説明しませんが、nは円周方向の分割数を表しており、これを以て、2次元空間全体を級数展開することができます。

Bessel関数に限らず、特殊関数と呼ばれているものはその根底に微分方程式があり、その微分方程式は微分に関する漸化式と見ることができます。その漸化式を解くことによって、一連の関数を定義することができます。その一連の関数には、それぞれに直交性があります。それ故、級数展開することができます。特殊関数は元々の微分方程式の一般解なので、その微分方程式が持つすべての可能性を網羅しています。なので、特殊関数の級数を考えて、その係数を一意に決定できれば、その微分方程式を解くことになります。数学者はそういう性質を持つ関数群を注意深く探してきました。ここで述べた特殊関数の性質を証明するのはプロの数学者の仕事です。数学は世の中で最も信頼のおける学問ですから、僕らは数学者の仕事を信じて前に進むことができます。

直交性の概念の拡張

一般論として、直交性という性質があれば級数展開できるのですが、ちゃんと直交性を説明していないので、よくわからないと思います。そのあたりの説明を詳しく行います。

直交というのは、「直角に交わっていること」ですので、直交性とは「直角に交わるという性質を持つこと」というのが直接の言葉の意味です。ところが、数学では意味が拡張されて使われます。すなわち、「図形的に直交しているかどうか」ではなく、直交という言葉が元々意味していた「直角に交わっている」という状態を数学で再定義し、再定義された式などに形式的に従うものをすべて直交と呼ぶ傾向にあります。この傾向は直交という言葉に関してだけでなく、他の多くの数学用語に共通します。数学を学ぶ上で障害となるのは、こうした言葉の定義が十分に説明されないことだと思います。

まず、直角に交わっているということを数学で定義しましょう。小学校レベルでは、図形に三角定規の直角部分をあてて、図形の線が沿っていれば、直角と習います。次に直角というのは線が交差していてもよいと習いました。もう少し進むと、三角定規ではなくて分度器をあてて角度を読み、90度であれば、直角であると定義されました。中学校ぐらいから、直交という語が導入されるかもしれませんが、定義自身は変わりません。高校になると、ベクトルが導入され、ベクトルを用いて、
\begin{equation}\vec{a}\bullet\vec{b}=0\end{equation}
と、内積が0になることで、直交を定義しました。ここで初めて式として直交を記述することができたことが、とても重要です。数学にとっては厳密さが重要ですので、式のようなあからさまな形式で、簡潔に記述できると、とても重宝します。ですので、むしろ、ベクトルで定義された直交を、根本的な定義としてよいだろう、とします。

さらに掘り下げて、$\vec{a}\bullet\vec{b}=0$の式が意味するところを考えます。ベクトルというのは厳密にいうと普通の数ではありません。足し算や引き算は定義されますが、掛け算はちょっとあいまいです。その掛け算の一つとして僕たちは内積を良く用います。厳密に言うと内積は掛け算ではありません。掛け算とは、二つの数を「掛けて」一つの数が出てくる操作です。かけられる「数」と答えの「数」は同じ性質をもつものを想定しています。「食べ物」と「食べ物」を掛け合わせても、とりあえずは「食べ物」として成立する、というようなニュアンスです。数学者は「積」の計算方法は「数」の種類に応じて変化するけど、「積」とみなせる計算方法の、共通の性質を大事にしようとします。なので、かけられる「数」と答えの「数」が同じ種類の「数」でなければ、それは「積」といえないのです。また、「積」には、「和」と区別される重要な性質が必要とされますが、その話は、ここでは必要ないので、興味があったら調べてね。
そのように考えると、内積の場合は、かけられる2つの「数」がベクトルで、答えは普通の「数」です。入力と出力が異なるので、「積」とは微妙に性質的に異なるのです。なので、内積は、「積」とは区別されます。もっと言えば、「内積」は「単純な数字ではないもの」同士の演算によって、数字を1個得る、という特別な操作である、ともみなせます。だから、2つのベクトルから数を一個作り出す操作という類型に合致しているから、それを「内積」と呼ぶことにしよう、と考えます。定義→概念ではなくて、概念→定義で考えるということです。そのような主客逆転を自由に行うことこそが数学の極意だと僕は思います。その「内積」の分類を一般化して、2つの「数ではないけど、足し算と引き算が定義されているもの」から数字を一個作り出す操作を内積と考えることにするのです。

そうして一般化された内積を考えた時に、結果として得られる数が0になるとき、元々の2つの「何か」が直交していると、考えます。まとめると、2つの「数ではないけど、足し算と引き算が定義されているもの」から数字を一個作り出し、その数字が0になるとき、元々の2つは直交している、ということになります。「数ではないけど、足し算と引き算が定義されているもの」というのはかなり制約が緩いですし、内積の定義には全く触れていません。ですから、直交という概念はかなり広くなりました。こうして拡張された直交の概念を関数に適用したものが、これから説明する直交性です。

関数における直交と級数展開

バレバレの展開ですが、関数は「数ではないけど、足し算と引き算が定義されているもの」に該当します。直交とは、内積が0であることと定義されたので、まず、内積を定義しないといけません。そのために、関数とベクトルの対応関係について見ていきます。

関数というのは、$f\left(x\right)$のように書かれ、任意のxに対して値が一つ定まるものです。グラフで書くと、横軸にxを取り、縦軸に$f\left(x\right)$をとると、線が一本描かれます。線は上下に波打つものの、x軸方向には、戻ったりしません。

そのグラフを細かな棒グラフで表すことにします。とりあえずx軸方向に等間隔に刻んで、それぞれのxに対して棒を立てます。十分に細かく刻むと、関数$f\left(x\right)$をほぼ再現できます。x軸方向の刻み点を数字の列$\left\{x_i\right\}$として表します。すると棒グラフの高さは、$\left\{f\left(x_i\right)\right\}$とあらわせます。結局数字の列なので、大胆に、$\left\{f_i\right\}$とあらわすことにしましょう。刻み幅を無限に小さくとれば、数列$\left\{f_i\right\}$は関数$f\left(x\right)$に一致するでしょう。


図2-1 連続関数$f(x)$と数列$\left\{f_i\right\}$の関係

数列$\left\{f_i\right\}$の要素数はべらぼうに多いですが、数字が並んでいるという点では次元がべらぼうに大きなベクトルと変わりありません。なので、数列$\left\{f_i\right\}$をベクトル$\left\{f_i\right\}$と読みかえることにしましょう。同じように関数$g\left(x\right)$から作ったベクトル$\left\{g_i\right\}$を持ってくると、足し算や引き算が次のように定義できます。
\begin{equation}f\left(x\right)+g\left(x\right)=\left\{f_i\right\}+\left\{g_i\right\}=\left\{f_i+g_i\right\}\end{equation}
\begin{equation}f\left(x\right)-g\left(x\right)=\left\{f_i\right\}-\left\{g_i\right\}=\left\{f_i-g_i\right\}\end{equation}
ポイントは、暗黙の了解として、x軸方向の刻みベクトル$\left\{x_i\right\}$を共通に用いることです。

関数$f\left(x\right)$の横軸の刻み幅を無限小にして数列$\left\{f_i\right\}$を作り、ベクトルとの類似を指摘するという考え方は、量子力学の議論の中で発明された数学です。量子力学では、関数とベクトルの本質的な類似に基づいて、行列を使ったハミルトニアンの表示とか、波動関数をブラとケットのベクトルで表すディラック形式などでの議論が展開されます。現時点では関数に対して内積を定義するだけですが、後で線形結合についても類似性を指摘します。

関数がベクトルで表示できるとすると、掛け算のようだけど数が一つ得られる演算である内積はほとんど自明なものとして定義できます。
\begin{equation}\left\{f_i\right\}\bullet\left\{g_i\right\}=\sum_{i}{f_ig_i}\end{equation}
この内積の表示を関数で考えると
\begin{equation}\left\{f_i\right\}\bullet\left\{g_i\right\}=C\int f\left(x\right)g\left(x\right)dx\end{equation}
となることがわかります。積分素$dx$は刻み幅です。ベクトル表示の値と対応させるために係数Cが必要になりますが、特に意味はありません。積分表示の場合、厳密には、内積とは呼びません。なので「内積のようなもの」と呼ぶことにします。

直交するとは、内積が0であること、でしたので、関数に対しても、内積のようなものが0になるとき、直交している、ということにします。すなわち、
\begin{equation}\left\{f_i\right\}\bullet\left\{g_i\right\}=C\int f\left(x\right)g\left(x\right)dx=0\end{equation}
です。今、内積のようなものが0かどうかだけが問題なので、Cは0以外なら何でも良い、ということです。

ここでは単純な積の積分として内積のようなものを考えましたが、積分の定義は特に決まっていません。先の例では不定積分のように書いていますが、実際には積分区間を設定しないと数字が定まりません(積分定数が残る)。また、Bessel関数のときのように$rdr$を積分素に使う場合もあります。

Sineとcosineでの検証

抽象的な議論ではピンとこないかもしれませんので、具体例で考えます。直交性を示す関数列で最も有名なものの一つは、 です。良く知られた性質ですが、自然数nとmに対して、
\begin{equation}\int_{0}^{2\pi}{\sin{nx}\sin{mx}dx}=\left\{\matrix{0&if\ n\neq m\cr\pi&if\ n=m\cr}\right.\end{equation}
となります。一応、ちゃんと計算しておきましょう。三角関数の加法定理によって、
\begin{equation}\cos{\left(nx+mx\right)}=\cos{nx}\cos{mx}-\sin{nx}\sin{mx}\end{equation}
\begin{equation}\cos{\left(nx-mx\right)}=\cos{nx}\cos{mx}+\sin{nx}\sin{mx}\end{equation}
となり、下式から上式を引くと、
\begin{equation}\cos{\left(nx-mx\right)}-\cos{\left(nx+mx\right)}=2\sin{nx}\sin{mx}\end{equation}
になります。ですので、
\begin{equation}\int_{0}^{2\pi}{\sin{nx}\sin{mx}dx}=\int_{0}^{2\pi}{\frac{1}{2}\left\{\cos{\left(n-m\right)x}-\cos{\left(n+m\right)}x\right\}dx}\end{equation}
$\int_{0}^{2\pi}{\frac{1}{2}\left\{\cos{\left(n+m\right)}x\right\}dx}$は$n+m$が0でないので、積分値は0になります。$\int_{0}^{2\pi}{\frac{1}{2}\left\{\cos{\left(n-m\right)}x\right\}dx}$は$n-m$が0ときだけ、$\int_{0}^{2\pi}{\frac{1}{2}dx}$となり、積分値は$\pi$になります。

このように、系列を成す関数であって、同じ者同士以外の「内積」が0になる場合、直交関数系列と呼びます。$\sin{nx}$は最もよく知られた直交関数系列です。Bessel関数も直交定理がありますので、直交関数系列になっています。
$\sin{nx}$は少し特別で、同じように直交関数系列である$\cos{nx}$と組になって、さらに直交関数系列になっています。すなわち、
\begin{equation}\int_{0}^{2\pi}{\sin{nx}\cos{mx}dx}=0\ \ for\ all\ n\ and\ m\label{sincos}\end{equation}
\begin{equation}\int_{0}^{2\pi}{\cos{nx}\cos{mx}dx}=\left\{\matrix{0&if\ n\neq m\cr\pi&if\ n=m\cr}\right.\end{equation}
ということです。($\ref{sincos}$)式だけ特別です。
$\int_{0}^{2\pi}{\sin{nx}\cos{mx}dx}=\int_{0}^{2\pi}{\frac{1}{2}\left\{\sin{\left(n-m\right)x}-\sin{\left(n+m\right)}x\right\}dx}$から、$n-m=0$のとき、$\sin{\left(n-m\right)x}$は0になるので、値が残りません。

話が長くなるので、証明はしませんが、昔、フーリエという人が、あらゆる周期関数がsineとcosineの系列の和で記述され得るということを示しました。フーリエ級数展開と呼ばれる考え方です。これを数式で書くと、
\begin{equation}f\left(x\right)=a_0+\sum_{n=1}^{\infty}\left\{a_n\sin{nx}+b_n\cos{nx}\right\}\label{fourieseries}\end{equation}
となります。ただし、周期を$2\pi$とします。先ほどから取り扱ってきた$\sin{nx}$と$\cos{nx}$の一次結合になっています。ある周期関数$f\left(x\right)$が与えられたとして、このように書けるというのがわかっているなら、あとは、係数を決める方法が問題になります。このとき、$\sin{nx}$と$\cos{nx}$が直交系列になっているということがとても大事になります。

ある種の直感によって、$\int_{0}^{2\pi}{f\left(x\right)\sin{nx}dx}$を計算することにしましょう。
\begin{equation}\int_{0}^{2\pi}{f\left(x\right)\sin{nx}dx}=\int_{0}^{2\pi}{\left[a_0+\sum_{m=1}^{\infty}\left\{a_m\sin{mx}+b_m\cos{mx}\right\}\right]\sin{nx}dx}\\
=\int_{0}^{2\pi}{a_0\sin{nx}dx}+\int_{0}^{2\pi}{a_1\cos{x}\sin{nx}dx}+\int_{0}^{2\pi}{a_2\cos{2x}\sin{nx}dx}+\cdots\\
+\int_{0}^{2\pi}{b_1\sin{x}\sin{nx}dx}+\int_{0}^{2\pi}{b_2\sin{2x}\sin{nx}dx}+\cdots+\int_{0}^{2\pi}{b_n\sin{nx}\sin{nx}dx}+\cdots\end{equation}
cosineとsineの積の項は全部0でした。$\int_{0}^{2\pi}{\sin{nx}\sin{mx}dx}=\left\{\matrix{0&if\ n\neq m\cr\pi&if\ n=m\cr}\right.$でしたので、$b_n$の項だけ残って、
\begin{equation}\int_{0}^{2\pi}{f\left(x\right)\sin{nx}dx}=\pi b_n\label{bn}\end{equation}
となります。ここから、$b_n$を決定したければ、$f\left(x\right)$に$\sin{nx}$を掛けて積分し、$\pi$で割ればよい、ということが分かります。$a_0$だけは特別で、
\begin{equation}a_0=\frac{1}{2\pi}\int_{0}^{2\pi}f\left(x\right)dx\label{a0}\end{equation}
となります。


三角波のフーリエ級数展開


あらゆる周期関数が($\ref{fourieseries}$)式のように表せるということを具体例で考えましょう。ふつうの関数では表わしにくい周期関数として三角波を考えてみます。式で書くと以下のようになります。
\begin{equation}
f\left(x\right)=\left\{\matrix{\frac{1}{\pi}x&if\ 0\le x \lt \pi \cr 2 - \frac{1}{\pi}x&if\ \pi\le x \lt 2 \pi \cr } \right.
\end{equation}


図2-2 三角波

簡単のために1周期だけ示してあります。この式をフーリエ級数展開してみましょう。
まずは、($\ref{a0}$)式に従って、定数項を計算します。
\begin{equation}
a_0=\frac{1}{2\pi}\int_{0}^{2\pi}f\left(x\right)dx
=\frac{1}{2\pi}\int_{0}^{\pi}\frac{1}{\pi}xdx+\frac{1}{2\pi}\int_{\pi}^{2\pi}\left(2-\frac{1}{\pi}x\right)dx \\
=\frac{1}{2\pi}\left[\frac{x^2}{2\pi}\right]_0^\pi+\frac{1}{2\pi}\left[2x-\frac{x^2}{2\pi}\right]_\pi^{2\pi}\\
=\frac{\pi^2}{4\pi^2}+\frac{2\left(2\pi-\pi\right)}{2\pi}-\frac{4\pi^2-\pi^2}{4\pi^2}=\frac{1}{4}+1-\frac{3}{4}=\frac{1}{2}
\end{equation}
実は、$\sin{nx}$の項の計算の方が簡単なので、先に$b_n$の項、($\ref{bn}$)式を適用します。
\begin{equation}
b_n=\frac{1}{\pi}\int_{0}^{2\pi}{f\left(x\right)\sin{nx}dx}=\frac{1}{\pi}\int_{0}^{\pi}{\frac{1}{\pi}x\sin{nx}dx}+\frac{1}{\pi}\int_{\pi}^{2\pi}{\left(2-\frac{1}{\pi}x\right)\sin{nx}dx}=\frac{1}{\pi}\int_{0}^{\pi}{\frac{1}{\pi}x\sin{nx}dx}+\frac{1}{\pi}\int_{\pi}^{2\pi}{2\sin{nx}dx}-\frac{1}{\pi}\int_{\pi}^{2\pi}{\frac{1}{\pi}x\sin{nx}dx}
\end{equation}
ここで、難しいところだけ、先に計算してしまいましょう。部分積分のテクニックを使います。
\begin{equation}
\int{x\sin{nx}dx}=-\left[\frac{x}{n}\cos{nx}\right]+\int{\frac{1}{n}\cos{nx}dx}=\left[-\frac{x}{n}\cos{nx}+\frac{1}{n^2}\sin{nx}\right]
\end{equation}
なので、
\begin{equation} b_n=\frac{1}{\pi^2}\left[-\frac{x}{n}\cos{nx}+\frac{1}{n^2}\sin{nx}\right]_0^\pi -\frac{1}{\pi^2}\left[\frac{2}{n}\cos{nx}\right]_\pi^{2\pi} -\frac{1}{\pi^2}\left[-\frac{x}{n}\cos{nx}+\frac{1}{n^2}\sin{nx}\right]_\pi^{2\pi} =-\frac{x}{n\pi^2}(\cos{n\pi}-1)+\frac{x}{n\pi^2}(1-\cos{n\pi})=0\label{tribn} \end{equation}
($\ref{tribn}$)式では1行目に現れる$\sin{nx}$の項はすべて0、中央の項も0です。残りの項も0になります。実は、周期関数$f\left(x\right)$はy軸対称になるので、偶関数です。なので、奇関数であるsineとの積は奇関数となり、$b_n$は自動的に0になるのでした。
最後に$a_n$です。
\begin{equation}
a_n=\frac{1}{\pi}\int_{0}^{2\pi}{f\left(x\right)\cos{nx}dx}=\frac{1}{\pi}\int_{0}^{\pi}{\frac{1}{\pi}x\cos{nx}dx}+\frac{1}{\pi}\int_{\pi}^{2\pi}{\left(2-\frac{1}{\pi}x\right)\cos{nx}dx}\\
=\frac{1}{\pi}\int_{0}^{\pi}{\frac{1}{\pi}x\cos{nx}dx}+\frac{1}{\pi}\int_{\pi}^{2\pi}{2\cos{nx}dx}-\frac{1}{\pi}\int_{\pi}^{2\pi}{\frac{1}{\pi}x\cos{nx}dx}
\end{equation}
ここで、$\int{x\cos{nx}dx}$は奇関数の積分です。多分、消えるのですが、まっとうに計算します。
\begin{equation}
\int{x\cos{nx}dx}=\left[\frac{x}{n}\sin{nx}\right]-\int{\frac{1}{n}\sin{nx}dx=}\left[\frac{x}{n}\sin{nx}+\frac{1}{n^2}\cos{nx}\right]
\end{equation}
より、
\begin{equation}
a_n=\frac{1}{\pi^2}\left[\frac{x}{n}\sin{nx}+\frac{1}{n^2}\cos{nx}\right]_0^\pi-\frac{1}{\pi^2}\left[\frac{2}{n}\sin{nx}\right]_\pi^{2\pi}-\frac{1}{\pi^2}\left[\frac{x}{n}\sin{nx}+\frac{1}{n^2}\cos{nx}\right]_\pi^{2\pi}=\frac{1}{n^2\pi^2}\left(\cos{n\pi}-1\ \right)-\frac{1}{n^2\pi^2}\left(1-\cos{n\pi}\right)=\frac{2}{n^2\pi^2}\left(\cos{n\pi}-1\ \right)
\end{equation}
これではよくわからないので、具体的に計算してみましょう。
\begin{equation}
a_1=\frac{2}{1^2\pi^2}\left(\cos{1\pi}-1\ \right)=\frac{2}{\pi^2}\left(-1-1\ \right)=-\frac{4}{\pi^2}
\end{equation}
\begin{equation}
a_2=\frac{2}{2^2\pi^2}\left(\cos{2\pi}-1\ \right)=\frac{2}{\pi^2}\left(1-1\ \right)=0
\end{equation}
\begin{equation}
a_3=\frac{2}{3^2\pi^2}\left(\cos{3\pi}-1\ \right)=\frac{2}{9\pi^2}\left(-1-1\ \right)=-\frac{4}{{9\pi}^2}
\end{equation}
\begin{equation}
a_4=\frac{2}{4^2\pi^2}\left(\cos{4\pi}-1\ \right)=\frac{2}{{16\pi}^2}\left(1-1\ \right)=0
\end{equation}
すなわち、$n$が偶数のとき$a_n=0$で、奇数のとき、$a_n=-\frac{4}{n^2\pi^2}$です。これをまとめると、
\begin{equation}
f\left(x\right)=\frac{1}{2}-\sum_{n=odd}^{\infty}{\frac{4}{n^2\pi^2}\cos{nx}}=\frac{1}{2}-\sum_{n=1}^{\infty}{\frac{4}{\left(2n-1\right)^2\pi^2}\cos{\left(2n-1\right)x}}
\end{equation}
となります。

級数展開の一般論

フーリエ級数展開において、重要だったのは関数$f\left(x\right)$がフーリエ級数で展開できるという前提条件と、級数の項である$\sin{nx}$と$\cos{nx}$が直交系列になっているということでした。「フーリエ級数展開が可能」とはフーリエ級数で$f\left(x\right)$が再現できるという確証があるということです。その確証を示すのはちょっと難しいのですが、数学者が証明しているので、信じてよいでしょう。フーリエ級数のように、あらゆる関数が級数展開で再現できるような直交関数系列のことを完全直交関数系とよびます。
$\sin{nx}$と$\cos{nx}$では自分自身との積分が1になりませんでしたので、πの係数がありましたが、最初から$\frac{1}{\sqrt\pi}\sin{nx}と\frac{1}{\sqrt\pi}\cos{nx}$ にしておけば、係数は必要ありません。そのような係数の調整を行ったものを「正規」と呼ぶこともあります。ある関数系列$\phi_n\left(x\right)$ が与えられて、正規完全直交系になっているとします。つまり、
\begin{equation}
\int{\phi_n\left(x\right)\phi_m\left(x\right)dx=\left\{\matrix{1&if\ n=m\cr 0&if\ n\neq m\cr}\right.}
\end{equation}
であって、関数 が
\begin{equation}
f\left(x\right)=\sum_{n=1}^{\infty}{{C_n\phi}_n\left(x\right)}
\end{equation}
のように展開でき、そのときの係数は、
\begin{equation}
C_n=\int{f\left(x\right)\phi_n\left(x\right)dx}
\end{equation}
で与えられるということです。なぜなら、
\begin{equation}
\int{f\left(x\right)\phi_n\left(x\right)dx}=\int{\left[\sum_{m=1}^{\infty}{{C_m\phi}_m\left(x\right)}\right]\phi_n\left(x\right)dx}=\sum_{m=1}^{\infty}{C_m\int{\ \phi_m\left(x\right)\phi_n\left(x\right)dx}}\\
=C_1\int{\ \phi_1\left(x\right)\phi_n\left(x\right)dx}+C_2\int{\ \phi_2\left(x\right)\phi_n\left(x\right)dx}+\cdots+C_n\int{\ \phi_n\left(x\right)\phi_n\left(x\right)dx}+\cdots
=C_n
\end{equation}
となるからです。
内積に相当する積分の定義は、関数系によって異なりますが、一般論として、完全直交系であれば、級数展開に用いることができます。

先に紹介したBessel関数も完全直交系になっています。なので、Bessel関数を級数展開に用いることができます。Bessel関数でも触れましたが、級数展開できる関数系列には元となる微分方程式が存在します。その微分方程式は、関数系列の漸化式として用いることができるので、無限の項ができます。無限の項を用いれば、どんな関数でも級数展開することができます。

級数展開を一般解にする

完全直交系の関数列があると、「条件に合うすべての関数」を級数の形で書き表すことができます。これを微分方程式に代入し係数の条件を決めるということは、「条件に合うすべての関数」の中から微分方程式を満たすものを選び出すという作業にほかなりません。つまり、「条件に合うすべての関数」という制約はあるものの、僕たちがイメージする「微分方程式を解く作業」そのものなわけです。 最もなじみ深い級数展開であるフーリエ級数を用いて具体例を示したいと思いますが、($\ref{fourieseries}$)式のフーリエ級数は周期が$2\pi$に限定していたので、周期を$L$に拡張したいと思います。とは言うものの、簡単です。
\begin{equation}
f\left(x\right)=a_0+\sum_{n=1}^{\infty}\left\{a_n\sin{\frac{2\pi n x}{L}}+b_n\cos{\frac{2\pi n x}{L}}\label{FSL}\right\}
\end{equation}
これを懐かしの1章の例題1、$\frac{d^2}{{dx}^2}f\left(x\right)=-a^2f\left(x\right)$、に代入してみます。
\begin{equation}
\frac{d^2}{{dx}^2}f\left(x\right)=\frac{d^2}{{dx}^2}\left[a_0+\sum_{n=1}^{\infty}\left\{a_n\sin{\frac{2\pi n x}{L}}+b_n\cos{\frac{2\pi n x}{L}}\right\}\right]=-\sum_{n=1}^{\infty}\left\{a_n\left(\frac{2\pi n}{L}\right)^2\sin{\frac{2\pi n x}{L}}+b_n\left(\frac{2\pi n}{L}\right)^2\cos{\frac{2\pi n x}{L}}\right\}=-a^2\left[a_0+\sum_{n=1}^{\infty}\left\{a_n\sin{\frac{2\pi n x}{L}}+b_n\cos{\frac{2\pi n x}{L}}\right\}\right]
\end{equation}
係数を比べると、
\begin{equation}
\left(\frac{2\pi n}{L}\right)^2=a^2
\label{2-46}
\end{equation}
であることがわかります。係数が消えて、周期に関する条件になりました。また、($\ref{2-46}$)式に$n$が含まれていることから単に周期に関する条件ではなくて、特定の項だけが選択されることになります。つまり、周期の選び方にかかわらず、級数ではなくて、$\frac{2\pi n}{L}=\pm a$を満たす項だけが解である、ということです。こんなことになるのは、sineやcosineの特別な性質です。本来ならば、(\ref{taylorsolution})式のように条件が延々と続くのですが、sineやcosineは微分を行っても項の基本的な形が変化しないので、級数の項が簡単に整理できるのです。
級数の項が整理できるかどうかは保証されませんが、このようなテクニックはすべての級数で使えます。そして、我々が良く知る$C\sin{\omega x}$や$C\cos{\omega x}$といった一般解は、($\ref{FSL}$)式で行った計算法の省略版なのです。
sineやcosineは微分しても級数の次数が変化しないという特別な性質があります。なので、級数のすべての項を考える必要はなく、一般化した$C\sin{\omega x}$や$C\cos{\omega x}$という項を調べるだけで充分だというのです。つまり、どうせ$\frac{2\pi n}{L}$の条件を見つける作業になるのだから、$\frac{2\pi n}{L}=\omega$と置いてやれば、全部の項を調べたことと同じだということです。
もちろんこれはフーリエ級数の特徴であり、フーリエ級数に関係のない関数を使った場合にはうまくいきません。例えば、$C\tan{\omega x}$とか$ C\log{\tau x}$なんて関数は一般解として使えないということがこれで説明できます。
僕たちが知っている微分方程式の解法はフーリエ級数を一般解に用いた場合の省略形だったということがこれでわかりました。フーリエ級数を一般解に用いると、すべての周期関数について網羅的に調べることができます。逆に、周期関数以外の場合に「もれ」がある可能性を否定できません。しかしながら、周期が不定なので、実質的にほとんどの関数をカバーでき、実質上問題になることはありません。

エルミート多項式による解法

さて、フーリエ級数以外を用いて微分方程式を解いてみましょう。ほとんどの級数の微分は複雑で扱いが大変なのですが、比較的簡単なものにエルミート多項式があります。
エルミート多項式は、次式の微分方程式の解として与えられます。
\begin{equation}
\left(\frac{d^2}{{dx}^2}-2x\frac{d}{dx}+2n\right)H_n\left(x\right)=0
\end{equation}
ちょと複雑ですが、次式のように表されます。
\begin{equation}
H_n\left(x\right) =n!\sum_{m=0}^{\left\lfloor n/2\right\rfloor}\frac{\left(-1\right)^m\left(2x\right)^{n-2m}}{m!\left(n-2m\right)!}
\end{equation}
ただし、
\begin{equation}
\left\lfloor\frac{n}{2}\right\rfloor=\left\{\matrix{\frac{n}{2}&n:even\cr\frac{n-1}{2}&n:odd\cr}\right.
\end{equation}
エルミート多項式にはいくつかの公式があるのですが、とっても便利なのが、次式です。
\begin{equation}
\frac{d}{dx}H_n\left(x\right)=2nH_{n-1}\left(x\right)
\end{equation}
これを使って例題1を変形していきます。
\begin{equation}
\frac{d^2}{{dx}^2}\sum_{n}{C_nH_n\left(x\right)}
=\sum_{n}{C_n\frac{d}{dx}2nH_{n-1}\left(x\right)}\\
=\sum_{n}{4n(n-1)C_nH_{n-2}\left(x\right)}
=-a^2\sum_{n}{C_nH_n\left(x\right)}
\end{equation}
これを$H_{n-2}\left(x\right)$で整理すると、次式を得ます。
\begin{equation}
4n(n-1)C_nH_{n-2}\left(x\right)=-a^2C_{n-2}H_{n-2}\left(x\right)
\end{equation}
あるいは、$H_n\left(x\right)$の係数を取り出して
\begin{equation}
4n(n+1)C_{n+2}=-a^2C_n\left(x\right)
\end{equation}
この式は漸化式になっているので、境界条件に応じた係数$C_n$を低次から順に決めることができます。少し複雑になっていて、漸化式を永遠に追跡しないといけないですが、どうにかこうにか微分方程式を解くことができます。フーリエ級数を用いた場合に比べて手間も労力もかかりますが、解けることは解けます。エルミート多項式を用いる場合は、まだまだ楽な方です。別の級数を用いると、係数が発散して、見通しがとても悪くなります。でも原理的にはあらゆる級数で同じ方法を用いて微分方程式を解くことができます。

一般にはこうした方法を使わないわけですが、それには理由があります。それは苦労して得た式は、楽な方法で得た式と実質的に同じであることが理由です。

級数関数と微分方程式

エルミート多項式を用いた解法で重要な役割を果たしたのは、元になる微分方程式があることです。元になった微分方程式と解きたい微分方程式の形が似ている場合は、チャンスです。その級数展開が利用できる可能性が高くなります。そして、それこそが数学者が千年をかけて微分方程式を研究してきた理由といえます。一般に、常微分方程式の完全な解は級数展開の形で与えられ、完全直交系になります。そして、級数展開はそれぞれの項が1次独立で、級数展開はそれらが線形結合したものです。それぞれの項の係数は、独立に決められるので、各項を次元に見立てることができます。この性質を持って、微分方程式の解となる級数展開のことを、「微分方程式が張る空間」と呼びます。級数展開にいろんな条件がある場合があります。フーリエ級数展開では、周期関数という条件があります。ベッセル関数展開では、系が極座標表示しやすいことが緩い条件といえます。

どのような級数を選ぶかは全く任意です。一つの関数に対して、複数の級数展開を考えることができます。級数展開の選択は、その背後にある微分方程式の選択に通じます。ある級数で展開した時に、高次項が消えるようなことがあります。俗に、「うまく展開できる」とか言ったりします。ということは、その関数は元の微分方程式と何らかの関係を持っている、と考えることができます。逆に、元の微分方程式と関係がある状態のすべてを級数展開が表しているとも言えます。
級数展開を微分方程式に応用する場合、うまく項の数が制限できれば成功、と考えることができます。項の数が整理できずに延々と計算しなければならない場合は、別の級数展開を探した方が良いかもしれません。

微分方程式を解くためにどのような級数展開を選択するかには任意性があります。どの級数展開を選択したとしても、得られる解は実質的に同じです。しかしながら、単純な式になれば見通しがずっとよくなります。見通しの良い解があると、その微分方程式の性質を深く理解できるようになります。
僕たちの実益という点ではこれで十分ですが、(疑問2:一般解以外の解は存在しないのか?)については、 イエス・ノー半々という、中途半端な結論になります。つまり、級数展開の選択によって、解の見た目が変わりうるということです。これは実は哲学に通じる事象です。自然科学は自然の真理の探究が目的ですが、複数の解を許すということは複数の真理を認めるということです。数学ではそれでよいかもしれません。でも、物理や化学や生物という分野ではそれは受け入れがたいことです。しかしながら、多くの自然現象が微分方程式で記述できる以上、我々は複数の解=解釈に出くわすことになります。逆言えば、自然の真理を読み解くというのは、より単純な級数展開(理解)を探索する行為なのです。

さて、周期関数は網羅的に探索されることは理解できますが、非周期関数は探索できていない気がします。もちろんその通り!それを説明するためには、フーリエ級数ではなくてフーリエ変換を理解しないといけません。

2017年12月10日日曜日

西川式微分方程式1章

問題提起

西川式微分方程式では、微分方程式の学習で生じる次の3つの疑問を考察します。
(疑問1)一般解というのはどういう理由で導入されるのか?
(疑問2)一般解以外の解は存在しないのか?
(疑問3)一般解をどのように選択すればよいのか?
これらの疑問を解消しない限り、解法を暗記するという学習法から脱却できません。きちんとした理解に達しない限り、シュレディンガーが水素原子の電子軌導の計算に球面調和関数やルジャンドル陪関数を用いた理由は永遠に理解できないでしょう。それは20世紀半ばの科学技術に僕たちは追いつけないというみじめな敗北を意味します。それでよいわけないですよね。

簡単な例からスタートし、僕らが微分方程式に対して抱いている漠然とした疑問を、具体的に検証したいと思います。このテキストの目的は、微分方程式の解法の意味を理解するものであって、微分方程式の解法をノウハウとして学ぶためのものではありません。僕たちが落ちこぼれた原因を解消するのが目的です。ですので、まずは、落ちこぼれた原因を整理し、問題点を共有したいと思います。そのために、普通は検討しないような別解を繰り返し紹介します。


例題1

\begin{equation}
\frac{d^2}{dx^2}  f(x)=-a^2 f(x)
\end{equation}

解法1-1(通常の教科書的な解法)

一般解 を$f(x)=C \sin⁡{\omega x}$として、代入すると、
\begin{equation}
\frac{d^2}{dx^2}  f(x)=C \frac{d^2}{dx^2} \sin{\omega x} =-C \omega^2  \sin{\omega⁡ x}=-a^2 C \sin{\omega⁡ x}
\end{equation}
$-\omega^2=-a^2$となり、
$\omega =\pm a$。よって、
\begin{equation}
f(x)=\pm C \sin{⁡ax}
\end{equation}

あとは境界条件によって係数$C$を決定します。係数$C$だけを残した形まで決定された解を基本解 と呼びます。$C$の前に$\pm$がありますが、$C$の符号の選択の問題ととらえれば、$\pm$は無視して構いません。
ま、これでも良いんですが、最初に$f(x)=C \sin{⁡\omega x}$と置く理由が全くわかりません。
例えば$f(x)=C \cos{⁡\omega x}$でも良いんじゃないか、と思うわけです。というわけで、次は、$f(x)=C \cos{⁡\omega x}$を一般解として採用してみましょう。

解法1-2(cosineを使った解法)

一般解を$f(x)=C \cos{⁡\omega x}$として、代入すると、
\begin{equation}
\frac{d^2}{dx^2} f(x)=C \frac{d^2}{dx^2} \cos{\omega ⁡x}=-C \omega^2  \cos{\omega ⁡x}=-a^2 C \cos{\omega ⁡x}
\end{equation}
$-\omega^2=-a^2$となり、
$\omega=\pm a$。よって、
\begin{equation}
f(x)=\pm C \cos{ax}
\end{equation}

で、同じように解けました。この解法は、普通の教科書でも紹介されているかもしれません。解法1-1とは、明らかに解が違います。どちらが解として正しいのでしょう?

結論を言えば、どちらも解である、ということです。通常は境界条件が設定されていて、Cを決めたり、sineかcosineかを選択します。例えば、境界条件として、$f(x)=0$というのがあれば、$f(x)=\pm C \cos{ax}$は解になることができず、$f(x)=\pm C \sin{ax}$と定まります。このような結果オーライ的な説明は、数学としては違和感があります。ただ、この2つの解で万事うまくゆくなら、それでよいのかもしれません。しかしながら、解法はこれだけではありません。

解法1-3

一般解を$f(x)=Ce^{i\omega x}$として、代入すると 、
\begin{equation}
\frac{d^2}{dx^2}  f(x)=C \frac{d^2}{dx^2} e^{i\omega x}=-\omega^2 C e^{i\omega x}=-a^2 C e^{i\omega x}
\end{equation}

$-\omega^2=-a^2$となり、
$\omega=\pm a$
よって、
\begin{equation}
f(x)=C e^{\pm iax}
\end{equation}

またまた別の解が出てきてしまいました。しかも今度は、$\pm$という記号があって、この$\pm$は係数の符号として片付けることができません。ですので、解が2つ出てきたことになります。先ほどと同様に$f(0)=1$が境界条件の場合を検討すると、$f(0)=C , C=1$となります。ただし、$f(x)=C e^{- iax}$か、$f(x)=C e^{ iax}$か決まりませんね。どちらも解として採用して良さそうですが、解法1-2の$f(x)=\cos{⁡ax}$とは違いますね。

解法1-1、1-2、1-3を総括すると、異なる一般解を用いて、同じ方程式を解くと、異なる解が得られるということになります。ですから、一般解はきちんと選択されなければならないし、天下り式に一般解を受け入れてうまく解けたとしても、他の一般解における別の解の存在を検討しなければ、ちゃんと解けたことにならない、ということがわかります。まさしく、(疑問2:般解以外の解は存在しないのか?)は当然であり、天下り式の一般解には納得いくはずもなく、他の解の可能性を排除できていないという気持ち悪さを感じないとおかしい、ということです。後でもう少し紹介しますが、この例題1に対して利用できる一般解はまだまだ存在します。その話をする前に、別パターンの例題を紹介します。

例題2

\begin{equation}
\frac{d^2}{dx^2}  f(x)=a^2 f(x)
\end{equation}


例題1と似ていますが、右辺のマイナスが取れています。それが故に、ちょっと解法が異なってきます。

解法2-1(教科書的な解法)

一般解を$f(x)=C e^{-\tau x}$として、代入すると、
\begin{equation}
\frac{d^2}{dx^2}  f(x)=C \frac{d^2}{dx^2}  e^{-\tau x}=\tau^2 C e^{-\tau x}=a^2 C e^{-\tau x}
\end{equation}
$\tau^2=a^2$となり、
$\tau=\pm a$なので、
\begin{equation}
f(x)=C e^{\pm ax}
\end{equation}

今度は指数関数を代入することで、指数関数の解が得られました。よくある境界条件は、$f(0)=1$かつ$f(\infty)=0$で、$f(x)=e^{-ax}$と決定されます。
普通の教科書では、これで終わりですが、例によって、別の一般解を使ってみます。

解法2-2

一般解を$f(x)=Ce^{i \omega x}$として、代入すると、
\begin{equation}
\frac{d^2}{dx^2}  f(x)=C \frac{d^2}{dx^2}  e^{i\omega x}=-\omega ^2 Ce^{i\omega x}=a^2 Ce^{i\omega x}
\end{equation}
 $-\omega ^2=a^2$となり、
$\omega =\pm ia$なので、
\begin{equation}
f(x)=Ce^{\mp ax}
\end{equation}

解法1-3と同じ一般解を用いました。普通は、こんな一般解は使いませんが、それでもこのようにきちんと解けます。しかも今度は、解法2-1と同じ解が得られました。(疑問3:一般解をどのように選択すればよいのか?)は結構適当で良い、という可能性が出てきました。これができるなら、逆も可能かもしれません。ということで、解法1-1と同じ一般解でトライしてみます。

解法2-3

一般解を$f(x)=C \sin{\omega x}$として、代入すると、
\begin{equation}
\frac{d^2}{dx^2}   f(x)=C \frac{d^2}{dx^2}  \sin{\omega⁡ x}=-C\omega⁡^2  \sin⁡{\omega⁡ x}=a^2 C \sin{\omega⁡ x}
\end{equation}

$-\omega⁡ ^2=a^2$となり、
$\omega⁡ =\pm ia$。よって、
\begin{equation}
f(x)=\pm C \sin{⁡iax}
\end{equation}

sineの中に、虚数単位があるというわけのわからない関数が出てきました。この関数は計算できないことはないのですが、使っているのを見たことありません。ひらめきによって、$\cos{⁡iax}$を考えて、オイラーの公式を適用してみます。
\begin{equation}
\cos{⁡iax}+i \sin{⁡iax}=e^{ax}\label{Euler}
\end{equation}

となり、$\sin{⁡iax}$は通常の指数関数をオイラーの公式でむりやり展開したときの虚数成分であることがわかります 。さらに、$\cos{⁡iax}-i \sin{⁡iax}=e^{-ax}$なので、これとの差を考えると、$\sin{⁡iax}=\frac{1}{i}\frac{e^{ax}-e^{-1x}}{2}$であり、これはすなわち、$-i\sinh{ax}$であるとわかります。
($\ref{Euler}$)式の係数に純虚数を考えれば、解法2-1にあるような指数関数と整合していないことはない、ということです。

では逆に、解法2-1で用いた一般解で例題1を解いてみましょう。

解法1-4

一般解を$f(x)=Ce^{-\tau x}$として、代入すると、
\begin{equation}
\frac{d^2}{dx^2} f(x)=C \frac{d^2}{dx^2} e^{-\tau x}= C \tau^2 e^{-\tau x}=-a^2 Ce^{-\tau x}
\end{equation}
$\tau^2=-a^2$となり、
$\tau=\pm a$。
よって、
\begin{equation}
f(x)=Ce^{\pm ax}
\end{equation}

となり、解法1-3と同じ解がでてきました。

ここから、一般解というのは、かなり緩い制約しかない、ということがわかります。ただ、使用する一般解によって、解に違いが出てきていますので、どの一般解を使うのか、ということが問題になってきます。
次は、例題1についてこれまで出てきた解を統一的に理解するということを試みますが、その前に、もう一つだけ別の解法を考えます。

解法1-5

一般解を$f(x)=C \sinh⁡{bx}$とする。$\sinh{⁡bx}=\frac{e^{bx}-e^{-bx}}{2}$なので、
\begin{equation}
\frac{d^2}{dx^2} f(x)=C \frac{d^2}{dx^2} \frac{e^{bx}-e^{-bx}}{2}=b^2 C \frac{e^{bx}-e^{-bx}}{2}=-a^2 C \frac{e^{bx}-e^{-bx}}{2}
\end{equation}
$b^2=-a^2$となり、
$b=\pm ia$。
よって、
\begin{equation}
f(x)=C \frac{e^{\pm iax}-e^{\mp iax}}{2}=-Ci \sin{⁡\pm ax}
\end{equation}
最後は、オイラーの公式を使って、sineに書き直しました。Cに純虚数を考えれば、解法1-1と同じです。一般解として$f(x)=C \cosh{⁡bx}$から出発すると、$f(x)=C \cos{⁡ax}$が得られます。

こうしてみると、一般解にはいろんなものが使えるということがわかります。でも、どんなものでOKかというとそういうわけではありません。例えば、$C\tan{\omega x}$とか$ C\log{\tau x}$を一般解として使ってみましょう。

解法1-6

例題1において、一般解を$f(x)=C\tan{\omega x}$とする。
\begin{equation}
\frac{d}{dx}f(x)=C\frac{d}{dx}\tan{\omega x}=C\omega\frac{1}{\cos^2{\omega x}}
\end{equation}
\begin{equation}
\frac{d^2}{{dx}^2}f(x)=C\omega\frac{d}{dx}\frac{1}{\cos^2{\omega x}}=C\omega^2\frac{-2\sin{\omega x}}{\cos^3{\omega x}}=-a^2C\frac{\sin{\omega x}}{\cos{\omega x}}
\end{equation}
なので、$\omega^2\frac{2}{\cos^2{\omega x}}=a^2$。
左辺に$x$が残っているので、微分方程式を常に満たす関数は、$f(x)=C\tan{\omega x}$の形式では表せない。

解法1-7

例題1において、一般解を$f(x)=\ C\log{\tau x}$とする。
\begin{equation}
\frac{d}{dx}f(x)=C\frac{d}{dx}\ \log{\tau x}=C\tau\frac{1}{\tau x}
\end{equation}
\begin{equation}
\frac{d^2}{{dx}^2}f(x)=C\tau\frac{d}{dx}\frac{1}{\tau x}=C\frac{-1}{x^2}=-a^2C\log{\tau x}
\end{equation}
なので、$\frac{1}{x^2\log{\tau x}}=a^2$。
左辺に$x$が残っているので、微分方程式を常に満たす関数は、$f(x)=\ C\log{\tau x}$の形式では表せない。

このように、多くの関数が一般解として使える一方、一般解に使えない関数があることが確認できました。一般解として使える関数にはどのような条件があるのでしょう。また、微分方程式の解として様々なものが得られました。実用上は与えられた境界条件を満たす解を選択するわけですが、結果オーライ・ご都合主義な感じがします。本当に解けているのか不安になります。

解をまとめる

さて、解法1-1~5において、$C \sin{⁡ax}$、$C \cos⁡{ax}$、$Ce^{\pm iax}$という解が得られました。さらに、$C \sin{⁡ax}=\frac{C}{i}  \frac{e^{iax}-e^{-iax}}{2}$であることがわかっています。つまり、例題1-5の解は例題1-3の解($Ce^{\pm iax}$)の和であって、係数Cが虚数であるということです。
同様にこれまでに得られたすべての解が$Ce^{±iax}$の和として表すことができることに気づくかもしません。これらから、係数Cとして複素数を許し、$C_1 e^{iax}+C_2 e^{-iax}$とすれば、これまで出てきた解をすべて包括するような気がします。しかしながら、$C_1 e^{iax}$と$C_2 e^{-iax}$の足し算が許されるかどうか、は自明ではないような気がします。また、係数$C$が複素数でも大丈夫かというのは確かめておかないといけない気がします。まず、簡単な後者からやっつけておきましょう。

$C=c+id$とすると、$Ce^iax=ce^iax+id e^iax$です。これを元々の微分方程式に代入します。
\begin{equation}
\frac{d^2}{dx^2}  f(x)=\frac{d^2}{dx^2}  \{ce^iax+id e^iax \}\\
=-ca^2 e^iax-ida^2 e^iax=-a^2 (ce^iax+id e^iax )=-a^2 f(x)
\end{equation}
となり、例題1の微分方程式を自動的に満たします。

次に、個別の解の和が解になれるかどうかを調べます。

$f(x)=C_1 e^iax+C_2 e^{-iax}$とすれば、
\begin{equation}
\frac{d^2}{dx^2}  f(x)=\frac{d^2}{dx^2} \{C_1 e^iax+C_2  e^{-iax} \}=-C_1 a^2 e^iax-C_2 a^2 e^(-iax)=-a^2 (C_1 e^iax+C_2  e^{-iax} )=-a^2 f(x)
\end{equation}
となり、例題1の微分方程式を自動的に満たします。ですから、$f(x)=C_1 e^{iax}+C_2 e^{-iax}$とすれば、これまで出てきた解をすべて包括することができます。だから一般解としては、$f(x)=C_1 e^{i\omega x}+C_2 e^{-i\omega x}$を使うべきかもしれないという予想がたちます。
ここに至り、(疑問2:一般解以外の解は存在しないのか?)はますます深刻です。調べれば調べるほど、似ているけれどちょっと違う解が見つかるということは、例題1を$f(x)=C \sin{\omega x}$として解くのでは不足であると結論されます。そして、すべての解を調べつくしているのかどうか疑わしくなります。さらに、(疑問3:一般解をどのように選択すればよいのか?)に対する演繹的な答えは絶望的に見えてきます。

一次結合と線形微分方程式の説明

例題1-3や例題1-4では、$f\left(x\right)Ce^{\pm i a x}$が解として得られており、$f\left(x\right)=C_1e^{iax}+C_2e^{-iax}$に近いですが、得られた二つの解の和が解として成立するかどうかについて、明示的な指針はありません。しかしながら、線形の微分方程式の場合、すべての基本解の一次結合も解として有効である、というのが常識とされています。

こういう言い方は因果関係がおかしくて、正しくは、基本解の一次結合が解として有効であるような微分方程式を線形微分方程式と呼ぶのです 。一次結合というのは、線形和とも呼ばれ、二つ以上の数式やベクトルに対して定義されます。例えば、数式$f_1\left(x\right)とf_2\left(x\right)$があったとして、一次結合というのは、係数$C_1$と$C_2$を使って、$C_1f_1\left(x\right)+C_2f_2\left(x\right)$のようにあらわされた数式のことを言います。

今、基本解として、$f_1\left(x\right)とf_2\left(x\right)$があったとして、例題1の微分方程式$\frac{d^2}{{dx}^2}f\left(x\right)=-a^2f\left(x\right)$をどちらも満たすとします。であるなら、
\begin{equation}
\frac{d^2}{{dx}^2}f_1\left(x\right)=-a^2f_1\left(x\right)かつ\frac{d^2}{{dx}^2}f_2\left(x\right)=-a^2f_2\left(x\right)
\end{equation}
が成立します。それぞれ係数$C_1$と$C_2$をかけてやって、
\begin{equation}\frac{d^2}{{dx}^2}C_1f_1\left(x\right)=-a^2C_1f_1\left(x\right)\end{equation}
\begin{equation}
\frac{d^2}{{dx}^2}C_2f_2\left(x\right)=-a^2{C_2f}_2\left(x\right)
\end{equation}
が成立するのは、当たり前だし、二つの式を足してやって、
\begin{equation}
\frac{d^2}{{dx}^2}C_1f_1\left(x\right)+\frac{d^2}{{dx}^2}C_2f_2\left(x\right)=-a^2C_1f_1\left(x\right)-a^2{C_2f}_2\left(x\right)
\end{equation}
が成立するのも当たり前です。少し式を整理すれば、
\begin{equation}
\frac{d^2}{{dx}^2}\left\{C_1f_1\left(x\right)+C_2f_2\left(x\right)\right\}=-a^2\left\{C_1f_1\left(x\right)+{C_2f}_2\left(x\right)\right\}
\end{equation}
つまり、$C_1 f_1\left(x\right)+C_2 f_2\left(x\right)が\frac{d^2}{{dx}^2}f\left(x\right)=-a^2f\left(x\right)$を満たしているという式になります。すべての微分方程式において、このように基本解の一次結合(線形和)が解となるわけではありません。線形和が解になるかどうかは、その性質は元の微分方程式の形で決まっており、基本解の一次結合が自動的に解となるような微分方程式を線形微分方程式と呼びます。
逆に、微分方程式が線形かどうかは、2つの基本解を仮定してやって、微分方程式に代入し、和を計算してやればわかります。例えば、$\frac{d}{dx}f\left(x\right)={f\left(x\right)}^2$を考えてやると、
\begin{equation}
\frac{d}{dx}f_1\left(x\right)={f_1\left(x\right)}^2
\end{equation}
\begin{equation}
\frac{d}{dx}f_2\left(x\right)={f_2\left(x\right)}^2
\end{equation}
が成り立っているとして、両辺の和を取ります。
\begin{equation}
\frac{d}{dx}f_1\left(x\right)+\frac{d}{dx}f_2\left(x\right)={f_1\left(x\right)}^2+{f_2\left(x\right)}^2
\end{equation}
となります。右辺はどうあがいても、$f_1\left(x\right)+f_2\left(x\right)$だけで表すことができません。ですので、$\frac{d}{dx}f\left(x\right)={f\left(x\right)}^2$は線形微分方程式ではない=非線形微分方程式である、と結論できます。ある微分方程式が線形か非線形かはパッと見ではわからないことがあります。つまり、式を見ただけで線形・非線形を判断するのは危険ということです。

非同次の線形微分方程式

線形微分方程式では、基本解が複数得られた場合、基本解の線形和がすべて解の候補になります。線形和の場合、それぞれの項に係数を付けることができるので、最終的な解を求めるときは、係数を決定する、という作業が必要になります。一般に、線形和の係数を決定するという作業は、境界条件を参考にしながら行います。

これまで議論してきた微分方程式において、$f(x)=0$は常に成り立つことはすぐにわかります。だから、$f(x)=0$は自明な解として問題にしませんでした。しかしながら、世の中には、$f(x)=0$が解になり得ない微分方程式も存在します。$f(x)=0$が解になるかどうかによって解法が少し違ってくるので、それぞれに名前を付けて区別します。$f(x)=0$が解になるタイプの微分方程式を「同次」と呼び、$f(x)=0$が解にならないタイプの微分方程式を「非同次」と呼びます。当然、「同次」より「非同次」の方が難しくなります。

前節で出てきた線形/非線形の定義によれば、ほとんどの「非同次」な微分方程式は「非線形」ということになってしまいますが、「線形」の定義をすこし拡張し、非同次の線形微分方程式の範囲をすこし増やすのが通常です。それは非同次微分方程式の解法に由来します。まず、次のような非同次な微分方程式を考えます。
\begin{equation}
\sum_{n=0}^{N} k_n \frac{d^n}{dx^n} f(x) =q(x)
\end{equation}
のように、$f(x)$に関する部分とそれ以外に式を分けます。左辺は十分に一般化されていませんが、通常はこの程度の一般化で十分なはずです。この微分方程式の解を複数考えて、足し合わせると、左辺が$2q(x)$になるので、元の方程式を満たさないことがわかります。つまり、前節の定義では「非線形」です。
しかしながら、右辺を0として、
\begin{equation}
\sum_{n=0}^{N} k_n \frac{d^n}{dx^n} f(x)=0
\end{equation}
と置くと、これは「線形」です。微分方程式において、$f(x)$に関する項とそうでない項をそれぞれ左右にまとめあげて、$f(x)$に関する項を0とした微分方程式が線形であるとき、特別に「非同次線形微分方程式」と呼びます。というのも、非同次線形微分方程式は線形微分方程式の応用で解くことができるからです。

非同次線形微分方程式を解く場合には、まず、無理やりにでも1個だけ解を見つけます。例えば、$q(x)$が多項式だとしめたものです。
微分の次数の上限は$N$であることを鑑み$f(x)=\sum_{n=0}^{N} a_n x^n$と置くと、ちょっとした計算で左辺が次のように変形できます。
\begin{equation}
\sum_{m=0}^{N} k_m \sum_{n=m}^{N} a_n \frac{n!}{(n-m)!} x^{n-m}
\end{equation}
これと$q(x)$とを比較すれば、$a_n$を決定できます。こうして得られた解を$f_0(x)$とします。この$f_0(x)$は言わば「割り算のあまり」のようなものです。
非同次線形微分方程式の線形部分の解は
\begin{equation}
\sum_{n=0}^{N} k_n \frac{d^n}{dx^n} f(x)=0\end{equation}
を満たすので、いくら足しても方程式は変わりません。だから、余分に$f_0(x)$を足してやると自動的に$\sum_{n=0}^{N} k_n \frac{d^n}{dx^n} f(x)=q(x)$を満たすようになります。すなわち、大部分の解は線形部分の解で、それらに「あまり」を足してあげるわけです。

例題3

具体的に非同次線形微分方程式を提示し、調べてみましょう。
\begin{equation}
\frac{d}{dx}f\left(x\right)-5f\left(x\right)+3x=0
\end{equation}
今までの例題に対して余計な3xがついている、というパターンです。これがなければ、これまでと同様、適当に一般解を選べば、問題なく解けます。

解法3-1

直感によっ$f(x)$が多項式であると考えて、せいぜい2次くらいだろうということで、$f\left(x\right)=ax^2+bx+c$とする。これを元の微分方程式に代入してみる。
\begin{equation}
\frac{d}{dx}f\left(x\right)-5f\left(x\right)+3x=2ax+b-5ax^2-5bx-5c+3x=0
\end{equation}
すべての$x$について成立しなければならないので、
$-5a=0,\ 2a-5b+3=0,\ b-5c=0$となる。すなわち、
$a=0,\ b=3/5,\ 5c=3/25$で、$f\left(x\right)=\frac{3}{5}x+\frac{3}{25}$は一つの解である。確かにこれは、例題3の微分方程式を満たす。これを特別解と呼ぶ。
一方、これまでの解法と同様に$\frac{d}{dx}f\left(x\right)-5f\left(x\right)=0$には他の解がある。もし、$\frac{d}{dx}f\left(x\right)-5f\left(x\right)=0$が成り立つ解があれば、これを先の特殊解に足したものも解として使える。なので、$\frac{d}{dx}f\left(x\right)-5f\left(x\right)=0$を解くことにしよう。
一般解を$f\left(x\right)=Ce^{\tau x}$として、代入すると、
\begin{equation}
\frac{d}{dx}f\left(x\right)-5f\left(x\right)=\tau Ce^{\tau x}-5Ce^{\tau x}=\left(\tau-5\right)\ Ce^{\tau x}=0
\end{equation}
$\tau=5$となり、
よって、
\begin{equation}f\left(x\right)=Ce^{5x}\end{equation}
このようにして求めた解は、同次解と呼ばれている。
同次解と特殊解の和が解となるので、最終的に、
\begin{equation}
f\left(x\right)=Ce^{5x}+\frac{3}{5}x+\frac{3}{25}
\end{equation}
が得られる。

この解法におけるポイントは、$\frac{d}{dx}f\left(x\right)-5f\left(x\right)+3x=0$を
\begin{equation}
\frac{d}{dx}f\left(x\right)-5f\left(x\right)=-3x
\end{equation}
\begin{equation}
\frac{d}{dx}f\left(x\right)-5f\left(x\right)=0
\end{equation}
の二つの方程式の和と考える点にあります。元々の方程式は線形なので、解をいくら足しても解として成立します。ただし、上側の式には$-3x$だけ余りがあります。なので、あまりの部分を別枠で計算することにします。それが$f\left(x\right)=\frac{3}{5}x+\frac{3}{25}$です。この解は絶対必要です。さらに下側の式から出てくる同次解をオプション的に付け足してもかまいません。オプションを付け足すかどうかは境界条件で決まります。
例題3のように「余り」のある場合、特殊解という「余り」の条件を満たす解を足してやることで、うまく解が表せる、というのは線形微分方程式の特性を利用しています。ただ、ここに至って特殊解の求め方に、「直感」が導入されており、またしても天下り的な要素が出てきてしまいました。この直感の部分はいかんともしがたいものです。さらに、直感で解かれた特殊解が唯一無二のものかどうかははっきりしません。また、特殊解と同次解の和以外のパターンの解は検討していませんから、得られた最終解がすべてのパターンを網羅しているかどうかは、不明なままです。つまり、本当に解けているのかどうかわからない、という状態です。


解法3-2

通常の教科書を見ると、同次解を求めるために特性方程式というものを使うことがあります。特性方程式とは微分方程式に含まれる任意の次数の微分を対応する対応する次数のn乗の記号に割り当てるテクニックです。
特別解の求め方は解法3-1と同じとする。
同次解$\frac{d}{dx}f\left(x\right)-5f\left(x\right)=0$については、対応する特性方程式を考える。すなわち、$\frac{d}{dx}f\left(x\right)$を$t$の1乗、$f\left(x\right)$を$t$の0乗で置き換える。すると、次式を得る。
\begin{equation}t-5=0\end{equation}
これを解いて、$t=5$から
\begin{equation}f\left(x\right)=Ce^{5x}\end{equation}
以下略


実は、特性方程式というのは、$f\left(x\right)$で割り算してから、$\frac{d}{dx}$を$t$、$\frac{d^2}{{dx}^2}$を$t^2$というように機械的に置き換えてやって、多項式を作成することで、半自動的に微分方程式を解くテクニックです。このテクニックの根底にあるのは、一般解が$f\left(x\right)=Ce^{tx}$であることが前提ということです。$f\left(x\right)=Ce^{tx}$であると考えれば、一次微分や二次微分で、$t$や$t^2$が出てきます。途中で$Ce^{tx}$を割り算するというのがわかっているので、最初から割り算しておこう、という手抜きです。先に手抜きを教わってしまうので、わけがわからなくなるという理屈です。特性方程式というのは労力を端折るためだけのものなので、特にこだわる必要はないと、僕は思います 。

特性方程式にも学ぶ点があります。微分方程式を機械的に特性方程式に変換してよいということは、一般解を$f\left(x\right)=Ce^{tx}$に決め打ちしてよい、ということに他なりません。これまで見てきたように、普段は$f\left(x\right)=C\ \sin{\omega x}$ を一般解に用いるような場合であっても、$f\left(x\right)=Ce^{tx}$を一般解にして解くことができます。なので、$f\left(x\right)=Ce^{tx}$を一般解にもちいることは、一般性を失わない、ということだと推測できます。

この章のまとめ

ということで、わかったことは、一般解は普通$f\left(x\right)=Ce^{tx}$を使うとよい、ということです。その他の一般解で解いたとしても結果は同じになるのです。$t$は複素数であってもかまいませんから、$f\left(x\right)=Ce^{i\omega x}$を一般解に使ってもOKです。ただし、この場合、特性方程式は虚数単位を含むことになり、解き方は変わりませんが、ちょっと違和感があります。ただ、答えは同じです。

特性方程式に見られるように、実のところ、一般解を天下り式に受け入れると、基本解はほとんど自動的に求まります。ですので、微分方程式を解くという作業の大半は、境界条件を満たすように、基本解の係数を決定する、という作業が占めます。また、解法2-3や解法1-4で示したように、一般解が少々雑でも、基本解をちゃんと求めることができます。だから、少々強引でも天下り式に一般解を導入しても結果に影響はないんだ、ということで、一般解に関する議論を避けているような気がします。
それでもやっぱり、解法1-1と解法1-2は排他的な解であり、片方だけしか検討しないなら、すべての可能性を考慮したことにはなりません。そういうことが実際にあるのだから、複数の解法をいくら示しても、別の解がある可能性を払しょくできません。やっぱり解けていないんじゃないか、という気持ち悪さが残ります。

まずは、一般解をこのように決め打ちしてよい理由を説明したいと思いますが、そのためには、線形微分方程式の解き方の「フルバージョン」を示す必要があります。フルバージョンの説明には、実はフーリエ級数などの級数展開の話をしなくてはいけません。

2017年12月2日土曜日

アルゴリズムを数式に接続する

きっかけ

最近、「素数の音楽」という本を読んで、その中で「すべての素数を生み出す数式」というのが紹介されていたのに強いインスピレーションを受けた。普通の数式ではないが、明らかに多項式で、不思議な数式だ。この数式がどのようにして得られたのかにも興味をそそられるが、たぶん、僕の知力では追いつかないだろう。それよりも、素数を生み出すというようなアルゴリズム的な機能を数式に落とし込んでいるという点に感銘を受けた。そして、僕はどのような課題をクリアすれば、アルゴリズムを数式に落とし込めるだろうかと考え始めた。すぐにアイデアが浮かび、詳細を詰めた。全てではないが、単純なアルゴリズムであれば、比較的容易に落とし込みが可能だと今は思っている。

素数公式

今や電子暗号技術の根幹を成す素数は、数学のみならず全ての人類にとって重要な問題となっている。特に数学では、ギリシア時代から延々と議論が続いている。例えば、「ある数N以下の素数はいくつあるか」という素数の数え上げ問題などだ。
素数の数え上げ問題に最初に肉薄したのは、カール・フリードリヒ・ガウスだ。$N$以下の素数の数を$\pi$とおくと
\begin{equation}\pi\left(N\right)\propto \log{N}\end{equation}
という大まかな分布にたどり着いた。実際には、もう少し詳しいところまで到達しているが、驚くべきはその成果が若干15歳で達成されたことだ。ガウスの天才が規格外であることを示すエピソードとして有名だ。
以来、多くの数学者が素数の数え上げ問題にかかわったが、転機となったのはゲオルク・フリードリヒ・ベルンハルト・リーマンだ。リーマンは素数の数え上げに言及し、おそらく完全に素数の数え上げに対応する関数を示した。
リーマンの示した方法で素数の数え上げを行うには、ゼータ関数の非自明な0点がある特徴的な直線に並んでいる必要があることがわかっており、「リーマン予想」と呼ばれている。人類が調査可能な範囲において、リーマン予想は正しいことがわかっているが、リーマン予想が「完全に」正しいという証明は存在していない。このリーマン予想を証明することは数学における大問題となっている。ま、僕にはよくわからない世界だ。

リーマン予想は証明されない方が人類にとって良いかもしれないという意見もある。リーマン予想が正しいとなると、我々は素数を見つけるためのもう一つのアルゴリズムを手にすることになる。現在の暗号技術は素数を見つけるのが困難だという数学的経験則に基づいて成立しているのだが、リーマン予想によって別の素数探索法が現れる可能性がでてくる。すると、これまでの経験則が崩れて暗号技術全体が崩壊する可能性が出てくる、というのだ。

素数の探索

素数の探索は、プログラミングの格好の教材で、プログラマなら何度かつくったことがあるだろう。もっとも単純なものは次のようなものだ

ある数Nが素数かどうかを調べるために、Nを2~N‐1までの整数で割り算し、割り切れるかどうかを調べる。もし、一度も割り切れなければNは素数である。

JavaScriptで書けば次のようになるだろう。
function IsPrime(N) {
    var i
    for(i=2; i<N; i++) {
    if( (N % i)==0) return 0;
    }
    return 1;
}

話の都合上、$IsPrime$関数は$N$が素数の時に1を返し、素数でない時は0を返す関数として設計してある。
これは最も単純なので、計算に無駄が多い。計算の無駄を少なくすることでプログラムを高速化する手段はいくつも存在するので、素数の探索プログラムは、アルゴリズムの性能アップを学ぶ格好の題材なのだ。僕の目的はアルゴリズムを数式に変換することなので、もとになるアルゴリズムは効率よりも単純さが重要だ。だから、これでよい。

素数判定アルゴリズムを使うと素数の数え上げが簡単に作成できる。すなわち、
\begin{equation} \pi\left(x\right)=\sum_{N=2}^{x} IsPrime(N) \label{algopi} \end{equation}
一方リーマンの素数公式はもっと複雑で、
\begin{equation}
{\displaystyle \pi (x)=\sum _{m\leqq \log _{2}x}{\frac {\mu (m)}{m}}\left({\rm {li}}(x^{\frac {1}{m}})-\sum _{\rho }{\rm {li}}(x^{\frac {\rho }{m}})-\log 2+\int _{x^{\frac {1}{m}}}^{\infty }{\frac {dt}{t(t^{2}-1)\log t}}\right)}
\label{Riemann}
\end{equation}

になるらしい(Wikipediaより)。


アルゴリズムを数式にする

アルゴリズムによる素数の数え上げ式($\ref{algopi}$)とリーマンの素数公式($\ref{Riemann}$)は、複雑さが段違いということにすぐ気づく。リーマン予想が正しいとすると両者は同じ値を与える関数であるはずだ。ということは、両者の複雑さの違いは$IsPrime$関数に由来する。もし、$IsPrime$関数を普通の式で書き下せば、リーマンの素数公式に一致(あるいは類似)するのだろうか?という疑問を僕は持った。
ということで、$IsPrime$関数を数式に変換することを考えよう。Javascriptで例示したプログラムでは、for構文とif構文が1回ずつ使われている。これらを数式に置き換えることができるだろうか?
for構文の部分は$\sum_{i=2}^{N-1}$に極めて近い。$\sum$は和をとるが、プログラムでは、実は論理積がとられている。なので、積をとる$\prod$の方が近い。つまり、
\begin{equation}
\prod_{i=2}^{N-1} if\left(mod(N,i)\ne 0\right)
\end{equation}
ただし、$mod(N,i)$は$N$を$i$で割った時の余りを値とする関数とする。また、$if$関数は
\begin{equation}
if(x)=\left\{\begin{matrix}0&{if\ x\ is\ false}\\1&{if\ x\ is\ true}\end{matrix}\right.
\end{equation}
となっていると都合がよい。
ここで定義した$if$関数はプログラミングテクニックとして比較的なじみ深いもので、いくつかの言語では条件分岐に関してこのような実装を行っている。
さて問題は、このような$if$関数が通常の演算で実現できるだろうか?ということだ。リーマンの素数公式で使われている数学要素は、足し算、引き算、掛け算、割り算、積分、複素数、無限といったところだ。だから、僕たちは$IsPrime$関数をこれらの要素で構成しなければならないだろう。$if$関数に極めて近い関数に、$sgn$関数がある。
\begin{equation} sgn\ x =\left\{ \begin{matrix}-1&{if\ x\lt 0}\\0&{if\ x=0}\\1&{if\ x\gt 0}\end{matrix}\right. \end{equation}
$sgn$関数は別名を符号関数という。極めて便利だけど、残念ながら人工的すぎて、上述の数学要素で直接構成できるわけではない。この$sgn$関数に似た関数の一つにHilbert変換のインパルス応答関数$H(q)$がある。
\begin{equation} H(q) =\left\{\begin{matrix}-i&{if\ q\lt 0}\\0&{if\ x=0}\\i&{if\ q\gt 0}\end{matrix}\right. \end{equation}
これはインパルス応答関数なので、実空間のタイプがあって、
\begin{equation} H(q) =\int_{-\infty}^{\infty} \frac{1}{x}e^{-iqx}dx
\end{equation}
であれば、if関数に類似のものを次のように定義できる。
\begin{equation} if^\prime (x)=\frac{1}{2}+\frac{1}{2i}H(x)
\end{equation}
ただし、0のところだけ、違っている。引数が整数に限定される場合には、
\begin{equation} if (x) \sim if^\prime (x+\delta)\ where\ -1\lt \delta\lt 1
\label{iffunc}
\end{equation}
数学における4つの不等号$\lt,\le,\gt,\ge$に応じて$\delta$が選択される。
数学的な美しさというものが存在するなら、$\delta = \frac{1}{2}$とするのが良いかもしれない。
もし$\delta$関数が使えるなら、$if^\prime$関数は次のようにしてもよい。
\begin{equation}
if^\prime\left(x\right)=\int_{-\infty}^{x}{\delta\left(x\right)dx}
\end{equation}
これは、ヘビサイド関数として知られている。要は、$if^\prime$関数というのは、極めて人工的だけれど、通常の数学の概念と親和性があるということだ。

余りを計算する

プログラムに見られる構文は2つだけだが、実は余りの計算がもう一つの関門になっている。あまりの計算は通常の演算では作り出せない。そこで、$N$を$M$で割ったときの余りを返す$mod(N,M)$という関数を$if$関数を使って構成することを考える。
当たり前のことだけど、$N=pM+r$を満たす$0\le r\lt M$なる$r$を見つけることがミッションになる。いろんな方法が考えられるが先に$p$を見つけることを考えた方が実は近道かもしれない。すなわち、$r=N-pM$というわけだ。$p$を見つける最もシンプルな方法の一つが次の数式だ。
\begin{equation}
p=\sum_{m=0}^{\infty}if(N-mM)
\end{equation}
これを使うと$mod$関数は簡単で、
\begin{equation}
mod(N,M)=N-M\sum_{m=0}^{\infty}if(N-mM)
\end{equation}
以上をまとめると、
\begin{equation}
IsPrime(N)=1-if\left(\prod_{M=2}^{N-1}mod(N,M)\right)
\end{equation}
となる。
めだたく、新しい素数公式が次のように得られる。
\begin{equation}
\pi(N)=\sum_{n=2}^{N}\left\{1-if\left(\prod_{M=2}^{N-1}\left[n-M\sum_{m=0}^{\infty}if(n-mM)\right]\right)\right\}
\label{final}
\end{equation}

これは素数公式か?

アルゴリズムから出発したので、上式は素数公式であることが確実だ。ただし、$if$関数にフーリエ変換があり、精密な数値計算には向かない。また、途中に∞個の総和があり、計算量の見通しが難しい。また、アルゴリズムが有する計算量を完全に反映する。もっとも愚直なアルゴリズムから出発しているため、効率の面では最低だ。
この式の計算を進め、欠点を補えれば、使い物になるかもしれないが、僕は悲観的だ。重要なのは実用面ではなく、アルゴリズムを普通の解析関数に落とし込んだ点だと僕は思っている。ここまで落とし込めば、アルゴリズムという散文的な概念を数式という伝統的な数学で議論することが可能になるからだ。
リーマンの素数公式の驚くべき点は、素数という典型的な数論の概念を解析関数という別の数学概念に接続している点だ。ここで議論した$mod$関数は数論の世界を解析接続するための基本ツールの一つだ。もう一つのツールは$if$関数だ。ここでは$if$関数を使って$mod$関数を構成したが、その逆も可能だ。そこから、$if$関数と$mod$関数はある種の「同値」関係にあることがうかがえる。

ここに至り、僕は一つの仮説を持っている。リーマンの素数公式というのは、ある種のアルゴリズムを解析接続したものだというものだ。リーマン予想を証明する代わりに、素数探索アルゴリズムの解析接続をいろいろ試すというアプローチがあるんじゃないだろうか。僕は$if$関数を梃子にしたが、それはプログラマとしてはとても自然な発想だ。でも、$mod$関数が$if$関数で構成できるように、梃子として用いることができる数学的ツールはほかにもあるだろうことがうかがえる。

僕がここであらたに導入したのは本質的に$if$関数だけなのだけど、$if$関数だけですべてのアルゴリズムを伝統的な解析関数に変換できるかは不明だ。というのも、プログラミングの世界ではプログラミング言語として万能性を持つために必須な要素というのはもう少し多いからだ。ただ、最小チューリングマシンが極めてシンプルに構成できるという事実は僕たちにとって朗報だ。論理的には最小チューリングマシンの要素をすべてカバーする変換ツールを用意できれば、すべてのアルゴリズムが解析接続できることになるのだから!それは新しいパラダイムを提供するはずだ。

リーマン予想についてのコメント

式($\ref{final}$)とリーマンの素数公式が同じものだと考えると、$if$関数とゼータ関数が何らかの対応を持つことになる。そう思うとリーマン予想についていくつかの推測が得られる。式($\ref{iffunc}$)にあるように、$if^\prime$関数の引数が0になることを避けるために、不自然なオフセットが付け加える必要がある。そのオフセットはある範囲で自由であり、それを$1/2$とするのは自然に思える。逆に言うと、$1/2$でなくてもい。リーマン予想はゼータ関数の0点の実部が$1/2$であるというものであるが、それが$if^\prime$関数に付け加えるオフセットと対応するかもしれない。
例えば、式($\ref{final}$)に半整数を入力してみると、計算が破たんする。そうした破たんは半整数の場合にだけ顕著に生じる。つまり、特異点だ。ただし、入力が素数-1/2の時は、$if^\prime$関数が0になることがない。リーマン予想の$1/2$が式($\ref{iffunc}$)で付け足した$1/2$と対応しそうな感じがするでしょ?
そうすると、ゼータ関数の0点が$1/2$である必然性はないことになる。つまり、$if^\prime$のオフセットと同様に1以下の一定値であればよい、という話かもしれない。であれば、なぜ$1/2$なのかを説明するのは極めて難しいということが推測される。まずは、一定値だということを示すべきなんだろう。
$if^\prime$関数が0になるとは、約数を持つ=素数でないということだから、ゼータ関数の0点も素数でないことを示しているのかもしれない。0点という特別な性質なんだから、特別な性質をもつ素数と何らかの対応を持つだろう、と勝手に思い込んでしまっていないだろうか。式($\ref{iffunc}$)は、そういう先入観とは真逆の可能性を強く示唆していると思う。であれば、ゼータ関数の0点がほぼ等間隔である理由も思い当たる。ゼータ関数の0点はエラトステネスのふるいであるかもしれないということだ。ふるいの目(穴)は等間隔に開いているものだ。
すでに指摘したがリーマンの素数公式は数論の問題を解析接続してしまうという驚きの成果であり、どうしてもそれに目を奪われてしまう。つまり、意味がきちんとしているのは整数の入力だけなのに、複素数の入力が許されてしまうためのにそこに惑わされるのだ。$if$関数を定義するためにどうしても複素数の計算が出てきてしまうわけだが、それがゆえに式($\ref{final}$)も複素数の入力を許してしまう。意味がないとは知りつつ、複素数を入力を試してしまい、その不思議な光景に目を奪われるのだ。

マイルストーン

現時点では、$if$関数以外のツールを僕たちは手にしていないが、どのようなツールが可能かについてちょっとしたアイデアがある。NHKの白熱教室のエドワードフレンケル教授の回でラングランズプログラムの例として、ある方程式の解の数を多項式の係数として得るという奇妙な数式が紹介された。その時は全く理解不能だったが、それはアルゴリズムを数式に変換する全く別の形態であるという気がしている。
プログラマの視点からすると、$if$関数と不自由なループしか使えないというのでは、万能性からは程遠いと言わざるをえない。プログラミング言語が万能性を持つには、複数の変数を取り扱う手段がほしいところだ。なので、アルゴリズムを数式に変換するツールとして、複数の数値を交差計算するツールがほしいということになる。その一つの方法として、代数式の係数が使える。つまり、因数分解された多項式の括弧を外す際に各多項式の複数の係数の積和が実施される。どの係数とどの係数をかけ合わせるかは、変数の次数が制御する。それはある種のアルゴリズムを構成する。
このアイデアを一般化するために、テンソルが応用できる。例えば、2階のテンソルは、2次の多項式と対応させることができるが、それは一つの行列で特徴づけることができる。同様にn階のテンソルは、n階の行列で特徴づけることができる。すなわち、変数に対応するベクトルに対し、n階のテンソルの和を考えることで、あらゆる代数式を構成できるだろう。
これまで僕たちはアルゴリズムを一つの値を出力する一つの関数に表現するとしてきたが、そのようなスタイルに適合するアルゴリズムは極めて限定的だ。例えば、ワードプロセッサはそのようなフォーマットにはそぐわないのは明らかだ。別の表現形式として、多項式の係数を利用するということも悪くない。すなわちそれが、NHKの白熱教室で紹介された奇妙な多項式の背後にある数学だと直感している。もしかすると、その方が簡単かもしれない。そのようなテンソル形式で$if$関数を構成するには無限階のテンソルが必要になる。予想としてはそのようなテンソルを使えば、ワードプロセッサのような複雑なソフトウェアを含むあらゆるアルゴリズムを一つの数式として得ることができるだろう、ということだ。