ちょっとしたポエムを作った。
序
宇宙にはなぜ法則があるのだろうか?
その発想は逆かもしれない。
宇宙に法則のようなものがあるから、僕たちは宇宙を理解できる。
そして僕らは満足する。
僕たちは宇宙を理解したいのだ。
そもそも宇宙は僕たちが理解できるようなものではないかもしれない。
それでも僕たちは宇宙は理解できるものだと信じている。
それは根拠のない祈りのようなものだ。
であれば根源的な問いは次のようになるだろう。
起
宇宙がもし理解可能なものであるならば、宇宙はどのような条件を満たしてなければならないだろうか?
その数はどんなものかはわからないけれども、何かしらの法則を当てはめるためには、状態は数のようなものに対応していなければならないだろう。
これはすなわち 記述可能性の要請と言い換えることもできる。
法則とは決まった条件下で予測が可能であるということだ。
条件というのはすなわち何らかの数に対応しており、その数に対して何らかの操作すなわち代数が対応しているはずである。
これはすなわち予測可能性の要請と言い換えることができる。
3つ、その代数は可除性を備えていなければならない。
我々の宇宙は観測可能な範囲で非常に安定して存在している。
もし、宇宙に備わった代数が演算の途中で0を出力するようなものであれば、宇宙はこれほど安定していないだろう。
代数において演算結果が0にならないことを可除性という。
これはすなわち、宇宙の永続性の要請と言える。
アドルフ・フルヴィッツは、これら3つの要請を満たす代数は、実数、複素数、4元数、8元数の4つしかないと証明した。
悲しいかな、宇宙の選択肢は4つしかない。
そして観測事実として、僕たちの宇宙には素粒子という奇妙な粒子?が存在している。
これを4つ目の要請としよう。
すなわち、4つ、宇宙の代数は素粒子の対称性を記述できなければならない。
この奇妙な粒子を記述できる可能性があるのは8元数しかない。
完全な可除性を保証するには、宇宙に許される代数は積のみで構成されねばならない。
そのような条件を持つのは閉じた8元数=純虚数の$S^7$になる。
$S^7$にはそもそも0が含まれない。
続
結合的な3つの虚数軸は空間のような性質を持つ。
僕らがよく知る3次元空間はこの結合的な3つの虚数軸と関係するはずだ。
$S^7$の3つの結合的虚軸は3次元空間の方向を定める。
$S^7$には致命的な弱点がある。
非可換かつ非結合的で演算に厳しい制約が課されてしまう。
さて、我々が物理と呼んでいるものの正体は何だろう?
僕たちが物理として考える現象は、2つの状態間の相互作用を最小単位としているということに尽きる。
$S^7$の世界で、少なくとも結合性ぐらいは保障される、そのような演算は存在しないだろうか?
エミール・アルティンは「たとえ代数全体が非結合的であっても、特定の条件を満たす任意の『2つの要素(a と b)』が生成する部分代数は結合的である」と述べている。
$S^7$において、その条件は1つの虚数軸を共有することである。
$S^7$において、1つの虚数軸を共有するとは、2つの状態をヌル条件で結ぶことに対応する。
特殊相対論においてヌル条件とは時空中の2点を1本の光線でつなぐこと。
「観測」の条件であり、それは「相互作用」の条件でもある。
もちろん知っていたさ。
だって、観測は相互作用を通じて行うんだからね。
そして!アルティンの定理で結ばれた2点間の代数からは非結合性が取り除かれ、物理が成立する余裕が生まれる。
でも!未だ非可換だ。
非可換の代数では、演算は余積を通じたものになる。
すなわち!特殊相対論の同時性で結ばれた2点間に余積代数が成立する!
余積代数は別名を量子代数と言う。
おお!これこそ奇跡!
特殊相対論は$S^7$に物理を取り戻し、量子力学を残すのだ。
承
$S^7$から切り出された量子力学は、「2つの状態が特殊相対論の同時の概念で接続されて相互作用する」、というストーリーを与える。
つまり、原因と結果に分類される2つの状態は、相互作用の観点からは同時であり、原因と結果の区別から印象付けられる時間的な順序は存在しないということを説明する。
4次元時空における2つの状態はそれぞれ固有時間が違うので、相互作用の線分との交差角度が違う。
この角度の違いが原因と結果の区別を与える。
特殊相対論は2つの地点に共通の時計の存在を否定したのであるから、離れた地点間の時刻的な前後を議論することはそもそもできなかったんだよ。
片方の地点から、もう片方の地点を見た時に自分の固有時間との角度に応じて、過去や現在とラベル付けしてただけなんだ。
こうして原因と結果の関係を再定義すれば、量子もつれは不思議な現象でもなんでもなくなる。
2つの地点を結ぶ相互作用の線分の角度が、特別な操作によって制御されたものである時に、それを僕たちはエンタングルメントと呼ぶ。
余
このシナリオの最後には1つの衝撃的な結論が控えている。
何と光は空間を光速で移動しているわけではない、 そもそも粒子でもない。
何かしらの存在があるわけでもない、ということだ。
光は相互作用の運び屋であり、僕たちは相互作用があったということを以って、その間に光が移動したと僕たちは認知する。
だから僕たちは光を見たことなんて一度もないんだよ。
僕らが認識しているのは相互作用があったという事実のみだ。
力を伝える粒子というのは、そもそもこういうものかもしれない。
$S^7$の3つの軸は結合的で、残り4つは非結合的だ。
結合的な3つは比較的自由だけど、非結合的な4つは厳しい条件が課される。通常の相互作用では、非結合的な部分は定数のように振る舞うことになる。
$S^7$のノルムは固定なので、非結合的4軸のノルムは結合的3軸のノルムに対して「重し」になる。
すなわち、非結合的4軸のノルムは質量のように見えるだろう。
そして、相方の結合的3軸は運動量、と言うことになる。
時空は$S^7$のフーリエ双対として生まれるかもしれない。
もしそうなら、非結合的4軸は時空にわずかな歪みを生むことになる。
概ねそのノルムに比例する歪みを。
果たして、慣性質量と重力質量は異なることなどあり得るだろうか?
還
ルス・ムーファンは、アルティンの定理で切り出された部分代数にムーファンループと呼ばれる離散的で巡回的な結合則があると指摘した。
ムーファンループは、回転のような特徴を持つ。
ただし、その回転は時間の概念の外側に存在するので、光速を超えた回転運動のように見えるだろう。
電子のスピンなど、素粒子の性質が通常の物理法則と全く異なることと対応するだろう。
僕たちが観測できるのは、それらの回転操作の不変量に対応するはずだ。
$S^7$においてアルティン切断は特殊な幾何学配置を生む。
正16胞体と呼ばれるそれは、ムーファンループによって、正24胞体と言う奇跡の図形を構成する。$S^7$はSU(3)の対称性を含むが、アルティンの定理によって切り出されると対称性が不完全になる。
しかし!ムーファンループで再構成された正24胞体はSU(3)を離散的な形式で含む。
SU(3)!離散的!
これこそ素粒子の特徴!
アルティンの定理によって切り出された相互作用は結合的ではあるけれど、$S^7$自体は依然として非結合的だ。
でも悲観することはない。
$S^7$の非結合性はとても重要な事実を説明してくれる。
すなわち宇宙に歴史があることだ。
非結合性とは、(AB)CとA(BC)が異なることなど。
ミルクの入ったグラスを床に落とした状態と、ミルクをこぼしてからグラスを落とした状態は決して同じではない。
宇宙には明らかにそのような性質があり、その性質はすなわち非結合性と言える。
始
話が大きく広がってしまったけれど、思い出してほしい。
僕たちの出発点は、単に宇宙が理解可能な存在である条件だった。
それは僕のささやかな願い。
それだけだった。
宇宙を理解するとは、そのたった1つの願いを持ち続けることに他ならない。
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